第27話
「……信じられません」
翌朝、王城の廊下にて。
メイド長が、幽霊でも見たかのような顔で震えていた。
「皇太子妃殿下……? こ、こんな朝早くから、どちらへ……?」
「どちらへも何も、執務室です」
私は完璧なフルメイクと、動きやすい公務用のドレス(特注:ポケット多め)に身を包み、カツカツと廊下を歩いていた。
「しかし、昨夜は『初夜』でございましたよね? 普通は昼過ぎまでベッドから出てこられないのが通例ですが……」
「昼過ぎ? 半日も無駄にするのですか? 昨夜の会議……いえ、営みで決定した『少子化対策プロジェクト』の草案を、記憶が鮮明なうちに書き起こさなければならないのです」
私はバインダーを小脇に抱え、早口でまくし立てた。
「それに、夫(ルーカス)も一緒です」
私の後ろから、これまた爽やかな笑顔(ただし筋肉痛気味)のルーカス様が現れた。
「よう。朝飯はまだか? 昨夜はカロリーを使ったからな、肉を倍にしてくれ」
「で、殿下まで……! お二人とも、タフすぎます……!」
メイド長が卒倒しそうになるのを横目に、私たちは食堂へと向かった。
*
「さて、あなた。これからの予定ですが」
朝食のステーキを切り分けながら、私は切り出した。
「慣例に従い、二週間の『新婚旅行(ハネムーン)』に行く必要があります」
「おお、そうだな! どこに行く? 南の島のビーチか? それとも北の温泉郷か?」
ルーカス様が目を輝かせる。
「二人きりで、何もせずにイチャイチャするのも悪くないな」
「却下です」
「は?」
「『何もせずに』? 二週間も? そんなことをしたら、私が書類禁断症状で死んでしまいます」
私はナイフを置いた。
「行き先は決定済みです。帝国の最果てにある『未開拓鉱山地帯』です」
「……はぁ? 鉱山?」
「はい。あそこにはレアメタルの鉱脈が眠っているというデータがあります。ですが、魔物が出るため開発が遅れているのです」
私はニヤリと笑った。
「新婚旅行のついでに、貴方様の武力で魔物を掃除し、私の計算で採掘計画を立てる。……完璧な『実益を兼ねた旅行』だと思いませんか?」
「お前なぁ……。ハネムーンで鉱山に行くカップルがどこにいる」
ルーカス様は呆れたが、すぐに楽しそうに口角を上げた。
「だが、悪くない。お前が望むなら、地獄の底でもピクニックにしてやるよ」
「地獄はいりません。欲しいのは鉱石です」
こうして、私たちの色気のない新婚旅行が始まった。
*
ガタゴトと揺れる馬車。
窓の外には、荒涼とした岩山が広がっている。
「……空気が悪いな」
「粉塵です。マスクをしてください」
現地に到着すると、現地の鉱山長(ドワーフ族)が泣いて出迎えてくれた。
「殿下ぁ! 妃殿下ぁ! まさか本当にお越しになるとは! 魔物が巣食って仕事にならねぇんです!」
「任せろ。俺が散歩がてら殲滅してくる」
ルーカス様は上着を脱ぎ捨て、巨大なハンマー(旅行カバンに入っていた)を担いだ。
「シルビア、お前はここで待ってろ。危ないからな」
「いいえ、私も行きます。現場を見ないと、正確な埋蔵量が分かりませんから」
「……頑固な奴だ。俺の後ろから離れるなよ」
私たちは暗い坑道へと足を踏み入れた。
キシャアアアア!!
奥から、巨大な蜘蛛型の魔物が現れた。
「きゃっ! 気持ち悪いです! 足が多すぎます!」
「害虫駆除だ!」
ドォォォン!!
ルーカス様の一撃で、魔物が粉砕される。
その衝撃で、天井から岩がパラパラと落ちてきた。
「ちょっと! 力加減! 落盤したらどうするんですか! 私の慰謝料が高くつきますよ!」
「細かいことは気にするな! おらおら、次はどいつだ!」
ドガッ! バキッ! ズドン!
ルーカス様が通った後は、魔物の死骸と、そして――
「……あら?」
私は瓦礫の中にキラリと光るものを見つけた。
「あなた! ストップ! そこ、掘ってください!」
「あん? ここか?」
ルーカス様が壁を殴ると、ボロボロと青い鉱石がこぼれ落ちてきた。
「これは……『魔光石』! 高純度です!」
私は目を輝かせて石を拾い集めた。
「すごいわ、これだけで金貨百万枚の価値が……! あなた、もっと掘って! 右斜め45度、全力で!」
「俺は重機じゃないんだぞ……」
文句を言いながらも、ルーカス様は私の指示通りに岩盤を砕いていく。
「よし、次はあっちの壁! あそこに金の気配がします!」
「人使いの荒い嫁だぜ……」
数時間後。
坑道の入り口には、魔物の死骸の山と、それ以上に巨大なレアメタルの山が築かれていた。
「……大収穫ですね」
私は煤だらけになった顔を拭い、満面の笑みを浮かべた。
「これで帝国の財政赤字は一気に解消。さらに、この資金で温泉リゾートを開発すれば、観光収入も見込めます」
「たくましいな、本当にお前は」
ルーカス様も煤まみれだったが、その目は優しかった。
「普通の女なら『怖い』とか『帰りたい』とか泣き喚くところだぞ」
「私は普通の女ではありません。貴方様の『共犯者』ですから」
私はハンカチを取り出し、ルーカス様の頬の汚れを拭った。
「お疲れ様でした、あなた。……最高のハネムーンです」
「そうか? 埃っぽくて、汗臭いデートだったが」
「いいえ。私たちが力を合わせれば、ただの岩山も宝の山に変えられる。……それが証明できたのですから」
私は背伸びをして、ルーカス様の唇にキスをした。
ジャリッとした砂の味がしたが、それもまた悪くなかった。
「……ハハッ。そうだな」
ルーカス様は私を抱き寄せた。
「愛してるぞ、シルビア。この国中の宝を集めても、お前の輝きには勝てん」
「……また歯の浮くようなセリフを。その言葉、鑑定書付きで保存しておきますね」
「好きにしろ」
私たちは夕日を背に、宝の山の上に座って笑い合った。
こうして、私たちの新婚旅行は『魔物殲滅』と『資源採掘』という前代未聞の成果を残して終了した。
帰国後、私たちが持ち帰ったレアメタルによって帝国の産業革命が加速し、私の名前が『錬金術の女神(ただし守銭奴)』として歴史に刻まれることになるのは、もう少し先の話である。
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