第10話 鉄の犬と拳の挨拶
蒸気獣が突進してきた。
四本の金属の足が地面を蹴る。関節から蒸気が噴き出す。
その上で、騎士が槍を構えていた。
「死ねぇッ!」
「翔吾さん!」
ナビ子の悲鳴。
だが、翔吾は動かなかった。
目を細め、突っ込んでくる蒸気獣を見つめている。
構造が、見えた。
ピストン。シリンダー。蒸気圧を制御するバルブ。
四本の足を動かす歯車の連結。そして、胴体の中心にある蒸気タンク。
「なるほどな」
翔吾は、最後の瞬間に横へ跳んだ。
ガシャァン!
蒸気獣が空を切る。騎士が舌打ちした。
「ちょこまかと!」
蒸気獣が向きを変える。再び突進の態勢。
「グロウガ、手ぇ出すなよ」
「……了解だ、ヘッド」
グロウガが部下たちを抑えた。
「兄貴、一人で大丈夫か」
「見てろ」
翔吾はスパナを握り直した。
蒸気獣が再び突っ込んでくる。
今度は翔吾も走り出した。正面から。
「馬鹿め、轢き潰してくれる!」
騎士が槍を突き出す。
翔吾は、槍の下を潜った。
そのまま蒸気獣の腹の下に滑り込む。
「見えてんだよ、急所がな」
スパナを振り上げる。
狙いは、蒸気タンクに繋がるパイプの接続部。
ガキィン!
金属が軋む音。パイプが外れる。
蒸気が一気に噴き出した。
「なっ……!」
蒸気獣の動きが鈍くなった。
足が止まる。関節が固まる。
翔吾は蒸気獣の背中に飛び乗った。
「よう」
騎士の目の前に、翔吾の顔があった。
「降りるか? それとも俺が降ろすか?」
騎士の顔が青ざめた。
「き、貴様、何者だ……」
「言っただろ。このシマのヘッドだ」
翔吾は騎士の胸ぐらを掴み、地面に引きずり降ろした。
ドサッ。
騎士が尻餅をつく。槍が転がる。
『【軍神アレス】: 見事だ。機械の急所を一撃で見抜くとは』
『【鍛冶神ヘパイストス】: ほう、この世界の蒸気技術か。面白い』
翔吾は騎士を見下ろした。
「で、話を聞こうか」
「……」
「お前、なんで俺たちを魔族の手先だと思った」
騎士の目が泳いだ。
「こ、この辺りには最近、魔族が出没していて……突然現れた者は、全て排除しろと命令が」
「誰の命令だ」
「帝国の……総督閣下の」
翔吾は眉をひそめた。
「総督?」
ナビ子が近づいてきた。
「この世界の支配者のようですね。詳しい情報はまだありませんが」
「ふうん」
翔吾は騎士に手を差し出した。
「立てよ」
「……は?」
「喧嘩は終わりだ。お前の負けだが、殺しゃしねぇよ」
騎士が呆然と翔吾を見上げた。
「なぜ……」
「俺は喧嘩を売られたから買っただけだ。用が済んだら、さっさと帰れ」
騎士がゆっくりと立ち上がった。
その目に、困惑と、わずかな敬意が混じっていた。
「貴様……名は」
「轟翔吾」
「俺はガルド。帝国第三騎士団の末席だ。覚えておく」
騎士は壊れた蒸気獣を見て、肩を落とした。
「帰る足がないな……総督閣下に報告せねばならんのに」
「総督ってのは、この辺のボスか」
「この地域一帯を治める方だ。蒸気都市も、その周辺の村も、全て閣下の支配下にある」
ナビ子が眼鏡を光らせた。
「支配、ですか。住民は幸せなんですか」
ガルドの表情が曇った。
「……それは」
「なんだ、言いにくいことでもあんのか」
「いや……俺のような末端の騎士が口を出すことではない」
翔吾は目を細めた。
こいつ、何か隠してる。いや、言えないことがあるんだ。
「まあいい。とりあえず歩いて帰れ」
『【深淵の暇人】: 草。徒歩帰還www』
『【知恵の女神アテナ】: 何か、この世界には問題がありそうですね』
その時、空中に新たな文字が浮かんだ。
『【果たし状】が届きました』
『差出人:【鍛冶神ヘパイストス】』
『内容:その蒸気獣、貰ってやれ。改造してみせろ』
『報酬:蒸気技術の知識、鍛冶の加護強化』
翔吾の目が輝いた。
「おい、騎士」
「なんだ」
「その鉄の犬、置いてけ」
「はあ?」
「壊れてんだろ。俺が直してやる。代わりに、お前はこの世界のことを教えろ」
騎士が目を丸くした。
「直せるのか、これを」
「当たり前だ」
翔吾は蒸気獣を見上げた。
四本の足。蒸気のピストン。異世界の技術が、ここにある。
こいつを改造したら、どうなるか。
想像するだけで、笑いが込み上げてきた。
ポケットのスパナが、熱を持っている気がした。
「よし、決まりだな」
『【鍛冶神ヘパイストス】: 期待しているぞ』
蒸気の世界での、最初の獲物が手に入った。
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