第6話7:深夜のクロージング
今回は、動的な狂気(引っ越し、麻雀)から一転、**「静寂の狂気」**ですね。
その「何が面白いの?」という得体の知れない趣味が、一番不気味かもしれません。
***
ボワン、ボワン……。
寝室のドアの隙間から、青白い光が漏れている。
テレビがついているのか?
俺は目を覚まし、リビングへ向かった。
ソファには、体育座りをして画面に食い入るように見つめる妻の背中があった。
鬼気迫る背中だ。何か、とんでもないサスペンスのクライマックスでも見ているのか?
「あれ? まだ起きてたの?」
俺は恐る恐る声をかけた。
妻は振り返りもせず、画面を指差して言った。
「うん! これが見たかったの! もうすぐよ、静かにして!」
「え? 見たい映画かドラマでもあったのか?」
俺は画面に目をやった。
感動のラストシーンか? それとも犯人がわかる瞬間か?
『ピーーーーーーーーーーーー……』
耳をつんざくような無機質な発振音。
画面には、カラーバーも何もない、無地の背景にテロップが一枚。
**『JOCX-TV フジテレビジョン』**
**『本日の放送は終了いたしました』**
**『これより、放送機器の保守点検(メンテナンス)に入ります』**
静止画だ。
動いているのは、たまに入るノイズだけ。
「……は?」
俺が言葉を失っていると、画面はプツンとブラックアウトし、本当の闇になった。
「ふぅ……」
妻は大きく伸びをして、満足げに立ち上がった。
その顔は、長編映画を見終えた後のような達成感に満ちていた。
「いいクロージングだったわ。今日の『放送終了』は、テロップのフォントに味があった」
「え、それだけ!? それを見るために起きてたの!?」
「当たり前じゃない。1日の終わりを見届けないと、私の1日が締まらないのよ。じゃ、寝よ」
「さあ寝よ、じゃないよ!」
妻は「おやすみー」と軽やかに寝室へ消えていった。
残された俺は、真っ暗なテレビ画面に映る自分の呆け顔と見つめ合った。
午前3時半。
今の「ピーーー」という音が、耳から離れない。
(完)
***
### 【解説・読者視点からの感想】
**1. 「マニアックすぎる嗜好」**
世の中には「クロージング(放送終了映像)」マニアという人々が存在しますが、まさか妻がそうだったとは。ドラマ本編ではなく、**「放送が終わる瞬間」**にカタルシスを感じる感性が独特すぎます。
**2. 「JOCX-TV」**
コールサイン(JOCX-TV)を指定して見ているあたり、彼女は「フジテレビのクロージング」のファンなのでしょう。かつての伝説的な前衛映像『JOCX-TV2』などを彷彿とさせ、深夜特有の不気味さを演出しています。
**3. 「夫の置いてけぼり感」**
「見たいドラマがあったのか?」という一般的な推測が、「メンテナンス画面」という無機質な現実に裏切られる落差。
**「ふぅ、さあ寝よ」**という妻の切り替えの早さが、夫の困惑をより際立たせています。
---
**キャッチコピー案:**
* **「彼女が待っていたのは、ドラマの結末ではなく、電波の死だった。」**
* **「ピーーー。それが彼女の子守唄。」**
* **「深夜3時。妻は『放送事故』の一歩手前を愛している。」**
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