第12話 全次元、俺のシマにする

 紅蓮の背に跨り、翔吾は荒野を駆けていた。


 四本の足が地面を蹴る。関節から紅い蒸気が噴き出す。

 風が髪を乱すが、リーゼントは崩れない。ワックスの勝利だ。


「兄貴、速ぇ!」


 後ろでゴブタがしがみついている。ナビ子はホログラムなので風の影響を受けず、平然と並走していた。


「翔吾さん、前方に煙が見えます」


「おう」


 地平線の向こうに、黒い煙が立ち上っていた。

 蒸気都市。ガルドが近づくなと言った場所だ。


「やっぱ気になんだよな」


「ですよね。止めても無駄ですし」


 ナビ子が諦めたようにため息をついた。


「行くぞ」


 翔吾は紅蓮の首を撫でた。

 紅蓮が嘶くように蒸気を噴き、速度を上げる。


 都市の外れに着くと、翔吾は目を細めた。


 そこには、煤けた顔の人間たちがいた。

 ボロ布を纏い、痩せこけた体で重い荷物を運んでいる。子供までいる。


「なんだ、ありゃ」


「労働者。いえ、奴隷に近いですね」


 ナビ子の声が硬い。


 監視員らしき男が、鞭を振り上げた。


「さっさと動け! 今日のノルマが終わらなきゃ飯抜きだぞ!」


 鞭が空を切る。

 痩せた男が倒れ込んだ。それでも、周囲の人間は助けようとしない。助ける余裕がないのだ。


 翔吾のこめかみに、血管が浮いた。


「兄貴」


 ゴブタが翔吾の袖を引いた。


「今は偵察だ。暴れるなら、もっと情報を集めてからの方が」


「分かってる」


 翔吾は拳を握りしめた。

 爪が掌に食い込む。


「分かってるっつってんだろ。だがクソが」


 視線の先で、子供が転んだ。

 監視員が鞭を振り上げる。


「ガキにまで手ぇ上げんのか、テメェ」


 翔吾の体が動いていた。


 気づいた時には、監視員の腕を掴んでいた。


「あ? なんだテメェ」


「それはこっちの台詞だ」


 翔吾は監視員を睨みつけた。

 監視員の顔が青ざめる。


「ガキに鞭振り上げて、いい気になってんじゃねぇぞ」


「ひっ」


 翔吾は監視員を突き飛ばした。

 尻餅をついた監視員が、慌てて逃げ出していく。


「だ、誰か! 不審者だ!」


 遠くで騒ぎが起こり始めた。


「翔吾さん、まずいですよ」


「分かってる」


 翔吾は転んだ子供に手を差し出した。


「大丈夫か」


 子供が怯えた目で翔吾を見上げる。

 だが、差し出された手を見て、おずおずと掴んだ。


「ありがとう」


「おう」


 翔吾は子供の頭を撫でた。

 骨と皮だけの、軽い頭だった。


「腹、減ってんだろ」


 子供が頷く。


 翔吾は立ち上がり、蒸気都市を見上げた。

 黒い煙を吐き出す工場。その向こうに聳える、豪華な塔。


「なあ、委員長」


「なんですか」


「俺たちが来た世界にも、こういうのあったか」


 ナビ子は少し考えてから答えた。


「ゴブリンの森も、弱肉強食でした。グロウガさんたちも、生きるために必死だった」


「そうだな」


 翔吾は拳を開いた。


「どこの世界にも、虐げられてる奴がいる」


『【深淵の暇人】: お、なんか語り始めた』

『【知恵の女神アテナ】: 聞きましょう』


 翔吾は空を見上げた。

 神々が見ている。全次元が、この配信を見ている。


「だったら、やることは一つだ」


 翔吾は振り返った。

 ゴブタが、ナビ子が、そして遠くで見守るグロウガたちが、翔吾を見ている。


「全次元のテッペン、俺が獲る」


『【軍神アレス】: ほう』


「俺のシマじゃ、誰も飢えさせねぇ。誰も虐げさせねぇ。だから」


 翔吾は蒸気都市を指さした。


「この世界も、次の世界も、その次も。全部、俺のシマにする」


『【御祝儀】が届きました』

『差出人:【軍神アレス】』

『内容:その宣言、気に入った。見届けてやる』


『【果たし状】が届きました』

『差出人:【全星座・連名】』

『内容:全次元制覇を成し遂げよ』

『報酬:???』


 ナビ子のホログラムが、かすかに震えた。


「翔吾さん。それ、本気ですか」


「当たり前だ」


 翔吾はニヤリと笑った。


「俺は嘘つかねぇよ」


 紅蓮が、同意するように蒸気を噴いた。


 遠くで、警笛が鳴り始めた。

 騎士団が動き出したのだろう。


「撤収しますよ、翔吾さん」


「おう」


 翔吾は紅蓮に跨った。

 だが、その目は蒸気都市を見据えたままだった。


「待ってろよ、総督とやら」


 拳を握る。


「お前のシマ、俺が貰いに行く」


 紅蓮が駆け出した。

 荒野に、紅い蒸気の軌跡が残る。


 全次元制覇。

 その第一歩が、今、始まった。

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