第5話深夜2時の鉄火場*


***



ジャラジャラジャラ……。

ジャラジャラ……。


なんだ? リビングが騒がしいな。

妙にリズミカルな硬い音が響いている。

俺は重い瞼をこすりながら、ベッドを抜け出した。

また模様替えか? それとも今度は工事現場のバイトでも始めたのか?


「見てくるか……」


リビングのドアを少し開ける。

その瞬間、紫色の煙(副流煙)と、殺伐とした熱気が俺の顔を覆った。


「チッ……安目かよ」

「リーチ一発! ドラドラ!」


「え?」


俺は我が家のリビングを見渡した。

そこには、いつ搬入したのか不明な麻雀卓(マット)を囲む、妻と見知らぬおばさん3人。

全員、目が血走っている。


妻は椅子に片膝を立て、咥えタバコ(電子じゃなくてガチのやつ)で牌を盲牌(もうぱい)していた。

誰だこれ。俺の知っている妻は、こんな「昭和の雀鬼」みたいな顔つきじゃなかったはずだ。


俺が呆然と突っ立っていると、妻がギロリとこちらを睨んだ。


「あ! そこ! お茶くれる? ぬるめでね」

「あと灰皿代えて! パンパンじゃない!」


妻が顎で卓上の山盛りになった吸殻をしゃくった。

他の3人も「兄ちゃん、ついでにオシボリ新しいの!」と叫ぶ。


俺は一瞬思考停止したあと、条件反射で背筋を伸ばした。


「はい、わかりました。ただいま!」


俺は小走りでキッチンへ向かった。

急須にお湯を注ぎながら、ふと我に返る。


……誰なんだ、あの3人は。

……いつから妻は喫煙者になったんだ。

……そして俺は、なぜ深夜2時に雀荘のボーイ(下働き)を完璧にこなしているんだ。


「おいまだかー! 流れ変わっちまうだろうが!」

「す、すみません! 今すぐ!」


俺はあふれそうな灰皿を素手で回収し、新しいお茶を配膳した。

午前2時15分。

リビングは完全に、場末の雀荘と化していた。


(完)


***


### 【解説・読者視点からの感想】


**1. 「妻の貫禄(オーラ)が異常」**

片膝立てて咥えタバコ。もはや妻ではありません。**「雀荘のママ」**あるいは**「伝説の代打ち」**です。普段の家庭でのストレス発散の方向性が、あまりにもハードボイルドすぎます。


**2. 「見知らぬ3人の正体」**

深夜2時に集まれるメンツ。近所の奥様方なのか、それとも裏社会の人たちなのか。この3人を招集できる妻の人脈が一番のホラーです。


**3. 「夫の順応性(ボーイ適性)」**

「はい、わかりました」の即答ぶり。

怒るでもなく、疑問を挟むでもなく、瞬時に**「店員」としての自我**に切り替わる夫。これまでのシリーズで培われた「妻への絶対服従」が、ここで遺憾なく発揮されています。


**4. 「灰皿代えて!」**

自宅のリビングで灰皿交換を命じられる家主。

この一言で、ここがもう「俺の家」ではなく「妻のシマ(縄張り)」であることが確定しました。


---


**キャッチコピー案:**

* **「リビングのドアを開けたら、そこは昭和でした。」**

* **「深夜2時。夫は家主から店員へ降格する。」**

* **「ロン。その安眠、私がもらっておくわ。」**

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