第16話 蒸気轟く仁義の鉄拳

 階段を降りてくる足音が、地下全体に響いていた。


 鉄の心臓が刻む鼓動のように、規則正しく、重く。


「来たか」


 翔吾は蒸気炉に手を当てたまま、振り返った。


 鉄の階段から、重装備の兵士たちが次々と現れる。蒸気式の鎧。機械じかけの槍。その数、二十は下らない。


「反乱分子ども、大人しく投降しろ!」


 先頭の男が叫んだ。顔に大きな傷跡。声には威圧感がある。


「あいつはグラッツァ。第三騎士団の隊長だ」


 ガルドが低く言った。


「腕は確かだ。総督直属の親衛隊だった男だからな」


「兄貴、オレが先に行く!」


 ゴブタが飛び出そうとした。鉢巻きを締め直し、拳を握っている。


「待て」


 翔吾がそれを止めた。


「この炉、試してみてぇんだ」


「試す?」


 ナビ子が眉をひそめた。


「翔吾さん、何を考えて」


「見てろ」


 翔吾は蒸気炉に向き直った。赤く脈打つ炉心。刻まれた『仏恥義理』の文字が、まるで血管のように光を放っている。


「おい、炉。俺のシマを踏み荒らそうとしてる奴らがいる。ビビらせてやれ」


 ゴゥン。


 炉が唸りを上げた。まるで返事をするように。


「出力解放」


 ドゴォォォン!


 蒸気炉から紅い蒸気が噴き出した。床を走る配管が震え、壁のバルブが回転する。地下全体が、巨大な心臓のように脈動し始めた。


「蒸気炉が暴走している! 全員退避を」


「暴走じゃねぇよ」


 翔吾が笑った。


「俺の魂が入ってんだ。だからこの炉は、俺の意思で動く。これが本来の出力だ」


 床から蒸気が噴き上がる。配管を通じて地下全体に紅い蒸気が充満し、騎士たちの足元が崩れた。体勢を崩す者が続出する。


「熱い! 鎧が焼けるぞ!」


「撤退だ!」


 騎士たちが階段を駆け上がっていく。


 グラッツァだけが、その場に踏みとどまっていた。汗が顔を伝い落ちる。歯を食いしばり、槍を握る手が震えている。


 だが、目は逸らさない。


「貴様、何者だ」


「轟翔吾。この蒸気炉の新しい主だ」


 翔吾は紅い蒸気の中を歩いた。炉の加護が熱から守ってくれる。


「今は俺のシマだ。テメェらが好き勝手していい場所じゃねぇんだよ」


 グラッツァが槍を構えた。切っ先が震えている。


「俺は、隊長として逃げるわけにはいかねぇんだ」


 その声には、恐怖ではなく、意地があった。


「そうか」


 翔吾の目が細くなった。


「なら、根性は認めてやる」


 槍が突き出される。翔吾は首を傾けてかわし、そのまま踏み込んで拳を叩き込んだ。


 ドゴン。


 蒸気式の鎧が、拳の形にへこむ。


「がっ」


 グラッツァが膝をついた。


「骨は折ってねぇ。総督に伝えろ。この蒸気炉は俺が貰った。文句があるなら、テメェが来いってな」


『【軍神アレス】: 見事だ。一撃で決めたか』

『【深淵の暇人】: 蒸気炉で蒸し焼きは草』

『【鍛冶神ヘパイストス】: あの炉、主人の意思に応えておる。良い仕上がりだ』


 ジドが蒸気炉を見上げていた。目に光が宿っている。


「すげぇ。炉がお前の言うことを聞いてやがる」


「俺の魂が入ってんだ。こいつは俺の相棒だからな」


 その時、階段の上から声が響いた。


 低い。重い。地の底から這い上がるような声。


「面白い」


 騎士たちが道を開ける。その奥から、一人の男が姿を現した。


 長身。黒いコート。顔には機械の片眼鏡。口元には、薄い笑み。


「私の炉を、勝手に改造するとはな」


「テメェが総督か。ヴェルナー」


「如何にも」


 ヴェルナーがコートを脱いだ。


 その下にあったのは、蒸気で動く機械の腕。人間の体に埋め込まれた、金属の骨格。胸元から蒸気が噴き出している。


「私もまた、この蒸気炉で生まれ変わった者だ」


 蒸気が噴き出す。地下が震える。


 二つの力が、今、激突しようとしていた。


『【果たし状】発行』

『差出人:軍神アレス、鍛冶神ヘパイストス(連名)』

『内容:蒸気都市の総督を倒し、この次元の支配権を奪え』

『報酬:蒸気炉の真の秘密、次元の鍵』


「翔吾さん」


 ナビ子の声が緊張していた。ホログラムにノイズが走っている。


「この男、ただ者じゃないです。センサーが異常な反応を示しています」


「分かってる」


 翔吾は一歩踏み出した。


「だからこそ、ぶっ飛ばす価値がある」


 ゴブタが翔吾の横に並んだ。拳を握り、鉢巻きを締め直す。


「兄貴、オレも戦う」


「ああ。だが、まずは俺がやる」


 翔吾は蒸気炉に手を当てた。紅い光が、彼の体を包み込む。


「この街の心臓は、俺のもんだ。誰にも渡さねぇ」


 ヴェルナーの機械の腕が、蒸気を噴いた。

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