第11話 紅蓮覚醒
壊れた蒸気獣の前で、翔吾は腕を組んでいた。
四本の金属の足。蒸気を吹き出すシリンダー。歯車が噛み合う関節部。
構造は、すでに見えている。
「兄貴、直せんのか、これ」
「当たり前だ」
ゴブタの問いに、翔吾は即答した。
「問題はパイプだけじゃねぇな」
翔吾は蒸気獣の腹に手を当てた。
冷たい金属の感触。だが、その奥に眠る可能性が指先から流れ込んでくる。
「蒸気タンクの容量が足りねぇ。あと、足回りが重すぎる」
「翔吾さん、それ、どうやって分かるんですか」
ナビ子が眼鏡を光らせた。
「見りゃ分かる」
翔吾はポケットからスパナを取り出した。
愛用の工具が、妙に熱い。
「おい、委員長。うちの倉庫に火の魔石があったよな」
「三つほど残ってますが。まさか」
「一つ使う」
ナビ子のホログラムにノイズが走った。
「ちょっと待ってください。蒸気機関と魔法素材は、本来なら互換性がありませんよ」
「知ってる」
「知ってて使うんですか」
「気合いでなんとかする」
ナビ子は深いため息をついた。だが、その目には呆れだけでなく、かすかな期待が滲んでいた。
「ですよね」
翔吾は蒸気獣の装甲を外し始めた。
ボルトを緩め、パネルを剥がす。
グロウガが火の魔石を運んできた。拳ほどの赤い結晶が、仄かな熱を放っている。
「ヘッド、これでいいか」
「おう」
翔吾は魔石を手に取った。
熱い。だが、この熱さが心地いい。
目を閉じる。
蒸気獣の構造が、頭の中に広がった。パイプの流れ、歯車の噛み合わせ、蒸気の循環。
そこに、魔石のエネルギーを流し込むイメージを重ねる。
「いけるな」
翔吾は目を開けた。
そこからは、言葉が要らなかった。
スパナが走る。ボルトが飛ぶ。パイプを繋ぎ直し、タンクを拡張する。
火の魔石を動力炉の中心に埋め込む。配線を這わせ、歯車を組み替える。
ガシャン。ギュイン。バチバチ。
金属が軋み、火花が散った。
「兄貴、すげぇ」
ゴブタの鼻息が荒くなっている。
翔吾の手が止まった。
「よし」
最後のボルトを締め上げる。
立ち上がり、汗を拭った。
『【鍛冶神ヘパイストス】: ほう』
空中に文字が浮かんだ。
蒸気獣の外観が変わっていた。
装甲には炎を模した文様が刻まれている。排気管からは赤い蒸気が噴き出す。
四本の足は一回り細く、しかし力強くなっていた。
「なんですか、その派手な模様は」
「カッコいいだろ」
「センスが絶望的ですね」
ナビ子のツッコミを無視して、翔吾は蒸気獣の頭を叩いた。
「起きろ」
ゴゥン。
蒸気獣の目に、赤い光が灯った。
四本の足がゆっくりと動き出す。関節から紅い蒸気が噴き出した。
「動いた」
グロウガが感嘆の声を上げた。
蒸気獣が翔吾の前に立った。まるで主人を認識したかのように、頭を下げる。
「よし、お前の名前は」
翔吾はニヤリと笑った。
「【魔導単車・紅蓮】だ」
『【果たし状】達成』
『報酬:蒸気技術の知識、鍛冶の加護強化』
『【鍛冶神ヘパイストス】: 見事だ。蒸気と魔法の融合、気に入った』
『【軍神アレス】: 乗り物か。次は戦場で見せてもらおうか』
『【深淵の暇人】: 単車って言ってるけど四足だよねwww』
翔吾の頭に、蒸気技術の知識が流れ込んできた。
歯車の組み方。蒸気圧の制御。金属加工の技法。
「おお」
これがあれば、もっといろんなものが作れる。
「翔吾さん、頭から湯気が出てますよ」
「うるせぇ、消化中だ」
紅蓮が足元で蒸気を吹いた。まるで笑っているようだった。
「さて」
翔吾は領地の外を見た。
蒸気の世界。帝国の総督。まだ見ぬ敵。
「次は、この世界のことを調べるか」
その時、ゴブタが鼻をひくつかせた。
「兄貴、誰か来る」
翔吾が振り返ると、土埃を上げながら一人の男が歩いてくるのが見えた。
鎧姿。へたり込みそうな足取り。
「さっきの騎士ですね」
ナビ子が眉をひそめた。
ガルドだった。
徒歩で帰ると言っていたはずが、引き返している。
「何しに来た」
翔吾が声をかけると、ガルドは立ち止まった。
その顔には、苦渋の色があった。
「一つだけ、言っておきたいことがある」
「あぁ?」
「この先にある蒸気都市には、近づかない方がいい」
翔吾の目が細くなった。
「なんでだ」
「総督は、異世界からの侵入者を許さない」
ガルドはそれだけ言うと、背を向けた。
「待てよ」
「これ以上は言えない。俺は騎士だからな」
その背中が、土煙の向こうに消えていく。
「翔吾さん」
ナビ子の声が硬かった。
「この世界、何かありそうですね」
「おう」
翔吾は紅蓮の頭を撫でた。
「だから、面白ぇんだ」
紅蓮が、同意するように蒸気を噴いた。
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