1-1:【我に従え】

 仮称「オーラ」と呼べるそれはそれなりに俺の意思によって動くが、動くからと何かが出来るわけでもない。


 メイルや父母や医者の目の前でオーラを手のひらに集中させて人の形や動物の形にしてみるが、驚く様子もなければそれを見ることもないのを見るとどうやら俺にしか見えていないらしい。


 一体これはなんなんだ。と、思いながら一部を切り離して投げるように飛ばしてみると、ふよふよと飛んだ後に霧散してしまう。


 そして暇つぶしのようにそれを飛ばして見えるものに当てる遊びをしていると、急に異常な倦怠感に襲われる。

 飢餓に似た枯渇感に苛まれて意識を失い……目が覚めると治っていた。


 まずい病気かと思ったがそういうわけではなさそうだ。

 赤子の体だからだろうかと思いながらまたオーラを飛ばす遊びをして、何度か飛ばしたところで纏っているオーラ量が減っていることに気がつく。


 同時に倦怠感があることにも。


 あれ? このオーラって生命力的なものなのか?

 ……そういえば、死んだ時に見た魂に似ている気がする。


 ……もしかして俺、魂投げて遊んでた?


 冷や汗を流しながらも、纏っているオーラが減っていないことを見て安心する。

 魂……に、多少近いのだろうが減っても回復するらしい。


 メイルがきた際、自分のオーラをメイルに触れさせてみるが特に反応はない。

 オーラにオーラをぶつけると動くので、オーラ同士は干渉出来るようだが物理的な干渉は出来ない。


 ……オーラ同士は触れ合わせられて、身体からオーラが失われると気絶する……と、いうことは……。直接的に攻撃することは出来ないが、オーラによって相手を気絶させることは出来るのか?


 メイル相手に実感できるわけにもいかないし……と考えていると蚊が部屋の中にいることに気がつく。

 人間に比べるとかなり微少だがオーラを纏っているし……プーンと飛んでいる蚊に向かってオーラを飛ばす。

 オーラを掠めた蚊は俺のオーラによって自身が纏っていたオーラが吹き飛ばされ、地面に落ちる。


 ……死んだのか、気絶したのか分からないな。

 オーラが減った程度でも俺がかなり苦しかったことを考えると生きているとしても相当なダメージだろう。


 蚊などの小さい虫相手……というかオーラが小さい存在なら攻撃になるか。


 ……オーラを飛ばすのは非効率だな。長くして武器のように振るった方が良さそうだ。

 身体をモゾモゾと動かす練習をするのと同時にオーラを伸ばして剣のような形にして振るう。


 何度か小さな虫を倒したところで、オーラは大きさだけではなく硬さ……というか、オーラ同士で押し合ったときに押し勝ちやすいか押し負けやすいかもあるようだ。

 まぁそれでも早く動かせば勝てるみたいだけど。


 つまりオーラは総量、硬さ、速度によって強さが決まるということだ。


 ……一気に全てのオーラを吹き飛ばすみたいなことは人間相手には難しそうだが、オーラの剣で斬り飛ばすぐらいなら出来そうだ。


 で……まぁ何故俺が戦いのようなことに関心を寄せているかというと、どうやらこの世界はそれなりに戦争があるらしく、また「魔法使い」がいて個人により戦争の勝敗が決まりかねないらしい。


 その魔法とやらが今の俺が試しているオーラと同質のものかは分からないが、何かで戦うことになるかもしれないし、そうでなくとも身につけて無駄になるものでもなさそうだ。


 ……何より、未知の現象だ。面白い。


 自分のオーラをそれなりに自由に動かせるようになってから、次に考えたのは……虫のオーラを取り込むことが出来ないか? という疑問だ。


 オーラ同士は干渉出来るのでオーラを取り込んで見たら、総量が増えるかもしれない。

 魂とそれなりに関係がありそうなのでリスクはあるが……面白そうだと思ってしまった。


 面白そう、好奇心。

 それは俺にとってどうしようもなく甘美なもので、試さないのは耐え難い代物だ。


 オーラを手の形にして、虫のオーラ掴む。

 本来なら本体から離れたら空気中に霧散するそれをオーラの手で掴みっぱなしにして……霧散するはずのオーラを飲み込む。


 異変は……起きた。美味い。

 舌ではない、身体ではない。オーラ……表面的に操ることが出来るモヤではない死後の世界でのみ感じていた魂そのものが、喜びと充実感を覚えている。


 美味い。魂そのものが喜びを覚えるほどの美味だ。


 腹いっぱいに焼肉を食ったときと同じような幸福感……いや、それ以上だ。


 俺自身に虫の魂が混じったという感覚はない。

 少量だったからか、それとも人が焼肉を食っても焼肉になることはないのと同じで、同化というよりは捕食に近い行動なのか……。


 試してみるか。色々と。


 毎日のように虫などの小さい生き物の魂をオーラで包んで吸収していく。

 その度に美味い飯を食った満腹感に似た充実の感触を味わい、そうしているうちにオーラの総量が明らかに増えていた。


 オーラの総量は俺が見たなかで一番多い父親を超えて倍以上になっているが、人格の変容などはなく、虫に多い緑色のオーラが混じっていたりもしていない。


 そう考えると合体というよりかは一方的な捕食という感じがする。

 総量が増えたメリットとしては単に操れる量が増えたのでちょっとやそっと飛ばして一時的にオーラが減っても疲れなくなったし、小さい生き物をオーラで包んで魂を捕食するのも簡単になった。


 もう少し大きい生き物でも食えそうだな……とは思うが、やっと寝返りを打てるようになった程度のこの体だと生き物を探しにいくのも難しい。


 オーラによる魂の捕食も手を模したものから口を模したものに変えてみて……としたところでメイルが床で死んでいる虫の多さに気がついたのか不審がっていた。


 動けない俺が犯人だとは思っていないのか、部屋に何かあると考えたようで俺の寝かされている部屋が別の部屋に変えられる。


 迂闊に色々としすぎたな。

 しかし何もしないのは……と、考えて、窓から見える木を見る。


 ……木、か。

 捕食……外部から栄養を取り入れる方法は口によるものだけではない。


 植物の根。それを真似するように、俺はオーラを下へと伸ばしてベッドと床を貫いて地面に触れさせる。

 それだけでは捕食したときのような感覚はない……が、根をイメージしながら枝分かれさせて土の中に這わせていくと、ほんの少しだけ捕食しているときと同じような充実感がある。


 食ったときほどの刺激はないが、陽だまりの中にいるような充実感がある。

 捕食ではなく吸収と呼ぶか。

 少しずつではあるが、捕食とは違って一日中寝ている間も勝手に成長出来るのでなかなか良さそうだ。


 木の根を真似たオーラで吸収し、吸収して成長したオーラでより木の根のオーラを増やしてより深くからも吸い取って成長していく。


 体も育ってそれなりに寝返りを打てるようになったころ。

 声もちゃんと出せるようになってきた。


 そんなころメイルや父母が「誰が最初に呼ばれると思う?」なんて話題で盛り上がりはじめる。

 めちゃくちゃ気を使うな。ひとりでいるときに発声練習をしているのでだいたい何でも話せるが……最初に呼ぶ相手か。


 一番世話になっているメイルを呼ぶべきだろうか、それとも産んでくれた母か、家の長である父か。


 迷った末に……検診に来た医者に相談することにした。


「──で、俺が最初に誰の名前を呼ぶかで盛り上がってるんですけど、先生的にはどうしたらいいと思います?」

「先生的には、乳児がめっちゃ話しかけてくるのに困惑してるから聞かないでいてほしかったかな」


 なるほど……。あんまり流暢に話すと怖いらしい。


「じゃあ先生以外にはあうーって言っておきます。あうーって」

「うん。出来たら先生にもそうしていてほしかったかな。まぁ……すでに先生のことは呼んじゃってるけど。……旦那様でいいんじゃないかな。ああ、今日は酒をがぶ飲みしよう」

「祝杯ですか? 俺の発声記念の」

「発生した恐怖を忘れるためのやけ酒だよ。記憶を飛ばしたい」


 後日、お医者さんのアドバイスに従って父親のことを呼んだらめちゃくちゃ喜ばれた。


 こうして俺の乳児期はすぎていったのだった。

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