第19話

「報告します! ランカスター王国が……とうとう『国家破産』を宣言するようです!」


翌朝の事務室。

私の元に飛び込んできたのは、そんな衝撃的(でも予想通り)なニュースだった。


「……そうですか。思ったより持ちましたね。あと三日は粘るかと思っていましたが」


私はモーニングコーヒー(ブラック)を飲みながら、淡々と新聞を広げた。


一面トップには『王国、デフォルト(債務不履行)寸前!』『レイド王子、王家の宝物庫を空にする』という見出しが躍っている。


「教官! そんなに落ち着いていていいんですか!? ご実家があるでしょう!」


「実家は先週、私の助言で『資産の海外逃避』を完了しています。父は今頃、南の島でトロピカルジュースを飲んでいるはずです」


「……相変わらず抜かりないですね」


部下が引きつった笑みを浮かべる。


「で、どうするのですか? 隣国が破綻すれば、難民が押し寄せてきます。我が国の経済にも影響が出ますが」


「そうですね。国境を封鎖し、難民キャンプの設営予算を組まなければ……」


私が電卓を叩き始めた、その時だった。


「ごめんください~! 郵便でーす!」


やけに陽気な声と共に、王国の使者が現れた。

しかし、その使者の格好がおかしい。

ピエロのような派手な衣装を着ている。


「……何ですか、その格好は。サーカス団の勧誘なら間に合っていますが」


「イエッサー! レイド王子からの『最後通牒』をお持ちしましたー! ハッピー!」


ピエロは一枚の豪奢な招待状を私のデスクに置いた。

そこには、毒々しい金文字でこう書かれていた。


『世紀の大勝負! ~愛と欲望のラスト・ギャンブル~』


「……タイトルだけで頭痛がします」


私は嫌な予感しかしなかったが、封を開けた。

中には、レイド殿下の筆跡で、震える文字が並んでいた。


***


【挑戦状】


シルビア、そして野蛮人ルーカスへ。


僕は諦めない。

国が傾こうと、国民が暴動を起こそうと、僕の愛は消えない!


そこで、最後のチャンスを提案する。


明後日の正午、国境の『中立地帯カジノ』にて、一対一の勝負を申し込む!


種目は『ポーカー』。

運と実力が試される、紳士のゲームだ。


賭けるものは以下の通り。


僕が勝ったら → シルビアの返還。および帝国の国家予算の半分を譲渡。

僕が負けたら → 王家に伝わる『伝説の秘宝・星の涙(スター・ティア)』を譲渡する。


逃げるなよ。

もし逃げれば、僕は毎日国境でマリアに歌わせる!


レイドより



「……最低の脅迫文ですね」


私は手紙を握りつぶした。


「マリア様の歌を毎日? それは国際条約で禁止されている『拷問』に該当します」


「おい、シルビア。なんだその手紙は」


そこへ、ルーカス殿下がやってきた。

手には巨大な斧を持っている(なぜ?)。


「殿下、またレイド殿下からバカな誘いが来ました。無視しましょう」


私は手紙をシュレッダーにかけようとした。


「待て。『秘宝』と言ったか?」


殿下の耳がピクリと動いた。


「はい。『星の涙』とかいう……」


「なんと! 『星の涙』だと!?」


殿下が血相を変えて食いついてきた。


「ご存じなのですか?」


「当たり前だ! それは古代魔法文明の遺産! 握り拳大の超巨大ダイヤモンドにして、無限の魔力を秘めた魔石だ! 市場価格にすれば……国家予算の十年分は下らんぞ!」


「十年分……!?」


私の目の色が変わった(金貨の形になった)。


「ほ、本当ですか? あの貧乏な王国に、そんな隠し資産が?」


「初代国王が『国が滅びる時以外は使うな』と封印していたはずだ。……まさか、あいつ、それを持ち出す気か」


「……あのバカ王子、とうとう家の柱まで売り払う気ですね」


私は素早く計算した。


帝国の予算半分(リスク) vs 国家予算十年分のダイヤ(リターン)。

期待値は圧倒的にプラスだ。


それに、ここで勝負を受けなければ、マリア嬢の騒音公害が続くことになる。


「……受けましょう、殿下」


私はキリッと言った。


「そのダイヤがあれば、帝国の下水道整備も、道路工事も、殿下の壊した壁の修理も、全部お釣りが来ます」


「やる気だな、シルビア。だが、賭けの対象はお前だぞ? 『人身売買』にならないか?」


「なりません。私が商品になるのではありません。私が『プレイヤー』として参加し、勝利をもぎ取るのです」


「ほう?」


「レイド殿下は『運と実力』と言いましたね? 甘いです。ポーカーは『確率と心理戦』です」


私は不敵に微笑んだ。


「あの単純単細胞な王子に、私の計算が破れるはずがありません。身ぐるみ剥いで、ダイヤを回収し、ついでに借用書の一枚でも書かせてやりましょう」


「ククク……恐ろしい女だ」


殿下は楽しそうに笑った。


「いいだろう。俺も付き合う。万が一、あいつがイカサマをしたら……その場で斧を叩き込んでやる」


「暴力は最終手段にしてくださいね。カジノの床が汚れますから」


私はすぐさま返信を書いた。


『挑戦、受けて立ちます。

ただし、レートの確認を。

私一人の価値と、そのダイヤが等価であるとは思い上がりも甚だしいですが……今回は特別にオマケして差し上げます。


追伸:

当日は現物(ダイヤ)を必ず持参すること。

忘れた場合は、不戦勝とし、違約金として貴方の腎臓を頂きます』


「よし、送信!」


ピエロに手紙を突き返すと、彼は「ヒェッ!」と悲鳴を上げて逃げ帰っていった。


「さて、殿下。ポーカーの特訓をしますよ」


「俺はルールを知らん。全部燃やせば勝ちか?」


「違います。まずはトランプの数字を覚えるところからです」


決戦は明後日。


場所は、国境の巨大カジノ船。


これは、愛を取り戻したい元婚約者と、金を取りたい悪役令嬢による、仁義なきギャンブル対決の幕開けだった。


「待っていなさい、レイド殿下。貴方の『運命』とやらが、私の『確率論』に勝てるものなら、勝ってみなさい」


私は万年筆をカチリと鳴らした。

その音は、銃の撃鉄を起こす音に似ていた。

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