第15話 炉心に刻む俺の名前
蒸気炉は、想像以上に巨大だった。
天井まで届く金属の塔。無数のパイプが蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
轟音と共に蒸気が噴き出し、床が振動していた。
熱気が肌を焼く。普通の人間なら近づくことすら難しいだろう。
「でけぇ」
翔吾は思わず呟いた。
「これが、都市全体を動かしてる心臓だ」
ジドが誇らしげに言った。
「俺たちが三年かけて作り上げた。総督に奪われるまでは、俺たちの誇りだった」
「取り戻すんだろ」
「ああ。今日、ここで」
翔吾は蒸気炉に手を当てた。
瞬間、構造が頭に流れ込んでくる。
蒸気の流れ。圧力の制御。エネルギーの循環。
複雑だが、理解できる。いや、理解できてしまう。
「なるほどな」
「分かるのか、これが」
ジドが驚いた声を上げた。
「分かる。だが、もったいねぇな」
「もったいない?」
「効率が悪い。もっとこう、ガツンと出力上げられる」
翔吾はスパナを取り出した。
「手伝え、ジド。お前らの知識がいる」
ジドの目に火花が散った。
「言われなくても」
改造が始まった。
翔吾がパイプを外し、構造を組み替える。
ジドが指示を飛ばし、技術者たちが動く。
「そこのバルブ、三回転左だ!」
「配管を繋ぎ直せ! 蒸気圧が上がるぞ!」
ガシャン。ギュイン。バチバチ。
金属が軋み、火花が散る。
翔吾の手が止まらない。
ジドが横で作業しながら叫んだ。
「お前、本当に素人か!? 動きが職人だぞ!」
「工業高校で三年やってた!」
「コウギョウ? 知らねぇが、筋がいい!」
二人の息が合っていく。
翔吾が構造を把握し、ジドが最適な手順を指示する。
「兄貴、かっけぇ」
ゴブタが体を弾ませている。
ガルドも驚いた顔で見ていた。
「こいつら、まるで昔からの相棒みたいだ」
「ナビ子、出力どうだ」
「上昇中です。元の設計の百二十パーセント、百三十、百五十!」
ナビ子の声が興奮していた。
「これ、設計限界を超えてますよ!」
「まだだ」
翔吾は炉心に手を突っ込んだ。
熱い。だが、この熱さが心地いい。
ポケットから火の魔石を取り出す。倉庫に残っていた最後の一つだ。
「これを、ここに」
魔石を炉心に埋め込む。
蒸気機関と魔法素材の融合。本来なら不可能な組み合わせ。
だが、翔吾のスキルは「気合いで無理やり融合させる」。
ゴゥン。
蒸気炉が唸りを上げた。
パイプから噴き出す蒸気が、赤く染まっていく。
「出力二百パーセント突破! まだ上がります!」
「よし」
翔吾は最後のボルトを締め上げた。
汗を拭い、炉心を見上げる。
「完成だ」
『【鍛冶神ヘパイストス】: 見事だ。これは、傑作だ』
『【深淵の暇人】: 出力おかしいことになってて草』
『【知恵の女神アテナ】: 理論上ありえない数値ですが、動いていますね』
蒸気炉の外観が変わっていた。
赤い蒸気を噴き出す巨大な心臓。装甲には炎を模した文様。
そして、炉心には大きく刻まれた文字。
『仏恥義理』
「なんですか、その文字」
ナビ子が呆れた声を出した。
「カッコいいだろ」
「センスが絶望的ですね」
「うるせぇ」
ジドが蒸気炉を見上げていた。
その目の縁が、赤くなっていた。
「俺たちの炉が、生まれ変わった」
「お前らの技術がなきゃ無理だった」
翔吾はジドの肩を叩いた。
「これはお前らの炉だ。俺が染め直しただけだ」
ジドが拳を握りしめた。
「ありがとう、ヘッド」
他の技術者たちも、蒸気炉を見上げていた。
全員の目に、光が戻っている。
奪われた誇りを、取り戻したのだ。
『【果たし状】達成』
『報酬:鍛冶の加護・極、蒸気技術の奥義』
翔吾の頭に、新たな知識が流れ込んできた。
金属の扱い方。蒸気の極意。鍛冶の神髄。
これがあれば、もっと凄いものが作れる。
「おお」
体の奥から、力が湧き上がってくる感覚。
「翔吾さん」
ナビ子の声が緊張していた。
「どうした」
「上から足音です。多数。おそらく騎士団」
ガルドの顔が強張った。
「総督が戻ってきたのか。まずい、視察は明日のはずだ」
「罠だったか」
翔吾は眉をひそめた。だが、すぐにニヤリと笑った。
「まあいい。丁度いい」
蒸気炉に手を当てる。
赤い蒸気が、翔吾に応えるように脈打った。
「この炉の力、見せてやるか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます