第17話 鉄と魂の総長決戦

 ヴェルナーの機械の腕が唸りを上げた。


 蒸気が噴き出す。金属の拳が、翔吾めがけて振り下ろされる。


 ドゴォン!


 床が砕けた。翔吾は横に跳んでかわしていた。


「速ぇな、その腕」


「当然だ。この体は蒸気炉のエネルギーで動いている」


 ヴェルナーが腕を振る。再び拳が迫る。


 翔吾は腕を交差させて受け止めた。衝撃が全身を貫く。足が床にめり込む。


「ぐっ」


「どうした。威勢の良さはどこへ行った」


 ヴェルナーが笑う。機械の腕が連続で襲いかかる。


 翔吾は必死でかわし、受け、後退する。


「兄貴!」


 ゴブタが飛び出そうとした。


「来んな!」


 翔吾が叫ぶ。


「こいつは俺がやる。手ェ出すんじゃねぇ」


「でも」


「黙って見てろ」


 翔吾はヴェルナーを睨みつけた。


「タイマンだ。邪魔すんな」


『【軍神アレス】: いい覚悟だ。だが、このままでは負けるぞ』

『【深淵の暇人】: あの機械腕、出力やばくね?』


 ナビ子がデータを読み上げた。


「翔吾さん、あの機械腕の出力は通常の蒸気機関の三倍です。正面からぶつかっては」


「分かってる」


 翔吾は蒸気炉を見た。紅く脈打つ炉心。刻まれた『仏恥義理』の文字が、彼を呼んでいる。


「なあ、炉」


 翔吾は呟いた。


「お前に俺の魂を刻んだ。なら、もっと力を貸してくれてもいいだろ」


 ゴゥン。


 蒸気炉が応えた。紅い蒸気が翔吾の体を包み込む。『仏恥義理』の刻印が、まるで導火線に火がついたように輝きを増していく。


「何?」


 ヴェルナーの目が見開かれた。


「炉と、同調しているだと」


 翔吾の体から蒸気が立ち昇る。拳が紅く光る。


「行くぞ、総督サマ」


 翔吾が踏み込んだ。床が砕ける。


 ヴェルナーの機械腕が迎え撃つ。


 ドゴォォォン!


 二つの拳がぶつかり合った。衝撃波が広がり、周囲の配管が吹き飛ぶ。


「馬鹿な。私の腕と互角だと」


「互角じゃねぇ」


 翔吾が押し込む。


「俺の方が、上だ」


 ミシッ。ヴェルナーの機械腕に亀裂が入った。


「そんな、馬鹿な」


「テメェの腕は、蒸気炉のエネルギーで動いてんだろ」


 翔吾が笑った。


「その蒸気炉は、今は俺のもんだ。俺の魂が刻まれてる。テメェに力を貸すわけがねぇだろ」


 ヴェルナーの顔が歪んだ。


「この、小僧が」


「歯ァ食いしばれ」


 翔吾の拳が、ヴェルナーの胸を貫いた。


 機械の装甲が砕ける。蒸気が噴き出す。ヴェルナーの体が吹き飛び、壁に叩きつけられた。


「がっ」


 ヴェルナーが崩れ落ちる。機械の腕から力が抜けていく。


『【軍神アレス】: 見事だ! これぞ戦士の勝利!』

『【鍛冶神ヘパイストス】: 炉との同調、完璧だった。あの小僧、本物だな』

『【深淵の暇人】: 蒸気炉NTRは草。自分のエネルギー源取られてんじゃんw』


 翔吾はヴェルナーの前に立った。


「終わりだ、総督」


 ヴェルナーが顔を上げた。血が流れている。機械の腕は力なく垂れ下がっていた。


 歯を食いしばる。唇が震えている。悔しさが滲んでいた。


 だが、その目には諦めがなかった。


「……見事だ、小僧。いや、翔吾と言ったか」


「ああ」


「約束通り、教えてやろう。蒸気炉の秘密を」


 ヴェルナーが蒸気炉を見上げた。


「あの炉の奥には、次元の裂け目がある」


「次元の裂け目?」


「そうだ。この蒸気炉は、別の次元からエネルギーを吸い上げている。だからこそ、これほどの出力が出せる」


 ナビ子が驚いた声を上げた。


「次元間エネルギー抽出。理論上は可能ですが、実現した例は」


「この炉が、その実例だ」


 ヴェルナーが笑った。顔には敗北の苦さと、どこか晴れやかさが混じっていた。


「お前がこの炉を手に入れたということは、次元への扉を手に入れたということだ。好きに使え」


『【果たし状】達成』

『報酬:蒸気炉の真の秘密(次元間エネルギー抽出)、次元の鍵(蒸気炉経由の次元移動が可能に)』


 翔吾は蒸気炉を見上げた。


「次元への扉、か」


 ジドが近づいてきた。技術者たちも後に続く。


「ヘッド。俺たちの炉が、そんなすげぇもんだったとは」


「お前らが作ったんだ。誇っていい」


 翔吾はジドの肩を叩いた。


「この街は、お前らのもんだ。総督はいなくなった。これからは、好きにやれ」


 ジドの目が潤んだ。


「ありがとう、ヘッド」


 ゴブタが翔吾の横に並んだ。


「兄貴、かっけぇ」


「当たり前だ」


 翔吾は蒸気炉に手を当てた。紅い光が、優しく脈打っている。


「さて、次はどこに行くかな」


『【知恵の女神アテナ】: 次元の鍵を手に入れた今、選択肢は無限だ』

『【軍神アレス】: 全次元制覇、楽しみにしているぞ』


 翔吾は笑った。


「ああ。全部、俺のシマにしてやる」


 蒸気都市の心臓は、新たな主のために鼓動を続けていた。

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