第2話 青碧騎士団の洗礼。作用・反作用の法則は、君を救わない

 王都の華やかさとは無縁の、湿った石と錆びた鉄の匂いが漂う駐屯地。

 そこが、レフィアス・アルカディアの新たな研究室、もとい≪第十三独立防護騎士団≫の拠点だった。


「おい、新入り。お前がアルカディア家の落ちこぼれか?」


 目の前に立つのは、身の丈二メートルを超える岩のような巨漢。

 この≪第十三独立防護騎士団≫改め、≪青碧騎士団≫を束ねる団長、ガラム・アイアンフィストだ。


 彼の腕には、僕と同じく、くすんだ『青』の回路が這っている。


「……随分と細い腕だな。ここは盾を構え、敵の魔法を肉で受ける場所だ。

 計算も理屈もいらねえ。 必要なのは死ぬまで倒れない根性だけだ」


 周囲にいる先輩騎士たちが、同情と蔑みの混ざった視線を向けてくる。

 彼らは皆、自分たちの回路を『呪い』だと思っているようだ。

 マナ(魔力)と言うエネルギーを通さない、ただ頑丈なだけの不良品だと。


「……団長殿。一つ訂正させてください。

 根性は精神論であり、物理的な衝撃を減衰させる役には立ちません。

 必要なのは根性ではなく、適切な『応力分散』と『熱交換』です」

「……あ?」

 ガラムの額に青筋が浮かぶ。


 彼は横に置いてあった、人の胴体ほどもある巨大な訓練用木剣を片手で掴み取った。


「いい度胸だ。その減らず口、俺の一撃を受けても叩けるか試してやる。

 ……構えろ。盾がなければ死ぬぞ」


 レフィアスは支給された薄っぺらな鉄盾を左手に通した。

 ――周囲がざわつく。

 ガラム団長の一撃は、青の回路による『硬化』を重ねた重装騎士でさえ骨折するほどの質量攻撃だ。


「……測定開始――コンタクト。 サンプリングレート、最大」

 レフィアスの視界の中で、青い回路が幾何学的な紋様を描き出す。


 ガラムが剣を持ち上げる。

 広背筋の収縮、重心の移動、床を蹴る反力。

 すべてが『数式』として処理されていく。


「死ねッ!」


 空気を切り裂く轟音。 脳内にインプットされる回避不能の縦一文字。


 レフィアスは盾を真っ向から受け止める位置に置いた——が、足のスタンスはあえて崩し、膝の力を抜いた。


(インパクトまで、残りコンマ002……デバッグ開始)


 レフィアスは青い回路に、前世で組んだ『衝撃分散プログラム』を流し込む。

 ガラムの剣が盾に触れた瞬間。


 ドォォォォォン!!


 凄まじい衝撃音が響き、駐屯地の砂埃が舞い上がる。

 誰もが、レフィアスが地面に埋まったか、あるいは腕が消し飛んだと思ったはずだ。


 ――だが。


「……重心が左に 0・5 度、力線が垂直から1・2 度ズレています。

 おかげで、――力を逃がしやすかった」



 煙の中から現れたのは、一歩も動かず、無傷で立っている僕だった。

 ガラムの巨大な木剣は、レフィアスの薄い盾の上でピタリと止まっている。


「な……ッ!? 押し負けてねえ……だと!?」


 ガラムが驚愕に目を見開く。

 彼は知らない。

 レフィアスが衝突の瞬間、魔力を使って盾の表面を高周波振動させ、衝撃エネルギーの70%を『摩擦熱』に変えて大気へ放出したことを。


 そして残りの 30% を、レフィアスの骨格ではなく、地面へと流す『トラス構造』を魔力で擬似的に形成したことを。


「作用があれば、そこには必ず反作用がある。

 ……でも団長殿、その反作用をどこに向かわせるかは、僕が決めることだ」


 レフィアスは盾を軽く押し返した。

 それだけで、姿勢を崩していたガラムの巨体が、まるで巨大なバネに弾かれたように後方へ数メートル吹き飛んだ。


 ――静まり返る駐屯地。


 レフィアスは自作のノートを取り出し、新しいページにペンを走らせる。


「……よし。この世界の『青』の回路は、高周波駆動による熱変換効率が極めて高い。

 ……いいデータが取れた。 団長殿、もう一本行きますか?」

「……化け物が」


 ガラムが震える声で呟いた。

 それが、レフィアスがこの『ゴミ捨て場』で手に入れた、最初の『評価』だった。

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『魔導帝国のデバッガー 』〜青の落ちこぼれ、物理学で世界の法則を書き換える〜 ジャガドン @romio-hamanasu

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