エピローグ

「ねぇ、ジーニー、お腹空いたー。」


「お疲れ様です。御門先生。

言葉の節々に怒気が感じられましたが、よく我慢しましたね。」


「あーいう話は胸糞悪いよね。

でもそこはほら、大人じゃない。僕は。」


「………。お腹空いたんでしたね。今日はこちらはいかがでしょう。」


(御門先生、完全にAIになめられてますよ…。)


そう思いつつ、御門先生が『胸糞悪い』と言葉にしてくれたことで少し救われた気がした。

今日の患者さんは、私たち女性にとって、とても絶え難い話だった。


「ジーニー、今、僕の話、スルーしたでしょう。」


未だにコントは続いている。


二人(?)は、私を笑わせようとしてくれている。

——そんな気がした。


「はい、先生。」


私は、半ば強制的にハーブティーを差し出す。


「柑橘の香り。いい香りだね。安らぐ感じだ。なんか落ち着くね。」


そう言って御門先生は、周りの空気ごと香りを吸い込む。


「怒りや苛立ち、抑制をほどくお茶です。」


飲みかけていた先生の手が、ぴたりと止まる。


「そんなに僕、怒りのオーラ出てた?」


「はい、しっかりと。背中から、メラメラと湧き立っていましたよ。」


「えー、全然おさえられてないじゃなーい。」


そう言って頭を抱える先生の姿を見たら

「あははっ」

笑い声が漏れた。


「……そういえば。」


会話の中で気になっていたことがあった。


「生き霊返しって、先生、できるんですね。」


「あ? あー……」


御門先生は少しだけ目を泳がせてから、肩をすくめた。


「いや、出来ないよ。力ないから。」


「え?」


「だからさ、そっちを選ばれたら

『ごめん、出来ないんだけどねー』って言うつもりだった。」


一拍。


「……ムカつくじゃん。」


一瞬言葉を失い、でも、共感できてしまう。


「まぁ、実家に頼めばやってくれるけどね。」


あっけらかんとした声でそう言った。


「…頼まないけど。」


と最後に消えそうなくらい小さい声で付け足された。


外の風は冬の匂いを吹き消し、春の日差しを呼んでいる。


その風が、この一風変わったクリニックにも、

救われるべき患者さんを呼んでくれている——

そんな音が、確かに聞こえた。

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Unleash Lab 〜原因不明の不調を診断します〜 生き霊編 @hachio_haru

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