『俺達のグレートなキャンプ213 迷惑キャンパーを天誅しまくるか』

海山純平

第213話 迷惑キャンパーを天誅しまくるか

俺達のグレートなキャンプ213 迷惑キャンパーを天誅しまくるか


夕暮れの高速道路。石川が運転する軽バンの車内には、妙な緊張感が漂っていた。

「えっと、石川。今回の『グレートなキャンプ』って、具体的に何するの?」

助手席の千葉が、膝の上に乗せたノートを見ながら尋ねる。彼の目はキラキラと好奇心に満ちており、どんな答えが返ってきても受け入れる準備ができている様子だ。

「フフフ...」石川がバックミラー越しに不敵な笑みを浮かべる。「千葉よ、お前は『日本一治安の悪いキャンプ場』という言葉を聞いたことがあるか?」

後部座席の富山が、ビクッと肩を震わせた。彼女は既に嫌な予感しかしていない。両手でシートベルトをギュッと握りしめ、顔を引きつらせている。

「にほんいち...ちあんのわるい...?」千葉が目を丸くする。

「そう!『魔境・黒沼キャンプ場』だ!」石川が片手をハンドルから離して天井を指さす。「深夜まで爆音で音楽を流す奴、他人のサイトに勝手に侵入する奴、ゴミを放置しまくる奴...無法地帯と化したキャンプ場だ!」

「ちょ、ちょっと待って石川!」富山が前のめりになって叫ぶ。「そんなとこ行くの!? っていうか、なんでわざわざそんな危ないところに!?」

富山の声は明らかに震えている。彼女の額には早くも汗が浮かんでおり、目は泳いでいる。

「フッ...それがな」石川がサングラスをクイッと上げる。夕日を背に、彼の横顔は妙な正義感に満ち溢れている。「俺たちがそいつらに『天誅』を下して、キャンプ場に平和を取り戻すんだよ!」

「てんちゅう!」千葉が目を輝かせる。「かっこいい!石川さん、正義の味方じゃん!」

「正義じゃないから! 絶対正義じゃないから!」富山が頭を抱える。「天誅って具体的に何するつもりなの!? まさか殴るとか...」

「まさか!」石川が大げさに手を振る。「俺たちは紳士だぞ、富山。暴力なんて使わない。使うのは...これだ!」

そう言って石川が助手席の足元から取り出したのは、業務用サイズのマヨネーズのボトルだった。それも一本や二本ではない。段ボール箱にぎっしりと詰まった、少なくとも20本はあろうかというマヨネーズの大群だ。

車内に沈黙が訪れる。

「...マヨネーズ?」千葉が首を傾げる。

「そう、マヨネーズだ!」石川が得意げに言う。「迷惑キャンパーを見つけたら、夜中にこっそり近づいて...鼻からマヨネーズを注入する! これぞ『マヨネーズ天誅』だ!」

「はあああああああ!?」富山が叫ぶ。車内に響き渡る悲鳴。「それ完全に傷害罪じゃん! っていうか発想が怖い! 石川、あんた正気!?」

富山の顔は真っ青になっている。両手で頭を抱え、小刻みに震えている。

「大丈夫大丈夫!」石川が笑う。「マヨネーズだぞ? 食品だぞ? 体に害はない! むしろ栄養補給になる!」

「なるかああああ!」富山のツッコミが車内に響く。

「でも石川さん、面白そう!」千葉が無邪気に言う。「鼻からマヨネーズって、めっちゃビックリするよね! 絶対忘れられない思い出になる!」

「だろ!?」石川と千葉がハイタッチする。

「何が『だろ』よ!」富山が二人の間に手を突き出す。「千葉くん、あんたも止めなさいよ! これ絶対ヤバいやつだから!」

「えー、でも『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』って僕のモットーだし」千葉がニコニコしながら言う。

「そのモットー、今回に限っては適用しないで!」富山が懇願する。

しかし車は既に高速を降り、山道へと入っていた。


黒沼キャンプ場に到着したのは、午後7時を回った頃だった。

管理棟の電気は半分切れており、看板は錆びついている。受付には無愛想な管理人がいて、石川たちを一瞥しただけで料金を告げた。

「一泊三千円。ゴミは持ち帰り。トラブルは自己責任で」

管理人の声は驚くほど無感情だった。まるでこのキャンプ場で何が起ころうと関心がないと言わんばかりだ。

サイトに向かう道中、その『治安の悪さ』は早速姿を現した。

道端には空き缶やペットボトルが散乱している。誰かが捨てたであろう使い捨てBBQコンロが草むらに放置されている。そして遠くから聞こえてくるのは、重低音の効いたEDMだ。

「うわあ...本当に無法地帯だ...」富山が引きつった顔で呟く。

「すごい! 本当に治安悪そう!」千葉が逆にワクワクした表情で周りを見回す。

石川が車を停め、三人はサイト設営を始めた。テントを張り、タープを立て、焚き火台をセッティングする。その間も、周囲からは様々な騒音が聞こえてくる。

右隣のサイトからは大音量のロック。左隣からは酒盛りをする集団の怒号。そして奥の方からは、何やら揉めている様子の怒鳴り声が響いている。

「富山、ほら! あそこ見てみろ!」

石川が指差す先には、明らかに酔っぱらった男が、他人のサイトのクーラーボックスを物色している姿があった。

「うわあ...本当にやってる...」富山が目を覆う。

「あれ、完全に盗もうとしてるよね?」千葉が目を細める。

「ああ。あれが今夜の最初のターゲットだ」石川がニヤリと笑う。彼の目には、妙な使命感が宿っている。

日が完全に沈み、キャンプ場は闇に包まれた。しかし静かになるどころか、騒音はさらに激しくなっていった。

石川たちのサイトでは、焚き火を囲んで作戦会議が行われていた。

「よし、まずはあの『クーラーボックス泥棒』から始めよう」石川がマヨネーズのボトルを手に取る。「千葉、お前は見張り役だ。富山、お前は...」

「私は参加しないから!」富山がきっぱりと言う。彼女は焚き火の前で腕組みをし、断固とした表情を浮かべている。

「えー、富山ちゃん、せっかくだから一緒にやろうよ!」千葉が無邪気に誘う。

「やらない! 絶対やらない!」富山が首を横に振る。「あんたたち、本当に捕まるわよ!?」

「大丈夫だって!」石川が親指を立てる。「俺たちは忍者のように静かに近づき、電光石火でマヨネーズを注入し、風のように去る! 完璧な作戦だ!」

「どこが完璧なのよ!」富山がツッコむ。

しかし石川と千葉は既に立ち上がっていた。二人とも黒い服に着替え、フェイスマスクを装着している。その姿は完全に不審者だ。

「行くぞ、千葉!」

「はい、石川さん!」

「待ちなさーーーい!」

富山の制止も虚しく、二人は闇の中へと消えていった。


「千葉、あそこだ」

石川が小声で囁く。二人はテントの影に身を潜め、ターゲットを観察していた。

クーラーボックス泥棒の男は、案の定、酒を飲んでベンチで寝込んでいた。大きないびきをかき、完全に無防備だ。

「石川さん、あの人、鼻の穴でかいですね」千葉が感心したように言う。

「ああ、マヨネーズが入りやすそうだ。グッドだ」石川が真剣な表情で頷く。

二人は音を立てないようゆっくりと近づいていく。石川の手にはマヨネーズのボトルが握られており、その先端からは既に少量のマヨネーズがにじみ出ている。

10メートル...5メートル...3メートル...

「よし、今だ!」

石川が飛び出し、男の鼻の穴にマヨネーズのノズルを突っ込んだ!

ブシュウウウウウッ!

容赦ない勢いでマヨネーズが注入される!

「んぐっ! んごっ! んごごごごっ!?」

男が飛び起きる! 目を見開き、鼻を押さえ、悶絶する!

「成功だ千葉! 撤退撤退ー!」

「はい石川さん!」

二人は脱兎のごとく駆け出した。背後から「なんだてめえら! 待ちやがれ!」という怒号が聞こえるが、構わず全速力で逃げる。

サイトに戻ると、富山が焚き火の前で頭を抱えていた。

「帰ってきた! 富山、見たか!? 大成功だ!」石川がハイタッチを求める。

「見てないし、見たくもない!」富山が叫ぶ。「っていうか、あんたたち、向こうから怒鳴り声聞こえてきてるじゃない! バレてるじゃない!」

「大丈夫大丈夫、顔は見られてない!」

「そういう問題じゃないのよ!」

しかし石川と千葉のテンションは最高潮に達していた。

「次だ次! 次のターゲットは、あの爆音音楽の連中だ!」石川が双眼鏡を取り出す。

「待って待って! もう十分でしょ!?」富山が二人の前に立ちはだかる。

だがその時、突然、隣のサイトから怒鳴り声が聞こえてきた。

「おい、そこの静かなサイトの奴ら! お前ら見てたろ!?」

三人が振り向くと、先ほどマヨネーズを注入された男が、仲間を連れてこちらに向かってきていた。男の顔には、まだマヨネーズがべっとりとついている。

「やばい! バレた!」千葉が叫ぶ。

「落ち着け!」石川が立ち上がる。「演技だ! 何も知らないフリをするんだ!」

「無理に決まってるでしょ!」富山が悲鳴を上げる。

男たちがズカズカと近づいてくる。その数、5人。全員、いかにも柄の悪そうな雰囲気を纏っている。

「お前ら、俺の鼻にマヨネーズ入れただろ!」男が凄む。

「は? マヨネーズ?」石川がシラを切る。「何言ってんすか? 俺ら、ずっとここで焚き火してましたけど」

「嘘つけ! お前ら黒い服着てただろ!」

「黒い服? キャンプで黒い服なんて普通じゃないすか?」石川が肩をすくめる。

千葉も必死に頷く。「そうそう! 僕たち何も知りませんよ!」

しかし男たちは納得しない。リーダー格の男が一歩前に出る。

「じゃあ、お前らのサイト、調べさせてもらうぜ」

「ちょ、ちょっと! それは...」富山が狼狽える。

男たちがサイト内を物色し始める。そして案の定、テントの中から大量のマヨネーズのボトルを発見してしまった。

「おいおい、これは何だ? マヨネーズが20本もあるぜ?」

「あ、あれは!」石川が焦る。「キャンプ飯用です! マヨネーズ、めっちゃ使うんで!」

「20本も!?」

「大量消費が趣味なんです!」千葉が必死にフォローする。

しかし男たちの疑いの目は強まるばかりだ。

「怪しすぎるんだよ、お前ら」リーダー格の男が腕組みをする。「正直に言え。お前ら、何企んでる?」

緊迫した空気が流れる。

その時だった。

「おい! そこの揉めてる連中!」

突然、別の方向から声が飛んできた。振り向くと、キャンプ場の奥から、大柄な男が数人の仲間を連れて歩いてくる。

「あ、あれは...『黒沼の狼』じゃねえか...」先ほどのリーダー格の男が青ざめる。

「黒沼の狼?」千葉が小声で石川に尋ねる。

「このキャンプ場で最も恐れられてる集団らしい...」石川も冷や汗を流す。

大柄な男——通称『黒沼の狼』のボス——が、ズシンズシンと地響きを立てながら近づいてくる。その顔は傷だらけで、目つきは鋭い。

「お前ら、うちの縄張りで騒いでんじゃねえぞ」

「いや、兄貴! こいつらが俺の鼻にマヨネーズ入れやがって...」

「マヨネーズ?」狼のボスが眉をひそめる。そして石川たちを見る。「お前ら、本当にやったのか?」

石川が覚悟を決めた表情で立ち上がる。

「...やりました」

「石川!?」富山と千葉が驚く。

「でも!」石川が続ける。「そいつは他人のクーラーボックスから食料を盗んでたんです! それを見て、許せなかった!」

一瞬の沈黙。

「...は?」狼のボスが目を丸くする。「コータ、お前、また盗みやってたのか?」

「え、あ、いや、それは...」コータと呼ばれた男が口ごもる。

「テメェ、この前も注意しただろうが!」ボスがコータの頭を叩く。「そういうのやめろって言ってんだろ! うちの評判が下がるだろうが!」

「い、痛い! 兄貴、でもこいつら鼻にマヨネーズ...」

「マヨネーズくらいで死にゃしねえだろ!」ボスがさらに叩く。「むしろお前が悪い! 謝れ!」

「え...」

「謝れって言ってんだよ!」

「す、すみませんでしたあああ!」

コータが石川たちに深々と頭を下げる。

場の空気が一変した。

「お前ら」狼のボスが石川たちを見る。「勇気あるな。このキャンプ場で正義感振りかざす奴、久しぶりに見たわ」

「あ、いや、正義とかじゃなくて...」石川が照れくさそうに頭を掻く。

「いや、気に入った」ボスがニヤリと笑う。「実はな、俺たちもこのキャンプ場の治安、なんとかしたいと思ってたんだ」

「え?」三人が同時に声を上げる。

「元々、ここは静かで良いキャンプ場だったんだよ」ボスが遠くを見る。「でも最近、マナー悪い奴らが増えてな。俺たちも見かねてたんだ」

「じゃあ、あなたたちは...」富山が恐る恐る尋ねる。

「俺たちは、ただのベテランキャンパーだよ」ボスが笑う。「見た目が怖いから『狼』とか呼ばれてるけどな」

石川が目を輝かせる。「じゃあ、一緒にキャンプ場の平和を取り戻しませんか!?」

「おう!」ボスが力強く頷く。「ただし、マヨネーズはやめろ。もっとスマートにやるぞ」

「スマート...?」


それから数時間後。

黒沼キャンプ場では、奇妙な光景が繰り広げられていた。

爆音で音楽を流していた集団のサイトでは、狼のボスが丁寧に「音量を下げてくれませんか」と交渉している。その横には石川と千葉が立っており、にこやかに笑っている。最初は反抗的だった若者たちも、ボスの迫力に圧倒され、素直に音量を下げた。

ゴミを散らかしていた家族には、富山が優しく「一緒に片付けませんか?」と声をかけた。すると意外にも家族は「ああ、そうですね。すみません」と素直に応じ、皆で清掃を始めた。

深夜まで騒いでいた大学生グループには、千葉が「明日の朝、一緒に朝ごはん作りませんか? 早起きした方が気持ちいいですよ」と提案。大学生たちは「お、いいっすね!」と乗り気になり、早めに就寝することにした。

気づけば、キャンプ場全体の雰囲気が変わっていた。

騒音は減り、ゴミは片付けられ、人々は互いに挨拶を交わすようになった。

「すげえ...」石川が感嘆する。「マヨネーズなんかより、よっぽど効果的じゃん...」

「当たり前だろ」ボスが笑う。「人は、暴力じゃなくて対話で変わるんだよ」

「名言...」千葉が涙ぐむ。

「でもまあ」ボスが石川の肩を叩く。「お前のマヨネーズ作戦、嫌いじゃなかったぜ。面白かった」

「マジっすか!」石川が目を輝かせる。

「ああ。でも次からは、もうちょっと平和的な方法でやれよ」

「了解です!」

富山がホッとした表情で二人を見る。「よかった...まともな結末になって...」


翌朝。

黒沼キャンプ場は、信じられないほど清々しい空気に包まれていた。

あちこちのサイトから「おはようございます!」という挨拶が聞こえ、誰かが淹れたコーヒーの良い香りが漂ってくる。

石川たちのサイトでは、昨夜仲良くなった狼のボスや、大学生グループ、家族連れなどが集まって、大規模な朝食会が開かれていた。

「うまい! このホットサンド、うまい!」ボスが幸せそうに頬張る。

「石川さん、このスープも最高です!」大学生が笑顔で言う。

「ふふ、こういうのがキャンプの醍醐味だよね」富山が満足そうに微笑む。

千葉が石川の隣に座る。

「ねえ、石川さん」

「ん?」

「今回のキャンプも、めっちゃ楽しかったですね」

「ああ」石川が笑う。「最初は天誅とか言ってたけど、結局、みんなで仲良くなるのが一番グレートだったな」

「そうそう! 『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる』って、まさにこのことですよ!」

「いや、お前のそのモットー、危険だから今後は慎重に使えよ」富山がツッコむ。

三人が笑い合う。

「なあ、お前ら」ボスが立ち上がる。「また来いよ、黒沼キャンプ場に。今度は本当にのんびりキャンプしような」

「はい! 絶対来ます!」石川が親指を立てる。

「次はマヨネーズ持ってくんなよ?」

「了解です!」

朝日が昇り、キャンプ場全体を優しく照らす。

かつて『日本一治安の悪いキャンプ場』と呼ばれた黒沼キャンプ場は、この日、少しだけ平和になった。

そして石川たちは、次なる『グレートなキャンプ』を夢見ながら、帰路についたのだった。

「ねえ石川、次はどんなキャンプするの?」千葉が運転席に尋ねる。

「そうだな...次は『全てのキャンプ飯を逆さまにして食べるキャンプ』なんてどうだ?」

「最高じゃないですか!」

「やだあああああ!」

富山の悲鳴を乗せて、軽バンは山道を下っていった。

黒沼キャンプ場に平和な朝が訪れる。今日もどこかで、石川たちの『グレートなキャンプ』は続いていく——。

(完)

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『俺達のグレートなキャンプ213 迷惑キャンパーを天誅しまくるか』 海山純平 @umiyama117

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