黒いサンタクロース
藤泉都理
黒いサンタクロース
この時の俺は浮かれまくっていた。
サンタクロースの弟子という体でのアルバイトで子どもたちと触れ合えた事。
短期とはいえアルバイトを無事にやり遂げられた事。
身体は疲労困憊だったけれど、心はとても元気になれた。
独り身で七十五歳で定年退職をした七十六歳の男。
会社という組織から離れてしまえば、交流する相手もなくなり。
このままではテレビの前で座る人生を送り続ける事になると、アルバイトを探した。
どうせなら色々体験しようと短期アルバイトを転々としており、サンタクロースの弟子という体のアルバイトを終えたばかりであった。
サンタクロースへの手紙を受け取るアルバイトである。
元気満々に渡してくる子。なかなか渡さない子。歌いながら渡してくる子。殴りながら渡してくる子。縄跳びを見せて渡してくる子。サンタクロースの絵と一緒に渡してくる子。個包装の飴やクッキーと一緒に渡してくる子。サンタクロースの質問をして渡してくる子。
色々な子どもたちに懇切丁寧に対応しながら、手紙を受け取った。
手紙はまとめて、サンタクロース協会の日本支部に送られたそうだ。
「ジングルベ~。ック。ジングルッベエエエル。すっずがあなるううう。んんん。んんんんん。んんんんん~。今日は俺の誕生日~~~」
いついつまでも点灯し続けるクリスマスツリーにも祝福されている気分に浸り続ける中。
十二月二十三日から二十四日に日付が移行しようとする時分だった。
誕生月割引をしてくれるお好み焼き屋で海鮮お好み焼きを食べ、洒落たバーに入りワインを一杯だけ飲んで、この年にしては珍しい漆黒の長い髪の毛と髭を振り回しながら歩いて帰っていると、向かい側から見知った男が歩幅を一定にしながら歩いてきた。
今回のサンタクロースの短期アルバイトで俺を雇ってくれた男だった。
名前は不明。
サンタクロースの総元締めと呼んでくださいと言われたので、そう呼んでいた。
こんな時間まで働いているのか大変だな。
頭は外しているもののトナカイの着ぐるみを着ているサンタクロースの総元締めを見て、お疲れ様ですと言った。
「どうも
「ああ。えへへ。どうもありがとうございます。いやあ。短期アルバイト無事完遂にクリスマスに誕生日に。もうウハウハです。サンタクロースさまさまです」
「サンタクロース。いいですよね」
「ええ。いいですね。幸せの象徴ですよね」
「サンタクロースになりたくありませんか?」
「え? あ。ああ。そうですねえ。なりたいですかねえ」
「そうですか。なりたいですか。ええええ。あなたはサンタクロースになるべきです。サンタクロースになるためにこれまで生きて来たお方です」
「ええ。そうですか。えへ。俺はサンタクロースになるために生まれて来たのかあ」
「ええええ。ただし、サンタクロースと言っても、世間一般的に知られているサンタクロースではありません」
「え?」
「いい子にプレゼントを贈るサンタクロースではなく、悪い子におしおきをするサンタクロースです」
「ええ? そんなサンタクロースが居るんですか?」
「ええ。悪い子もおしおきをすればいい子になる。昨今、体罰と呼ばれる事でもサンタクロースならば赦されるのですよ。なにせ、サンタクロースですから」
「はあ。まあ。そうですね。サンタクロースですからね」
「そうそう。サンタクロースですから。しかも一年に一回だけ。おしおきをされた子はちゃんと反省してクリスマスを迎えられるわけですし。保護者は子どもにおしおきをせずにクリスマスを迎えられますし。いい事尽くめなのですよ」
「はあ。そうですね。何だか遣り甲斐のある仕事に思えてきました。だけど。本当に大丈夫なのですかね。逮捕されたりしませんか?」
「ええええ。大丈夫ですよ。国から認められている仕事ですから」
「へぇえ。国も結構あくどい事をしているんですねえ。表では体罰はだめだって言っているのに。裏では体罰はいいって仕事を承認しているなんて」
「サンタクロースですから」
「なるほど。サンタクロースですもんね。では。俺はどうすればいいんですか?」
「ええ。まずはサンタクロース協会に来てもらいます。善は急げですから。今からどうですか?」
「ええ。行きます。あ。でも。サンタクロースの総元締めに悪いですよ。今まで働いていたのでしょう。休まないといけませんよ。身体は資本ですから」
「………あなたは本当にお優しい。ですから。サンタクロースに相応しいのですが」
「えへへ。では今日のお昼にでも時間を変更できませんかねえ」
「………他者の痛みをきちんと感じられる人。それがこのサンタクロースに求められる。痛みに敏感な人でなければいけない。そうでなければ、ただの犯罪者に成り果てる。サンタクロースが犯罪者になるなんていけない。サンタクロースは幸福の最たる象徴なのです」
「サンタクロースの総元締め? どうしましたか? 少し休みましょうか?」
「三村さん」
「はい」
「私は大丈夫です。行きましょう」
「そうですか………では。行きましょう」
「はい」
ふかふかのトナカイの着ぐるみの手を差し伸べられたので握った俺。うわあ、あったけえなあと目に涙を浮かべたのであった。
(俺にもまだできる事があったんだなあ)
「なあ」
「何ですか。先輩」
「この頃この界隈でよく聞くよなあ」
「ああ。黒いサンタクロースですか。夢に出て来るらしいですね。口に出すのも憚れる阿鼻叫喚の責苦を黒いサンタクロースと一緒に負わされたかと思えば、正視するのも憚れる外見の黒いサンタクロースに、最後にはいい子ですねハッピークリスマスって満面の笑みで送り出されるんですよね。こわっ」
「まあ。そのおかげで戦争賛成派がおとなしくなっているから、黒いサンタクロースさまさまだけどな」
「どうせなら、世界中の戦争賛成派のところに行ってくれないですかねえ」
「それな」
「あの」
「「はい」」
「若い記者さんがた。スキマバイトに興味はありませんか。サンタクロースの弟子という体で子どもたちのサンタクロースへの手紙を受け取るバイトなんですけど」
(2025.12.23)
黒いサンタクロース 藤泉都理 @fujitori
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