『魔導帝国のデバッガー 』〜青の落ちこぼれ、物理学で世界の法則を書き換える〜

ジャガドン

第1話 世界をデバッグする者。~臨界点は、青白く笑う~

「九条くん、もう一度計算を。理論上、その出力では――」

「いや、理論は合っている。足りないのは、既存の物理学を疑う度胸だけだ」


 都内某所、ガレージの地下に築かれた自作の防護シェルター。

  二十歳の物理学生、九条零は、異様な光を放つ実験装置を前に、狂おしいほどの歓喜に震えていた。


 彼が挑んでいたのは、人類史上最も有名な実験の再現――トリニティ実験を模した、非核爆縮。


「さあ、見せてくれ。特異点の向こう側を」


 カウントダウンがゼロを刻む。

 刹那、視界が真っ白な光に染まった。

 想定より10^{-9}秒早い臨界。

 爆縮の指向性が狂い、シェルターの鉛板が紙屑のようにめくれる。


(……ああ、そうか。重力定数の補正値が、観測データとズレていたのか)


 死の直前、零が抱いたのは後悔ではなく、純粋な好奇心だった。

(次は……もっと頑丈な肉体で、この計算の続きをしたいものだな……)


 青白いチェレンコフ光が、彼の意識を飲み込んだ。



 彼が気が付いたのは、それからしばらくしての事だった。

 目が覚めると赤ん坊。

 聞いた事もない言語から、そこが異世界であるのだと、彼は確信した。


 そして月日が経ち……。 


「……レフィアス・アルカディア! 回路適合判定――『青』!」


 鑑定の魔石が放った冷ややかな光に、伯爵邸の広間は凍り付いた。

 魔法至上主義のソロモン魔導帝国。

 そこでは、魔力伝導率の高さこそが人間の価値だ。


 金を頂点とし、銀、赤、緑。 そして最底辺の『青』は、魔力を流しても熱も光も発さず、ただ耐えるだけの「無能の色」。


「馬鹿な……。

 我がアルカディア家から、サンドバッグ(青)が生まれるなど……!」


 父バルトス伯爵の顔は屈辱に歪んでいた。

 傍らでは、黄金の回路を持つ兄カシウスが、吐き捨てるように笑う。


「欠陥品め。伯爵家の血を汚したな」


 だが、当の本人であるレフィアス――九条零は、自分の腕に浮き出た幾何学的な青い紋様を、熱っぽい瞳で見つめていた。


(素晴らしい……。

 不純物によるノイズが一切ない、究極の安定性=インピーダンス。

 これなら、前世では焼き切れてしまった『並列演算処理』にも耐えられる。

 なんて美しいハードウェア『肉体』だ……!)


「父上、この回路の時定数についてですが――」

「黙れ! 魔法も撃てぬ無能が、小難しい口を利くな!」


 バルトスの怒声が響く。それは、追放の宣告だった。



 ――それから一週間。


 レフィアスに用意されたのは、一頭の馬車と、王都の最果てにある

 ≪第十三独立防護騎士団≫への入隊書だけだった。


  そこは、青の回路を持つ者たちが、最前線で敵の魔法を浴びて死ぬまでの時間を稼ぐ『ゴミ捨て場』。


「行ってくるよ、父上。ああ、最後に一つだけ」


 馬車に乗り込む間際、レフィアスは自作の分厚いノートを抱えて振り返った。

  そこには、前世の物理学をこの世界の事象に当てはめた、狂気的なまでの計算式がびっしりと書き込まれている。


「僕は魔法を使えないんじゃない。

 魔法という『欠陥だらけのインターフェース』を使うのが、効率悪いと言っているんだ」


「……貴様、最後まで何を……!」


 激昂する父を背に、馬車は走り出す。

  レフィアスは窓の外を流れる景色を眺めながら、青い回路に指を這わせた。


「さて、デバッグを始めよう。まずは……この世界の重力加速(g)の測定からだ」


 馬車の揺れを感じながら、少年は楽しげに独り言を漏らす。

  その瞳の奥で、青い回路が幾何学的な数式を描いて、静かに、しかし力強く明滅した。

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