スティールナイツアンドガールズ

SKG

1章:暁に発つ ー生きるため私は前に進むー


「今日からあなたが乗る機体よ、ケイト。」

軍の研究施設に運び込まれる試作スティールナイト。

白を基調とした機体が朝日を浴びて美しく輝く。

ケイトと呼ばれた少女は頷いて、緊張した面持ちでコクピットに向かう。


「ママ、これでいい?」

ログコードを設定しながら心配そうに尋ねるケイト。

「大丈夫よ。でもね、ここでは主任って呼びなさい。」

彼女はケイトの母であり、新型スティールナイト開発の主任研究員でもあるマリア・ヴァレンシア。


「士官学校でもやってたでしょ、問題ないわ。」

マリアの言葉に頷き、ケイトは起動スイッチを押す。

コクピットが光り駆動音が響く、機体名“マッシブキャノン”の文字がケイトのヘルメットに映り込む。

スティールナイトの神経リンクがスティックを通じて入り込んでくる。

少しずつ心が圧迫されていき、スティールナイトの手足の感覚がリンクしていく。

いつもの感覚、問題ない。

「ケイト・ヴァレンシア、出ます!」



「この機体、確かに馴染む…!」

試作機のテストを重ねるたびにケイトは一体感の高まりを感じていた。


「ロック!」

テンポよくミサイルを撃ちターゲットを破壊していくマッシブキャノン。

「これで最後!」

最後方のダミースティールナイトをデュアルスピアで突く。

「テスト終了。ケイト、ログを取るからハンガーに戻って。」

マリアは指示を出すとマイクを置き、ハンガーに向かう。


「マッシブキャノン、ハンガーに入ります。」

慣れた動きでケイトは機体をハンガーに入れ、手早くメカニックがデータを採取する。

「ふう……」

ケイトはヘルメットを脱ぎ、一息ついてからマリアのほうを見る。

「どう? サマになってきた?」

誇らしげに母に伝える。

「もうすぐ1年だもの。ちょっとはサマになってくれないとね。」

こちらも誇らしげに微笑む。

テストのフィードバックとチューニングを繰り返しマッシブキャノンの性能が上がっていく。

それに応えるようにケイトの操縦技術も上がっていた。

神経リンクの適合率も安定し、いよいよテストの最終段階を迎えようとしていた。


「明日のターゲットは…っと。」

次のテスト内容を確認するために端末を覗くケイト。

「載ってない?ってことは実戦形式かぁ。」

情報が伏せられているのは実戦形式の証、明日のテストがハードである事を物語る。

「よしっ!」

ケイトは気合いを入れるポーズをとり、顔を上げて機体を見つめる。

「明日もよろしくね、マッシブ。」

ぽんぽんっと軽く叩いてマリアの元に駆け寄る。

「今日の晩ご飯はー?」

大変だけど充実した日常。

…そんな毎日を壊す、あの事故が起こる。



「今日のは……手強い…!」

ケイトはレーダーを睨みつける。

これまでのターゲットとは全く違う、そろそろ10分経つのに捕捉すらできていない。

一方、相手は正確にこちらを狙撃してくる。

ただ撃ってくるだけではない、誘導されるように徐々に訓練場の壁際に追い詰められていく。

「また?!」

見えないところからビームが飛んでくる。完全にはかわせない、ダメージを抑えるためマッシブを捻るように動かす。


「え?!」

壁際まで追い込まれた時、テストとは思えない高収束のビームが発射される。

必死にスティックを動かすケイト、呼応して体を大きく反らせるマッシブキャノン……。

ビームはマッシブをかすめて湾曲し、観測棟に当たる。

爆発音が響き観測棟が崩れる、あそこはマリアがテストを見ている建物。


降り注ぐ瓦礫に巻き込まれマッシブが倒れる。

「ママ!」

遮音されているはずのコクピットに轟音と振動が響く。

テストは即時中止、マリアは緊急搬送されてケイトは1人残された。


「そうか、辞めるのか。」

「はい、母の介護に専念したいので。」

薄暗い軍の士官室。ケイトは上官の男に決意した表情で伝える。


マリアは事故で重傷、身体機能は回復したが重い記憶障害になっていた。

先日退院はしたものの目が離せない。

「あれから2ヶ月か……」

テストはあれから宙に浮いたままだ。

「この部隊もどうなるかわからんしな。賢明な判断だ。」

上官の言葉を受けてケイトは軽く頭を下げ、認証カードとテスト部隊の部隊章を隊長の机に置いた。



「またあなたに乗ることになるとはね。」

そう呟いてケイトは見上げる。

視線の先には見覚えのある白い機体。


母の介護で2年の月日が流れていた。

記憶障害の影響で行動が読めない母。

日中はまとまった時間が作れない、そんな若い娘ができる仕事は限られていて、生活が厳しくなる一方だった。


今はとにかく生きるために金がいる。

スティールナイトで戦う大会「スティールナイト・デュエル/SKD」は勝てば賞金が出る。

これなら稼げるかも…

今日は初戦、あの時と同じく朝日に照らされるあの機体。


マッシブキャノンはケイトが退役後しばらくして後任が配属されテストを再開、昨年に制式採用されSKDにも卸されたらしい。

「乗りなれた機体のほうがいい……よね、ママ。」

忌まわしい事故の記憶を心に飲み込み、ケイトは機体のハッチを開けマッシブキャノンに乗り込む。

今日を生き残り、前に進むために。



「ふーん、マッシブキャノンってもう民間におりてきたんだ。」

対戦相手情報を確認して、コクピットの中で呟く。

彼女はミカ・アカツキ。スティールナイトオタクにして狙撃の名手。

趣味が高じてSKDに参戦、戦績急上昇の売り出し株だ。


「今日もやりますか!」

ミカの両手に神経リンクが流れ込む。眼鏡の奥、瞳に情熱的な炎が宿る。

狙撃機とは思えない真っ赤な機体”ビビッドクロウ”が動き出す。

「今日もカワイイよ、ビビッド!」

狙撃機をあえて真っ赤に塗り直したミカのお気に入り。

闘技場のゲートが開く。歓声が沸く。ネット上で大量のコメントが流れる。

「うっっひょーい!」

ミカはこの瞬間が大好きだった。


「実物を改めて見ると……ダサカワ系ね、お前。」

ケイトのマッシブキャノンを見てオタクならではの論評を繰り出す。

「さて…ついてこれるかしら、おデブちゃん!」

ミカがペダルを強く踏み込む。

ビビッドクロウが急発進、闘技場内の遮蔽物の間を縫って飛び回る。

右、左、右、そして後。地面を滑るような低空飛行、赤い残像を残してケイトの視界とレーダーから消える。


「さ、見つけてごらんなされ。」

自信満々にミカがスコープをのぞき込む。スコープの先にマッシブキャノンを捉えて。



「いっくよー!テーマは“赤い流れ星“!」

ミカのテンションが一段上がる。


ビビッドクロウがマッシブキャノンの死角からビームを放つ。

ヒットを待たずに高速移動、次の死角に回り込む。

狙撃・高速移動を繰り返し、マッシブキャノンの装甲を削る。

マッシブキャノンの視界範囲・センサー位置を把握していないとできない動きだ。


「これが実戦……!」

競技とはいえ敵意を持った相手と初めて戦うケイト。

撃墜させるつもりで撃たれたビームがマッシブキャノンに次々ヒットする。

耐久性重視の機体とはいえ、まともに食らい続けると装甲が持たない。

…と思われたが、連打を浴びてもマッシブキャノンは倒れない。


「ぐぬぬ、なんでよ!?」

崩れないマッシブキャノンに焦り、1人きりのコクピットで思わず声を漏らすミカ。

ケイトは射線を見切り、機体の姿勢を調整して被弾係数が最小になるように動いていたことにミカは気付かない。

何度も教えられ、体で覚えた動きだった。


「これならどうだ!」

ビビッドクロウが左手に一発だけ仕込んでいる短滑空レールガンを構える。

エネルギーを大量に消耗するが一撃必殺、ミカの"とっておき"だ。


「ばっきゅー…」

スコープを覗き、ミカの指がトリガにかかる寸前、マッシブキャノンが消える。

「ん?」

次の瞬間、スコープに大量の熱源ホーミングミサイル。

レールガンの温度上昇をケイトが見抜き、浮上して視界から消えミサイルを撃ちこんだのだ。


「あわわわわ!」

レールガンでの狙撃体制に入っていてビビッドクロウは回避行動がとれない。


勝負あり、ケイトは静かに微笑んだ。

「これで…今日は食べられる。」



「なーんだアイツ、イキってたわりにはすぐ終わっちゃったね、ジェシカ。」

闘技場の観客席、小柄な少女が隣の席を見ながら話し出す。

「ケイト相手だと仕方ありませんね。わかってたでしょ、ジュジュ。」

ジェシカと呼ばれた少女は闘技場を見つめながら答える。


新たなヒロインの登場に沸き立つ観客席をよそに、ジェシカがゆっくり立ち上がる。

「行くの?まだ時間あるよ、ジェシカ」

「私はマレケイローンの最終チェックがあるから。あなたはゆっくりでいいわよ、ジュジュ。」

「ええー、やだあ。置いてかないでよ、ジェシカ」

慌てて立ち上がりジェシカを追いかけるジュジュ。

いつものやり取りが心地よい、ジュジュはこの時間が大好きだった。


今日のマッシブキャノンとケイトの戦闘ログをインストールするジェシカ。

それを見守るジュジュ。

「あれ、私達を差し置いて機体のテスト部隊に行った子だよね、ジェシカ。」

当時の軍はテスト部隊への初期配属は期待の新人の証。

「そうね、成績は私たちが上だったのは間違いないわ、ジュジュ。」

「オヤノナナヒカリってやつかー。許せないね、ジェシカ」

「それはどうかしら、ケイトの神経リンクの適合はすごかったしね、ジュジュ。」

「えー、でもやっぱり私たちの方がふさわしいよ、ジェシカ。」

「もちろんそうよ。だからそれを証明しましょ、ジュジュ。」



「さすがね、トリプルJ。」

特徴的な4脚の機体をコクピット越しに見つめるケイト。

一進一退の攻防、楽しかったあの頃の日常を思い出すケイト。

士官学校の実戦訓練で苦戦するのはいつもこの2人だった。


「そろそろじゃない、ジェシカ?」

「頃合いね、ジュジュ。」

蒼きケンタウロス“マレケイローン”が前傾姿勢を取る。

クイックな動きを4本の脚で支えて安定して発揮できるのが特徴。

「まずは、ここ!」

「せいやぁ!」

息のあった掛け声と操作でマレケイローンが高くジャンプ、マッシブキャノンの眼前に飛び込み着地と同時にビームソードで牽制する。


特殊かつ複雑な操作体系で敬遠するパイロットが多い中、彼女たちは複座化で制御を分担して克服した。

以心伝心の2人だからできる業。

2人で3倍の戦力−いつしか“トリプルJ”の異名が付けられた。


「はいっ!」

「おりゃっ!」

ジェシカが撃ちごろの間合いに入ってミサイルを撃たせ、ジュジュの卓越した反応速度で斬り落とす。

「今のでラストでしょ!今朝のデータで分かってる!」

勝ち誇ったように叫ぶジェシカ、呼応してマレケイローンがビームソードを抜く。

「ジャストジェットジャッジメントぉ!」

4脚の出力で一気に詰め寄るマレケイローン、名付けはもちろんジュジュ。

マッシブキャノンもデュアルスピアに手をかける。


「(間に合わない!)」

残弾警告で赤く光るコクピットでケイトは一か八かデュアルスピアを投げようとする。


両者がぶつかる直前、闘技場中央に爆発音、闘技場全体が揺れ双方がバランスを崩す。



「やっぱり来たか!」

控えハンガーにいたドレッドヘアの娘が立ち上がる。


避難警報が鳴り響く中、登録名“カタリナ・ペーニャ”の参加証をなびかせ愛機に向かう。

「どいて!」

慌てるスタッフを掻き分けコクピットに滑り込む。


「ゴー!」

黄色の機体が超加速で発進、足のローラーが唸りを上げる。


崩れる闘技場、巻き込まれそうなマッシブキャノンとマレケイローン。

巨大な瓦礫が2機の上に落ちてくる。

「間にあえっ!エクスローダー!」

黄色いシルエットが稲妻のようにジグザグにターンを繰り返して瓦礫をかわす。


「でええい!」

掛け声とともにカタリナがスティックを捻り急旋回させて2機に突っ込む。

そのまま2機を掴んで自分もろとも転がりながら場外に出る。

直後、闘技場のフィールドに瓦礫の山が降り注ぐ。



「寄せ集めにしちゃ、頑張ったエクス!」

カタリナがエクスローダーのコクピットでスティックを撫でる。

「さて……」

瓦礫と轟音と土煙が静まっていく中、カタリナは闘技場の中央を見つめる。


徐々に晴れていく視界。

闘技場の中央に違和感があるシルエット、何かがいることだけがわかる。

シルエットを見つめカタリナがコクピットで呟く。

「本性出したね、A.R.G.O.さん。」



「あ、ああ…………」

転がり倒れるマッシブキャノン。

薄暗いコクピットの中、闘技場の中央を見つめ声にならない声を上げるケイト。


土煙が晴れていく。

見たことがないシルエット。

徐々に顕になる…白い龍のようなスティールナイト。


「意識は保ててるんだ、意外。」

神経リンクを伝って声が脳内に入ってくる。

美しいが平板な声。

でも聞いたことがある懐かしさを感じる響き。

「ずっと見てたよ、ケイト。」

名前を呼ばれケイトは固まる。

「私はティエン、あなたと対をなす存在。」



「迎えに来たよ。」

「ここはあなたのいる場所じゃない。」

「私たちは欠陥品。いずれあなたも捨てられる。」

「だから私と一緒に行こう?」

「ここなら私達を受け入れてくれる。」

「ホワイトドラゴン、ここが私の居場所。」



「さあ……行こう、ケイト。」

ホワイトドラゴンが1歩近づき手を伸ばす。

その背後、黒い龍が浮かび上がる。

ホワイトドラゴンを介して神経リンクが呼応する。

触れてもいない機体とリンクしようとする異常事態。

今まで感じた事のない黒い圧迫感。


「させない!」

カタリナのエクスローダーが立ち上がり、煙幕弾と信号弾を両肩から撃ち出す。

信号弾が光を出すや否や闘技場の壁を突き破り大型トレーラーが入って来る。

トレーラーのハッチが開くと同時にエクスローダーがマッシブキャノンとマレケイローン掴んで押し込む。

「OK!出して!」

煙幕の中、トレーラーが急加速する音が響く。


一瞬の出来事、煙幕が晴れるとトレーラーと機体は消えており、同時に2体の龍も消えていた。


遠のく意識の中、ケイトの頭にティエンの声が響く。

「また会いましょう、必ず……」

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