第27話

「……信じられません」


翌朝、王城の廊下にて。

メイド長が、幽霊でも見たかのような顔で震えていた。


「皇太子妃殿下……? こ、こんな朝早くから、どちらへ……?」


「どちらへも何も、執務室です」


私は完璧なフルメイクと、動きやすい公務用のドレス(特注:ポケット多め)に身を包み、カツカツと廊下を歩いていた。


「しかし、昨夜は『初夜』でございましたよね? 普通は昼過ぎまでベッドから出てこられないのが通例ですが……」


「昼過ぎ? 半日も無駄にするのですか? 昨夜の会議……いえ、営みで決定した『少子化対策プロジェクト』の草案を、記憶が鮮明なうちに書き起こさなければならないのです」


私はバインダーを小脇に抱え、早口でまくし立てた。


「それに、夫(ルーカス)も一緒です」


私の後ろから、これまた爽やかな笑顔(ただし筋肉痛気味)のルーカス様が現れた。


「よう。朝飯はまだか? 昨夜はカロリーを使ったからな、肉を倍にしてくれ」


「で、殿下まで……! お二人とも、タフすぎます……!」


メイド長が卒倒しそうになるのを横目に、私たちは食堂へと向かった。



「さて、あなた。これからの予定ですが」


朝食のステーキを切り分けながら、私は切り出した。


「慣例に従い、二週間の『新婚旅行(ハネムーン)』に行く必要があります」


「おお、そうだな! どこに行く? 南の島のビーチか? それとも北の温泉郷か?」


ルーカス様が目を輝かせる。


「二人きりで、何もせずにイチャイチャするのも悪くないな」


「却下です」


「は?」


「『何もせずに』? 二週間も? そんなことをしたら、私が書類禁断症状で死んでしまいます」


私はナイフを置いた。


「行き先は決定済みです。帝国の最果てにある『未開拓鉱山地帯』です」


「……はぁ? 鉱山?」


「はい。あそこにはレアメタルの鉱脈が眠っているというデータがあります。ですが、魔物が出るため開発が遅れているのです」


私はニヤリと笑った。


「新婚旅行のついでに、貴方様の武力で魔物を掃除し、私の計算で採掘計画を立てる。……完璧な『実益を兼ねた旅行』だと思いませんか?」


「お前なぁ……。ハネムーンで鉱山に行くカップルがどこにいる」


ルーカス様は呆れたが、すぐに楽しそうに口角を上げた。


「だが、悪くない。お前が望むなら、地獄の底でもピクニックにしてやるよ」


「地獄はいりません。欲しいのは鉱石です」


こうして、私たちの色気のない新婚旅行が始まった。



ガタゴトと揺れる馬車。

窓の外には、荒涼とした岩山が広がっている。


「……空気が悪いな」


「粉塵です。マスクをしてください」


現地に到着すると、現地の鉱山長(ドワーフ族)が泣いて出迎えてくれた。


「殿下ぁ! 妃殿下ぁ! まさか本当にお越しになるとは! 魔物が巣食って仕事にならねぇんです!」


「任せろ。俺が散歩がてら殲滅してくる」


ルーカス様は上着を脱ぎ捨て、巨大なハンマー(旅行カバンに入っていた)を担いだ。


「シルビア、お前はここで待ってろ。危ないからな」


「いいえ、私も行きます。現場を見ないと、正確な埋蔵量が分かりませんから」


「……頑固な奴だ。俺の後ろから離れるなよ」


私たちは暗い坑道へと足を踏み入れた。


キシャアアアア!!


奥から、巨大な蜘蛛型の魔物が現れた。


「きゃっ! 気持ち悪いです! 足が多すぎます!」


「害虫駆除だ!」


ドォォォン!!


ルーカス様の一撃で、魔物が粉砕される。

その衝撃で、天井から岩がパラパラと落ちてきた。


「ちょっと! 力加減! 落盤したらどうするんですか! 私の慰謝料が高くつきますよ!」


「細かいことは気にするな! おらおら、次はどいつだ!」


ドガッ! バキッ! ズドン!


ルーカス様が通った後は、魔物の死骸と、そして――


「……あら?」


私は瓦礫の中にキラリと光るものを見つけた。


「あなた! ストップ! そこ、掘ってください!」


「あん? ここか?」


ルーカス様が壁を殴ると、ボロボロと青い鉱石がこぼれ落ちてきた。


「これは……『魔光石』! 高純度です!」


私は目を輝かせて石を拾い集めた。


「すごいわ、これだけで金貨百万枚の価値が……! あなた、もっと掘って! 右斜め45度、全力で!」


「俺は重機じゃないんだぞ……」


文句を言いながらも、ルーカス様は私の指示通りに岩盤を砕いていく。


「よし、次はあっちの壁! あそこに金の気配がします!」

「人使いの荒い嫁だぜ……」


数時間後。


坑道の入り口には、魔物の死骸の山と、それ以上に巨大なレアメタルの山が築かれていた。


「……大収穫ですね」


私は煤だらけになった顔を拭い、満面の笑みを浮かべた。


「これで帝国の財政赤字は一気に解消。さらに、この資金で温泉リゾートを開発すれば、観光収入も見込めます」


「たくましいな、本当にお前は」


ルーカス様も煤まみれだったが、その目は優しかった。


「普通の女なら『怖い』とか『帰りたい』とか泣き喚くところだぞ」


「私は普通の女ではありません。貴方様の『共犯者』ですから」


私はハンカチを取り出し、ルーカス様の頬の汚れを拭った。


「お疲れ様でした、あなた。……最高のハネムーンです」


「そうか? 埃っぽくて、汗臭いデートだったが」


「いいえ。私たちが力を合わせれば、ただの岩山も宝の山に変えられる。……それが証明できたのですから」


私は背伸びをして、ルーカス様の唇にキスをした。

ジャリッとした砂の味がしたが、それもまた悪くなかった。


「……ハハッ。そうだな」


ルーカス様は私を抱き寄せた。


「愛してるぞ、シルビア。この国中の宝を集めても、お前の輝きには勝てん」


「……また歯の浮くようなセリフを。その言葉、鑑定書付きで保存しておきますね」


「好きにしろ」


私たちは夕日を背に、宝の山の上に座って笑い合った。


こうして、私たちの新婚旅行は『魔物殲滅』と『資源採掘』という前代未聞の成果を残して終了した。


帰国後、私たちが持ち帰ったレアメタルによって帝国の産業革命が加速し、私の名前が『錬金術の女神(ただし守銭奴)』として歴史に刻まれることになるのは、もう少し先の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る