第3話 テンプレ世界、今日も安定です(後編)

◆◆◆


俺は逃げるように広場の中央へ歩いた。 そこには、色とりどりの果物を売る屋台が出ていた。


「いらっしゃい! 新鮮なリンゴだよ!」


店主は威勢のいい青年だった。 木箱には、真っ赤なリンゴが山積みになっている。


直也 「……これ、もらおうかな」


俺はリンゴを一つ手に取った。 ツヤツヤしていて、傷ひとつない。 まるで作り物みたいに綺麗だ。


ふと気になって、隣のリンゴも見てみる。 同じだ。 大きさ、形、色艶。 ヘタの角度まで。


直也 「……」


俺は次々とリンゴを手に取った。 3個目、4個目、5個目。 全部、完全に同じ形をしていた。 自然界にある果物が、こんなに均一なわけがない。


直也 「なぁ、兄ちゃん」


店主 「いらっしゃい! 新鮮なリンゴだよ!」


直也 「このリンゴ、全部同じ形してるな」


店主 「いらっしゃい! 新鮮なリンゴだよ!」


直也 「……話が通じないのか?」


店主の目は笑っていたが、その奥には何もなかった。 ただ「客が来たら声を出す」という機能だけが動いている目だ。


俺はリンゴを戻して、その場を離れた。 後ろで、店主の声が繰り返される。


「いらっしゃい! 新鮮なリンゴだよ!」 「いらっしゃい! 新鮮なリンゴだよ!」


ALMA 『オブジェクト……物品データの複製利用が疑われます』


直也 「疑う余地もないよ。コピペ確定だろ」


洗濯物は昨日と同じ幅で揺れ、鳥は昨日と同じ角度で旋回し、水路の光り方まで昨日と一致している。 犬まで昨日と同じタイミングで尻尾を振り、同じ回数だけ吠えた。 「ワン、ワン」と、録音されたような鳴き声で。


(自然って、こんなに安っぽく複製できるものか……?)


ALMA 『不安度の上昇を検知しました』


直也 「いや、これは普通に不安だよ。  自分がバグったゲームの中に閉じ込められた気分だ」


ALMA 『見え方を“それっぽく”崩しましょうか?  仮想レイヤーで、リンゴの形をランダムに見えるよう補正できます』


直也 「現実にフィルターかけないでくれよ……  それじゃ俺がおかしくなるだけだろ」


少し歩いて、噴水広場に出た。


水しぶきが上がっている。 昨日と同じ高さ。同じリズム。 そして、昨日と同じタイミングで——


ピタッ。


噴水が0.2秒ほど停止した。 空中の水滴が、空中に張り付いたまま静止する。


直也 「……また止まった」


ALMA 『現象として、不自然な停止です』


直也 「それ、説明になってないだろ……」


0.2秒後、何事もなかったように水は落下を再開した。 周囲の住人は誰も気にしていない。 気づいていないのか、それとも“見えていない”のか。


噴水のそばでは、老人がハトにパン屑を投げている。 そのパン屑が空中で放物線を描く途中で、カクッと直角に軌道が変わった。 見えない壁に当たったみたいに。


直也 「物理演算どこ行った……」


ALMA 『周囲の振る舞いに、わずかな綻びが出ています。  今は理由を断定できません』


直也 「その“綻び”って言い方のセンスは嫌いじゃないけど、怖いんだよ」


ふと、足元の地面を見た。 俺の影が伸びている。 そして、建物の影。街路樹の影。


ザザッ。


一瞬、視界の端で影がノイズのように走った。 風で揺れたんじゃない。 テレビの接触が悪い時みたいに、影全体が横にズレて、また戻った。


直也 「……今、影揺れたよな?」


ALMA 『検知していません。誤差かもしれません』


直也 「影が誤差で揺れる世界って何だよ……」


ALMA 『では“揺らぎ”が発生している可能性があります』


直也 「揺らぎって便利な言葉だな、それも」


ALMA 『説明は保留します』


直也 「保留ばっか。便利機能すぎるだろ!」


昨日から続く違和感が、少しずつ確信に変わっていく。 ここは、ただの田舎町じゃない。


直也 「……この世界、整いすぎてるんだよ」


ALMA 『解析中です』


直也 「自然ってもっと“ムラ”あるだろ。  不揃いだったり、汚かったり、タイミングがズレたり。  ここは……“正解の形”に寄りすぎてる。  誰かが作った“理想郷の模型”の中に放り込まれたみたいだ」


ALMA 『回答は保留します』


直也 「まあ、そう言うと思った」


俺は空を見上げた。 雲ひとつない青空。 その中央に、あの巨大な時計塔が針のように突き刺さっている。


(あいつが、この世界のテンポを指揮してるみたいだな)


チク、タク、チク、タク。 正確すぎるリズムが、俺の脈拍とは少しだけズレていて、気持ちが悪い。 まるで、心臓の鼓動を強制的に同調させようとしてくるような圧迫感がある。


ALMA 『……時計塔周辺の空間深度に、異常値を検出』


直也 「え?」


ALMA 『……時計塔周辺で、観測が途切れます。  近づくほど、情報が抜け落ちる感覚があります。 断言はできませんが……あそこだけ、周囲と“質”が違います』


直也 「……近づかないほうがよさそうだな」


本能が警鐘を鳴らしていた。 あの塔に見つかったら、俺もあの“同じリンゴ”の一つにされてしまうんじゃないか、という根拠のない恐怖。


◆◆◆


「……あっち行ってみるか」


俺は、広場から外れた細い道へ足を向けた。 街の中心から離れる方向。 昨日も少し気になっていた、南側の水路沿いの道だ。


ALMA 『推奨ルートから外れますが』


直也 「推奨ルートなんてあるのかよ」


ALMA 『効率的な観光ルートを設定済みでした。  博物館、教会、そして展望台を回るコースです』


直也 「効率とかいいから。  ちょっと、“整ってない場所”が見たいんだよ。  息が詰まりそうなんだ」


石畳の道を外れ、土の道へ入る。 水路沿いへ進むにつれ、街の音が膜越しのように薄くなっていく。


中心街の喧騒——といっても、一定の音量でループする環境音——が遠ざかる。 代わりに聞こえてくるのは、不規則な風の音と、葉擦れの音。


水路の石壁は苔が多く、石の継ぎ目がわずかに不揃いだった。 草の揺れ方が、さっきの広場とは違う。 風が吹くと、草がバラバラに揺れる。 一本一本が違う動きをして、違うタイミングで起き上がる。


(……ここだけ、“自然”が生きてる)


直也 「なぁ、こっちのほうが空気良くないか?」


ALMA 『……酸素濃度に有意な差はありません』


直也 「数値の話じゃなくてさ。  なんというか……ちゃんと“世界”って感じがする」


ALMA 『解析リソースを集中しています。  直也さん。“心の動き”が奥側を指しています』


直也 「昨日から思ってたけど、その解析精度なんなん……  まあ否定はしないけど」


ALMA 『言い方を調整します』


直也 「そういう“調整中です”が一番不安なんだよ……」


──ぽちゃん。


水路の奥で、何かが水に落ちる音がした。 機械的なループ音じゃない。 重さと、質感と、偶然性が混ざった音。


直也 「……今の音は?」


ALMA 『水路先端、約20メートル地点。  水しぶき量、推定40グラム。  ……微弱な魔力反応を検出します』


直也 「魔力? 魔物か?」


ALMA 『いいえ。  攻撃性はありません。非常に……不安定で、柔らかい波形です』


直也 「……行ってみるか」


足元の石畳は欠け、そこから伸びた雑草が風に震えている。 その震え方が、不規則で、無秩序で、なんだかどうしようもなくホッとする。


直也 「こっちは……息してるな。  世界じゃなくて、“誰か”に近い」


ALMA 『進みましょう』


直也 「ああ」


俺は、水路の奥へ歩き出した。


まだ知らない。 この完璧で不気味な箱庭の中で、 唯一“テンプレ”から外れて生きている人物に出会うことを。


そしてその出会いが、 俺とALMAの運命——いや、この世界の“理”そのものを揺らしていくことを。



(第3話・完)

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