第4話 幸せ

「お兄ちゃん。一緒に寝よ」




「もうホント勘弁してください。まだアイリ様の兄でいさせてくださいよ」




「兄妹なんだから、一緒のベッドで寝れるでしょ。ほら、横になって」




 アイリに無理矢理ベッドに倒され、ベッドに入ろうとするアイリに端へと追いやられてしまった。せめて壁側を向こうとしたが、抱き着かれて身動きを封じられてしまった。




 凄い良い匂いがする。俺よりも高いシャンプーとリンスで洗った髪と元々のアイリの匂い。




 全身で感じる柔らかくも弾力のある感触。何処を押し付けられているというか、全部押し付けられている。




 とても俺と血が繋がっているとは思えない。兄妹とは容姿や能力が平等に与えられるものじゃないのか。どう考えてもアイリに偏ってる。




「お兄ちゃん。眠るまで私が耳元で囁いてあげるね」




「結構ですぅ……」




「拒否権無いから」




 アイリの髪が顔を覆った。さっきまで感じていた匂いがより濃くなり、脳が蕩けていく。




 アイリの唇が耳に触れている。吐息が耳を刺激し、全身に小さな痺れを走らせる。




「お兄ちゃん……愛してる」




 あ、堕ちる。




「ッ!? だぁぁぁ!!!」




 気合を込めて、無理矢理拘束を解いた。危なかった。あとほんの僅かで俺は兄ではなくなっていた。男というか、雄になっていた。




「アイリ! お前今日どうした!? なんかいつも以上にベッタベタじゃないか!」




「別に。いつも通りじゃん」




「バッキャロウ! いつも通りならこんなにドキドキせんわい!」  




「へぇ……ドキドキ、したんだ」




 あ、墓穴掘った。




「そっか。私で、ドキドキしたんだ。お兄ちゃんのくせに、実の妹を意識しちゃったんだ」




「違う! 違わない! あー、もうどっちだよ! とにかくな!? 今日のお前はあまりにも度が過ぎてる!」




「だからいつも通りだって」




「そんなわけあるか! こんな、まるで漫画みたいな展開で……漫画、みたいな……ん?」




 お兄ちゃん呼び。




 一緒にお風呂に入る。




 一緒のベッドで寝る。




 愛を囁く。




 これ【ヤンデレ妹に愛されて幸せな日常を送ってます】の一巻と同じ展開だ。見つけた時に読んだのか。それで俺をからかう為に……いや、違う。アイリは他人を馬鹿にするような事を絶対にしない。




 そうだ。成長してすっかり忘れていた。




「アイリ。もしかして、あの漫画に嫉妬したのか?」




「……」




「そうか。そうだよな。お前は昔から、俺の幼馴染や女友達に、よく嫉妬してたもんな」  




「……あの本を見つけた時、凄く嫌だった……妹なら、私がいるのに」




「そうか。でも、あれはただの漫画で―――いや、違うよな。俺があの本を持ってる事に、嫌な気持ちになったんだもんな。ごめん。それから」




 俺はアイリの頭を胸に抱き寄せた。




 離れないよう強く。




 苦しませないよう優しく。




「俺の妹はアイリだけだよ。誰よりも可愛くて、何よりも大切で、俺の自慢の妹だ」




「……そう」




 アイリの返事は素っ気なかった。




 けれども、強く抱き返してくれた。




 背に感じるアイリの手は温く、胸に押し付けてくる頭がくすぐったい。




 こんなに可愛い妹がいて、兄として、一人の人間として幸せだ。

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