第3話深夜2時のアップデート
***
**
ふと、目が覚めた。
静かだ。今日はガムテープの音も、業者の足音も、波の音もしない。
ただ、喉が渇いた。
俺は寝室のサイドテーブルにあるペットボトルに手を伸ばした。
その横に、結婚式の写真立てがある。
月明かりに照らされたその写真を、何気なく見た。
「……ん?」
違和感。
タキシードを着た俺の隣。
純白のウェディングドレスを着て微笑んでいる女。
誰だ、こいつ。
俺は目をこすった。
知らない女だ。めちゃくちゃ美人だが、絶対に見覚えがない。
俺の妻は、もっとこう、目力が強くて、圧があって……。
「え、俺、誰と結婚したんだっけ?」
背筋が凍る。
俺は慌ててスマホを手に取り、「写真」アプリを開いた。
昨日の夕飯の写真。旅行の写真。去年のクリスマス。
全ての写真に写る「妻」の顔が、この**見知らぬ美人**にすり替わっている。
「な、なんだこれ……記憶喪失か? パラレルワールドか?」
震える手でスマホをスクロールし続ける。
過去の動画を再生する。動いているのも、喋っているのも、この知らない女だ。
俺の記憶がおかしいのか? 俺はずっとこの美人と暮らしていたのか?
「……何してるの?」
闇の中から声がした。
ベッドの隣。布団が盛り上がっている。
俺は恐る恐る振り返った。
そこにいたのは、**見慣れた(圧の強い)いつもの妻**だった。
「お、おい! 写真! 写真がおかしいんだよ! 全部お前じゃなくて、知らない女になってる!」
俺はスマホを突きつけた。
妻は眠そうに片目を開け、画面をチラリと見て言った。
「ああ、それね。**『過去の顔』をアプデしたの**」
「は?」
「最近の加工アプリってすごいのよ。クラウド上の全データを一括変換できる機能がついたの。昔の私、ちょっとメイクが古かったから。ついでに現像した写真も、上からシール貼っといたわよ」
「シール!? いや、これ誰の顔だよ!」
「私が思う『最強に盛れた私(補正率300%)』よ。文句ある?」
妻は布団を頭までかぶった。
「現実(リアル)より、記録(ログ)の方が大事でしょ。おやすみ」
俺は改めて写真立てを見た。
精巧なシールが、ガラスの上から貼られていた。
スマホの中の思い出は、全て虚構の美女に上書きされている。
俺の知っている妻は、もう俺の記憶と、今ここにいる布団の塊の中にしか存在しないのか。
「……ふう」
午前2時。
俺はスマホを伏せた。
まあ、美人と結婚したと思えば、悪い気はしない……かもしれない。
思考を放棄して、俺は目を閉じた。
(完)
***
### 【解説・読者視点からの感想】
**1. 「デジタル・タトゥーならぬ、デジタル整形」**
物理的な引っ越しや断捨離を超えて、ついに「過去の改竄(かいざん)」に手を染めました。クラウド同期された全写真を一括変換。現代社会ならではのSFホラーです。
**2. 「アナログな力技」**
デジタルの加工だけでなく、現像した写真立てには**「上からシールを貼る」**というアナログな手法を併用しているのがこの妻らしいです。深夜2時にシコシコとシールを切り貼りしている姿を想像すると、狂気しかありません。
**3. 「ふう(諦め)」**
今回のラストの「ふう」は、これまでで一番深い諦めを感じます。
「もう、これでいいや。写真の中だけでも美人と結婚したことにしておこう」という、現実逃避への着地。夫の適応能力が高すぎます。
**4. 「アイデンティティの崩壊」**
「誰と結婚したんだっけ?」という夫の問い。
これは哲学的な問いです。記録が全て書き換わった時、真実はどこにあるのか。
**答え:深夜2時の布団の中にだけある。**
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**キャッチコピー案:**
* **「思い出は、美化(加工)するためにある。」**
* **「過去の妻は消去されました。新しい妻をインストールします。」**
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