第2話 願いの煌めき

「……もう良い。傷は塞がった」


 やがて少年がポツリと声を零す。ルアはハッと目を見開き、手を離した。


「だ、大丈夫? もう痛くない?」

「ああ。……この程度の傷、なんてことない」

「なんてことない、って」


 めちゃくちゃ痛そうにしてたのに……? とルアは心の中で呟く。しかしそれは口には出さず、代わりに疑問をぶつけた。


「ねぇ、あの……狼みたいなやつ、なんだったの? それに君、なんか変身して、不思議な力使ってて……」


 あと、夢に出てきたこととか。


 そう言う前に、いっぺんに聞くな、と少年から苦言を呈されてしまった。ルアが口を閉ざすと、少年は額を抑える。そして少し考え込んだ後、重々しく口を開いた。


「……俺の名前はラン。ラン・ソリディアスだ」

「あっ、えっと、私は寺崎瑠愛だよ!」


 自己紹介をされたので、ルアは慌てて自己紹介をし返す。頭を下げて、外国人? と思った。その割には流暢にこちらの言葉を喋っているが……。


「……俺はジュレリアというところから来た。お前にとって、俺は異世界人というやつだな」

「い、異世界人……!?」

「ああ。……つまり、お前には関係のない話だ」

「え?」

「さっき見ただろ。俺はああいう危ないものと関わる必要があるから相手をしているが、お前に関わる義理はない。それでも、聞きたいのか。安易に首を突っ込むべきじゃない」


 少年──ランは毅然とした態度でそう告げる。言葉こそ厳しいが、その声色はどこか優しかった。

 私の身を案じてくれているんだ。ルアはすぐにそう悟った。


「……聞きたい。だって私、このままじゃ気になって寝れなくなりそう! 聞かせてよ!」


 今朝見た夢。あれを見たことと、彼との出会い。……関係がない、偶然の一致なんて、どうしても思えなかった。


 ランはルアの瞳を見つめる。その美しい切れ長の瞼、宝石のような美しい瞳に、ルアは思わず息を呑む。しかし負けじと見つめ返すと、彼はため息を吐いた。

 ──そして彼が話し始める。



 ──平和に過ごしていたある日、突如ファントムとその使い魔がジュレリアを襲った。

 ──ジュレリアの町は焼き尽くされ、国は滅亡の危機に。

 ──だが「鑑定士」の役割を持つ彼の妹・リイの力で、被害を最小限に留めるためジュレリアは封印された。

 ──自分はリイに国を助ける力を集めることを託され、気づけばこの町に来ていた。



「……で、恐らく俺を追って使い魔もこちらに来たんだろう。ひとまず結界に閉じ込めて、今のところは安全だが」

「だが……?」

「俺は結界のスペシャリストというわけじゃない。いつまで閉じ込めていられるか」

「そ、それってヤバいんじゃ!?」

「この町も、ジュレリアと同じように焼かれるかもしれないな」


 もちろんそんなことさせないが。とランは強く言い切る。その横顔を、ルアはジッと見つめた。


「……俺がここに着いたということには、きっと意味がある。きっとここに、俺と同じ力を扱える者──ジュエル・コネクターになり得る者がいる」

「ジュエル・コネクター……」

「心に持つ強い願いと、宝石ジュエルの煌めきを共鳴させられる者だ。俺はそれを探し出して……リイを、ジュレリアを救う」


 ルアはそれを聞き、思わず目を輝かせる。カッコいいと思ったのだ。


 見た感じ、自分とそこまで年も離れていないのに……大切な人のため、戦っている。あんなに怖い生き物を相手に。いや、きっともっと大きな存在と戦っているのだろう。

 本当にすごい。カッコいい……!


「……さて、話は終わりだ。お前は逃げろ」

「え?」

「結界が、もう限界みたいだ」


 ランは立ち上がり、ルアを背に庇う。視線の先にあるのは、レンガ状の壁。

 ……揺れている。何かが突き破ろうと、その身を使って。


「ココロ⇔ジュエル・コネクト!!」


 ランが叫び、右手を胸元に添える。すると彼はまた光に包まれ、サファイアスカイにその姿が変化した。


「言っておくが、もう庇ってやらないからな。今の話は全て忘れて、元の日常に戻れ」


 ラン──サファイアスカイはルアに向かってそう告げる。それと同時、壁から謎の動物──使い魔が飛び出してきた。

 それらはサファイアスカイに襲い掛かり、彼は再び指輪を杖に変化させ、対処していく。庇わないと言っていた割に、ルアのところへ行こうとする使い魔をきちんと退けてくれていた。


「……忘れるなんて、出来ないよ……」


 座り込むルアは、無意識のうちに呟いていた。


 こんなに強くてカッコいい男の子のことを。どこかで誰かが困っていることを。この町にも脅威が襲い掛かってくるかもしれないことを。

 貴方の手が、温かかったことを。


 私のことを守ってくれた。私の身を案じてくれた。優しくて強くて温かくてカッコいい、貴方のことを。


 忘れられない。知ってしまったから。

 願う。


「──私、ランの力になりたい!」


 1人で戦う貴方の、隣に立てる存在になりたい。


 少女は愛を以って強く願う。──そして。



 目の前で、赤い宝石が煌めいた。



 ルアは迷わない。戸惑わない。その手を真っ直ぐ伸ばすと、掴み取る。それは指輪へと姿を変え、ルアはそれを左手の中指にはめた。



「──ココロ⇔ジュエル・コネクト!!」



 叫ぶ。左手を掲げると、その中指に宝石のはめられた指輪、その宝石が──赤い光を放つ。


 ルアはその左手を胸元に当てた。すると指輪が放つ眩い光がルアを包む。シューズ、ボトムス、トップス、ヘアアクセサリー──。光から解放されると同時、ルアの髪色が燃えるような赤色に変化し、ポニーテールにしていた長い髪はおさげになった。そして服も、花嫁を彷彿とさせるフィッシュテールドレスに変化している。



「燦然と煌めく、愛の宝石ジュエル──ルビーサンライト!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る