第8話 五十の背中が俺を押した

 翌朝。地下室。


「いくぞ」


 翔吾は仏恥義理ブッチギリ号に手を当てた。

 昨日は五十パーセント。今日は百を目指す。


 目を閉じる。意識を集中させる。

 エンジンの鼓動が、心臓と重なっていく。


 ゴウン。ゴウン。ゴウン。


「同調率、上昇中。五十一……五十二……」


 ナビ子の声が響く。


「五十五……五十六……」


 順調だ。このまま押し切る。


「五十八……五十九……」


 頭が痛い。こめかみが脈打つ。


「六十……停滞しています」


「くそっ」


 翔吾は歯を食いしばった。

 気合いを入れ直す。もっと強く。もっと深く。


「六十一……六十……下がっています」


「なんでだよ!」


 手を離した。息が荒い。膝に手をつく。


「翔吾さん、無理をしても」


「分かってる」


 分かってない。何が足りないのか、分からない。


 その時、階段を降りてくる足音がした。


「ヘッド」


 グロウガだった。

 巨体が地下室の入り口を塞いでいる。


「様子を見に来た」


「……ああ」


 グロウガは仏恥義理号を見上げた。


「でけぇな。これで別の世界に行けるのか」


「ああ。動かせれば、な」


 翔吾は拳を握った。


「気合いが足りねぇのか。根性が足りねぇのか。分かんねぇんだよ」


 沈黙が落ちた。


 グロウガが、珍しく言葉を選ぶように口を開いた。


「ヘッド。一つ聞いていいか」


「なんだ」


「お前、なんでそんなに焦ってる」


 翔吾の動きが止まった。


「俺たちのためか。このシマを広げるためか」


「……当たり前だろ」


「なら」


 グロウガの目が、真っ直ぐ翔吾を見た。


「俺たちを信じろ」


 空気が変わった。


「お前は一人でシマを背負おうとしてる。だが、俺たちはもうお前の舎弟だ」


 グロウガの声は、もう硬くなかった。


「五十匹のゴブリンが、お前の後ろにいる。それを忘れんな」


 翔吾は目を見開いた。


 その時、空中に文字が浮かんだ。


『【知恵の女神アテナ】: なるほど。同調の本質は「繋がり」か』

『【軍神アレス】: 一人の気合いより、五十の信頼。面白い』


「繋がり……」


 ナビ子が眼鏡を光らせた。


「分かりました。同調率が上がらない理由」


「なんだ」


「翔吾さん、一人で背負いすぎです」


 ナビ子の声が、少し柔らかくなった。


「この領地は翔吾さんだけのものじゃありません。ゴブタさんも、グロウガさんも、五十匹のゴブリンも。みんなのシマです」


「……」


「次元駆動炉は、領主の魂とリンクします。でも領主の魂は、領民と繋がっている」


 翔吾は仏恥義理号を見上げた。


 そうか。

 俺一人の気合いじゃ、足りねぇんだ。


「グロウガ」


「なんだ」


「お前ら、呼んでこい。全員だ」


 グロウガの口元が緩んだ。


「了解だ、ヘッド」


 数分後。

 地下室に、五十匹のゴブリンが集まっていた。

 狭い。だが、熱気がある。


「兄貴、なんかすんのか」


 ゴブタが目を輝かせている。


「ああ。お前ら、俺と一緒にこいつを動かすぞ」


 翔吾は仏恥義理号に手を当てた。


「いいか。俺が合図したら、全員で声を出せ。気合いを入れろ」


 ゴブリンたちが頷く。


「いくぞ」


 目を閉じる。

 今度は、背中に五十の視線を感じる。


 ゴウン。ゴウン。ゴウン。


「同調率、上昇中。六十……七十……」


「今だ!」


「「「おおおおおおッ!」」」


 五十匹の咆哮が、地下室を震わせた。

 一番前でゴブタが跳ねている。グロウガは静かに、だが確かに声を張り上げていた。


「八十……九十……」


 熱い。心臓が燃えている。

 だが、孤独じゃない。


「九十五……九十八……」


 仏恥義理号が唸りを上げた。

 排気管から蒸気が噴き出す。歯車が高速で回転する。


「百パーセント……同調完了!」


『果たし状:達成』

『【軍神アレス】: 見事だ。約束の報酬をくれてやる』


 翔吾の身体に、力が流れ込んだ。

 視界が広がる。世界の境目が、見えるようになった。


「これが……戦神の加護か」


『【軍神アレス】: 次元の壁が見えるようになった。好きな時に「次元集会」を発動できる』


 翔吾は振り返った。

 五十匹のゴブリンが、汗だくで笑っている。


「……お前ら」


「ヘッド、やったな」


 グロウガが拳を突き出した。


 翔吾は、その拳に自分の拳を合わせた。


「ああ。お前らのおかげだ」


『【深淵の暇人】: エモすぎんだろwww』

『【豊穣の女神デメテル】: 素敵ね。仲間って、いいものだわ』


 仏恥義理号が、静かに唸っていた。

 準備は整った。


「ナビ子」


「はい」


「次はどこに行く」


 ナビ子が微笑んだ。


「それは、翔吾さんが決めることです」


 地下室に、新しい風が吹き込んでいた。

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