人はそれをなんと呼ぶ?

ろくろわ

それって、もしかして

 三香子みかこと最後に会ったのは、彼女の結婚式の時だから二年前のこと。そこから「子供が生まれた。少し話がしたい」と連絡が来たのは、つい一週間前のことだった。

沙世さよちゃん、久しぶり」と胸の前で手を振りながら、待ち合わせの喫茶店に遅れてきた三香子は随分と疲れていて青い顔をしていた。

 私達は挨拶もそこそこに席に着くと、ホットコーヒーを二つ頼み、久しぶりの再開を楽しんだ。

 お互いに近況を報告して、何気ない話をして、そしてまたねって別れる。そんなはずだった。

 それがまさか、あんな話になるなんて。

 

 きっかけは私の一言だった。


「それで急に話がしたいってどうしたの??てか、子供が出来たなら教えてよ~」


 子供が出来たと連絡をくれた三香子と会話をするのに、これ程適した切り口はなかったはずだ。実際、三香子もこの話がしたかったとばかりに話し出した。

「ちょっと聞いてよ沙世ちゃん。子供ってものすごく大変なの。私の知ってる常識が通じないって言うのか、何て言うのか」

 彼女の話に私はウンウンと頷く。特に一人目は全てが初めてのことで、私も苦労した。

「分かるわ三香子。子供ってこっちが想像もしないことをしでかすし、小さい時は大変だったわ」

「そうなのよ!夜中に何度も啼いちゃうしご飯もたくさん食べるし」

「そうそう。泣くことが仕事なんだけど、なんで泣いてるのか分からなくて大変だったぁ」

「急に熱がでちゃったりさぁ。それでぐずったりしてさ」

「私の子も小さい頃は身体が弱くて、すぐに熱だしてたよ~。なんだか未知の世界にいるみたいだったよ」

「なんだ良かった。沙世ちゃんのところもそうだったんだね。うちだけかと思って心配だったの」

 三香子は私の話を聞いて少し安心したようで、冷めたコーヒーに口を着けた。きっと育児に疲れているんだろう。私は彼女に続きの話を促した。

「沙世ちゃんそれでね、子供が急に熱を出した後って大変じゃない?汁まみれになっちゃうしさぁ」

「汁?汗じゃなくて?」

「いやいや、熱出した後は汁まみれになるじゃない」

「えっ?ちょっと待って」

 三香子の言葉に戸惑う私をよそに彼女は話を続けた。

「熱が出るとお布団は燃えちゃうしさぁ。ベビーベットの周りの物は浮いちゃうし。まぁこの辺は旦那似なんだけどね」

「ちょっと待って三香子。子供の熱が出ると布団が燃えるの?」

「えぇそうよ?沙世ちゃんのところもでしょ?まぁ確かに物が浮くのは旦那似だから沙世ちゃんのところは違うのかもしれなけど」

「ちょっと待ってね三香子」

 私はそう三香子は一旦止めると、コーヒーを飲みながら考えた。

 熱が出ると汁が出て、布団が燃える。さらにグズって物が宙に浮く?しかもそれは旦那似?そう言えば三香子のご主人ってどんな人だったか思い出せない。

「ねぇ三香子。ご主人の写真とか子供の写真とかってそう言えば私見てないかも」

「あぁ~確かに!これ家族写真」

 そう言って彼女はスマホの中から家族写真を私に見せてくれた。そんな幸せそうな家族写真を見ながら、私は彼女に何とか声を絞りだし問いかけた。


「ねぇ三香子。それってもしかして………」



 了







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人はそれをなんと呼ぶ? ろくろわ @sakiyomiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画