第9話 爆音と共に世界を越えろ

 夕暮れ。領地の中央広場。


 グロウガを筆頭に、五十匹のゴブリンが整列していた。

 その前に、翔吾が立っている。


「いいか、お前ら」


 翔吾の声が、広場に響いた。


「今から俺たちは、別の世界に行く」


 ざわめきが起きた。

 別の世界。誰も経験したことのない旅だ。


「怖ぇ奴はいるか」


 沈黙。


「……いねぇよな」


 翔吾はニヤリと笑った。


「お前らは俺の舎弟だ。俺についてくる覚悟は、もうできてるはずだ」


「おう!」


 ゴブタが真っ先に声を上げた。


「兄貴についてく! どこでも!」


 グロウガが一歩前に出た。


「ヘッド。俺たちはお前のシマの一員だ。世界が変わろうが、それは変わらねぇ」


 五十匹のゴブリンが、拳を突き上げた。


「「「おおおおッ!」」」


『【軍神アレス】: いい気迫だ。見届けてやる』

『【深淵の暇人】: ワクテカが止まらんw』


 翔吾は頷いた。


「ナビ子、準備はいいか」


「はい。次元駆動炉、起動可能です」


「目的地は」


「大まかな方向性しか指定できません。今回は『技術が発展した世界』を指定します」


「上等だ」


 翔吾は目を閉じた。

 意識を仏恥義理ブッチギリ号に繋げる。


 地下で、エンジンが唸り始めた。


 ゴウン。ゴウン。ゴウン。


 振動が領地全体に伝わる。

 地面が揺れる。建物が軋む。


「来るぞ! しっかり踏ん張れ!」


 グロウガがゴブリンたちに叫んだ。


 翔吾は叫んだ。


「行くぞ、次元集会ディメンション・ミーティング!」


 瞬間。


 バリバリバリバリッ!


 爆音が轟いた。

 空に亀裂が走る。光の壁が現れる。


「うおおおおッ!」


 翔吾の咆哮と共に、領地が光に包まれた。

 視界が白く染まる。身体が浮く感覚。


 そして。


 ドォン。


 衝撃と共に、光が収まった。


「……着いた、のか」


 翔吾は目を開けた。


 空が、違った。


 灰色の雲。煙突から立ち上る黒い煙。

 遠くに見える、巨大な歯車が回る塔。


 空気が違う。鉄と油の匂いがする。


「兄貴、すげぇ」


 ゴブタが目を丸くしていた。


「空、灰色だ。煙、いっぱい」


「ヘッド」


 グロウガが周囲を警戒しながら言った。


「領地は無事だ。建物も、畑も、全部残ってる」


 翔吾は振り返った。

 確かに、ボロ屋敷もバラックも畑も、そのままだ。

 五十匹のゴブリンも、全員揃っている。


「よし。全員無事だな」


『【豊穣の女神デメテル】: よかった。畑も大丈夫ね』


「ナビ子、ここは」


「スキャン中……」


 ナビ子の目が光った。


「蒸気機関を基盤とした文明です。いわゆるスチームパンク世界」


「スチームパンク」


「蒸気で動く機械が発達した世界、と思ってください」


 翔吾の目が輝いた。


「機械が発達してる……?」


「はい。この世界の技術を取り込めば、領地の強化に」


「最高じゃねぇか」


 翔吾は拳を握った。

 機械。エンジン。歯車。

 工業高校で学んだ知識が、ここでは武器になる。


「ナビ子、この世界にはどんな技術がある」


「詳細なスキャンには時間がかかりますが……蒸気機関、歯車機構、ブラス加工技術が発達しています」


「ブラス?」


「黄銅です。金色に輝く金属ですね」


「いいな、派手で」


 翔吾の頭の中で、改造のアイデアが浮かんでいた。


 その時、遠くから音が聞こえた。


 シュゴォォォ……


 蒸気の音。そして、金属の軋み。


「兄貴、なんか来る」


 ゴブタが指差した方向を見る。


 巨大な影が、煙の中から現れた。

 四本足の金属の獣。背中に煙突。関節から蒸気を噴き出している。


 その上に、鎧を着た人間が乗っていた。


「何者だ、貴様ら!」


 槍を構えた騎士が叫んだ。


「この地に突然現れるとは、魔族の手先か!」


 翔吾は肩を竦めた。


「魔族? 知らねぇな」


「ふざけるな! 名を名乗れ!」


 翔吾は一歩前に出た。


「俺の名は轟翔吾。この領地シマのヘッドだ」


 騎士が槍を突きつけた。


「領地だと? ここは帝国の領土だ。不法侵入者め!」


「あぁ?」


 翔吾の目が細くなった。


「誰が誰のシマに文句つけてんだ」


 空気が張り詰めた。


『【軍神アレス】: おお、いきなり喧嘩か。期待通りだ』

『【知恵の女神アテナ】: 外交という選択肢は……ないですよね』


 翔吾はリーゼントを撫でた。

 崩れてない。上等だ。


「いいぜ。挨拶代わりにやってやる」


 ポケットからスパナを取り出す。


「俺のシマに無断で入ってきたのはそっちだ。文句があるなら、拳で語れ」


 蒸気の世界での、最初の喧嘩が始まろうとしていた。

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