第1話 夢で見た少年
「も〜っ! ママ、なんで起こしてくれなかったの!?」
「はぁ〜……『高校生になったわけだし、自分で早寝早起き頑張るから、ママは絶対起こさないでね!!』って言ったのはどこの誰よ」
「うっ、そ、そうだった……あああそんなこと話してる暇ない! 行ってきまーす!」
母への文句と母からの小言もそこそこに、ルアは家を飛び出す。朝ご飯として食パンを口に詰め込んだ。制服も着ている。ヘアセットは……走りながらやるしかない。万全の状態で学校に行けないというのは不本意なことではあったが、遅刻をするよりずっとマシだ。
家の前の坂を転がるように駆け抜け、片手間にスマホを確認する。頑張って走りまくって、間に合うか間に合わないかギリギリなところだ。これは抜け道を使うしかない、とルアは心の中で決心する。そして木が生い茂った整備されていない小道に飛び込んだ。
ガサガサッ、と髪も服もいちいち枝に引っ掛かる。ここを使うと髪が乱れるのであまり使いたくはないのだが、それは学校に着いてから存分に直せばいい。
なるべく身を小さくし、被害を最小限に留めながら進んでいく。朝、なんか妙にリアルな夢なんて見なければ……! とルアが心の中で毒づくと同時、視界が開けた。
「は〜! やっぱ道はアレだけど、ショートカットにはぴったり!」
身を屈めていたため、腰を伸ばす意味で大きく息を吸いながら伸びをする。さて、あとは道なりに行くだけだ。ルアが一歩目を踏み出した、その時。
──視界の端に、水色の髪が踊った。
一歩目を踏みしめた、その状態でルアは停止する。一瞬視界をかすめたその髪が、あまりにも煌めいていたから。というか。
「夢で見た、人……?」
瓜二つだった。夢の中でなんか不思議な力を使っていて、妹を心配していた人が。まるで夢の中からそのまま出てきたようで。いや、なんか髪色とか服とかはちょっと違ったけど……。
だが振り向いた時、その人はもういなかった。その先にあるのはレンガ状の壁だけで、もちろん表に回れば建物があるのだが、ここからは入れない。やはり、夢なのか? いや、確かに見た気がするんだけど。そんなことを考えながらルアは壁に近づき、手を伸ばす。
「まさか、この壁すり抜けてどっか行ってます〜、とかだったり──」
手は、壁に触れなかった。
体重を預ける気満々だったその手は宙を舞い、ルアは無抵抗に前方に倒れる。
「へっ」
不幸はまだ続く。倒れた先はまさかの下り坂で、ルアはそこを転げ落ちてしまった。たまらず悲鳴をあげるが、誰も止めてなどくれない。
やがて角度も緩やかになり、ルアの体は止まる。もう全身ボロボロだ。何でこんな目に、とルアは涙目になりながら顔を上げ……。
目を見開いた。
何故ならそこには、あの少年がいたから。
それだけではない。彼は謎の動物に囲まれていた。狼にも似たその動物は涎を垂らし、ギラギラした瞳で少年を見ている。狙われている。すぐに分かった。
大ピンチ!? とルアは心の中で叫ぶが、だからといって何かができるわけではない。どうしよう、誰か大人を呼んでくる? でも、あんなヤバそうな動物をどうにか出来る人がいるの……?
そう慌てるルアとは対照的に、少年が取った行動はとても冷静なものだった。
「──ココロ⇔ジュエル・コネクト!!」
叫ぶ。慣れた様子で右手を掲げると、その中指に宝石のはめられた指輪が見えた。そしてその宝石が──青い光を放つ。
少年はその右手を胸元に当てた。すると指輪が放つ眩い光が少年を包む。シューズ、ボトムス、トップス、ヘアアクセサリー──。光から解放されると同時、少年の髪色が深い青色に変化した。そして服も、貴公子を彷彿とさせるタキシードに変化している。
ルアが夢の中で見た、あの姿だった。
「彼方まで煌めく、空の
「サファイア……スカイ……?」
少年が叫んだ言葉を、ルアは繰り返す。目の前に広がった光景は、あれに似ていた。幼少期に見た、悪と戦う魔法少女。その変身──。
「コネクト・チェンジ!」
呆然とするルアに構うはずもなく、少年──サファイアスカイは、右手を掲げてそう叫ぶ。すると中指にはめられた指輪が大きな杖に変化した。あれも、夢で見たやつ! ルアは思わず心の中で叫んだ。
サファイアスカイはそれをしっかりと握りこむと、次々に襲い来る謎の動物を薙ぎ払う。それだけではなく、夢の中でも使っていたような謎の呪文を唱え、水や氷を出現させていた。
──すごい、本当に魔法少女!? いや、男の子だから魔法少年……?
まるでテレビアニメでも見守るような気持ちでルアは顔を綻ばせる。そう、他人事だったのだ。──自分を狙う謎の動物がいることに気付かないほど。
気づいた時にはもう、十分に近づかれてしまっていた。ぐる、と唸り、涎を垂らす謎の動物に、ルアは青ざめる。
「きゃあっ……!!!!」
謎の動物は筋肉に力を籠め──勢い良くルアに飛び掛かった!! もう駄目、とルアが目を閉じると同時。
「──危ないっ!!」
「ッ!?」
飛んでくる声が、1つ。ルアが目を開けると……ルアは、誰かに抱きしめられていた。誰かなど言うまでもない。先程まで向こうで戦っていた、サファイアスカイだった。
次いで、何かが
「ッ、ジュエル・コネクト! イリュージョン・ウェーブ!」
彼は顔をしかめていたものの、すぐに体勢を立て直して呪文を叫ぶ。すると杖から溢れた光が2人を包んだ。目の前の景色も揺らぎ、ルアが戸惑っていると──景色にピントが合う。そこは、通学路の上だった。ちょうど抜け道を抜けた先である。
「──お前!! なんであんなところにいた!?」
「ひゃっ!? え、あ、わ、私、その……」
謎の動物の姿がないことに安堵したのも束の間、自分を抱きかかえてくれていたサファイアスカイにそう怒鳴られる。その剣幕に、ルアは肩を震わせて言葉を詰まらせるしかなかった。
なんでって言われても、なんか壁がすり抜けちゃって。というか貴方のことを夢で見た気がして。なんか流れで来ちゃったというか、こんなことになるなんて考えてなくて。頭の中で言葉が巡り、まとまることを知らない。どうしよう、と思っていると。
「ッ……くそ、はぁっ、いてぇ……」
「えっ、あっ!?」
彼の姿が、再び変わる。変身する前の水色の髪に戻り、そしてその水色が地面の上に広がった。その背中には……大きな傷が開いている。
私を庇った時だ。ルアはすぐにそう思い至ると、一気に青ざめた。
「び、病院……!!」
「ッ、やめろ!! 誰も呼ぶな!!」
スマホを取り出し、救急車を呼ぼうとしたルアを、少年が再び物凄い剣幕で怒鳴りつける。反射的に動きを止めたルアに、少年は脂汗を浮かべながら体を起こし、続けた。
「……少し大人しくしていれば、塞がる。こちらの人間に、俺の存在がバレると、少し面倒だ。だから、誰も呼ぶな……」
「わ、分かった、誰も呼ばないから、落ち着いて!」
「……俺は落ち着いてる」
お前が落ち着け、と冷静に諭される。でもこんな傷を見て落ち着けるわけ、と思いルアはその背中を見つめ……目を見開いた。
確かに彼の言う通り、傷は既に塞がり始めていたからだった。先程と似た淡い青い光に包まれ、少年の顔色も徐々に良くなっていっている。人間の治癒力が成す技ではない。これはきっと、先程の不思議な力……。
だがルアは、考えるより先にその手を握っていた。何を、と呟く少年に、ルアは告げる。
「治ってるのかもしれないけど……でもやっぱり、痛そうなのに変わりはないから」
もちろん手を握ったから痛みがなくなる、なんて思っていない。だけど何もできない自分が嫌だった。自分を庇って、彼は怪我をしたのに。
せめて少しでも痛みが和らぎますように。そんな願いを込めて、ルアは目を閉じる。だから気が付かなかった。
ルアの手から、徐々に淡い赤色の光が発し始めていることに。
少年はそれを、呆然と見ていた。
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