第7話 正体開示
【ルカ=ノエル配信画面(緊急枠)】
同接:12,050人
コメント:!?/大学から配信!?/機材トラブル?/画面揺れてるw
スーパーチャット:アカリより 10,000円 「えっ、ルカくん大丈夫ですか!? 無理しないで!」
ルカ=ノエル(焦った声で):ごめん、ちょっと回線悪くて……今、誰もいない準備室借りて再接続してるんだけど……あ、誰か来たかも。一旦ミュートにするね!
✎ܚ ܚ
文化祭、2日目。
キャンパスはお祭り騒ぎだ。
焼きそばのソースの匂い、野外ステージからのバンド演奏、呼び込みの声。
私は実行委員のシフトを終え、人混みを避けるように南校舎の裏手へ回った。
「……疲れた」
祭りの喧騒は嫌いじゃないけど、こうも人が多いとHPが削られる。
推しの声を聞いて回復したい。
そう思ってスマホを見ると、通知が来ていた。
『ルカ=ノエル 緊急配信! 文化祭会場からこっそり枠』
「嘘!?」
叫びそうになるのを堪える。
大学から配信?
バレるリスク高すぎない?
でも、そこがまた「秘密共有」っぽくて燃える。
『ごめん、ちょっと回線悪くて……』
イヤホンから流れる声は、いつものクリアな音質ではなく、少しノイズ混じりだ。
本当に大学の中にいるんだ。
同じ空間に、彼がいる。
GPSで探したいくらいの衝動を抑え、私は画面を見つめる。
『あ、誰か来たかも』
その直後、プツリと音声が途切れた。
ミュートになった。
画面には、誰もいない教室の天井と、積み上げられたパイプ椅子が映っているだけ。
「準備室……?」
背景に見覚えがあった。
南校舎の3階。
昨日、私が備品の買い出しリストを取りに行った、旧視聴覚準備室だ。
あそこは普段鍵がかかっていて、実行委員しか入れない。
しかも、今日はステージ裏から遠いから、誰も使っていないはず。
「……まさか」
足が勝手に動いていた。
確認したい。
いや、邪魔しちゃダメだ。
でも、もし機材トラブルで困ってるなら、何か手伝えるかも。
(そんなわけない。ただ会いたいだけだ)
階段を駆け上がる。
3階の廊下は静まり返っていた。
一番奥の部屋。
ドアの隙間から、微かに光が漏れている。
心臓が早鐘を打つ。
一歩、また一歩。
近づくほどに、中から声が聞こえてくる。
防音扉じゃないから、静かな廊下には筒抜けだ。
「……ふぅ。焦った。……人、行ってくれたかな」
低くて、甘い声。
マイクを通さない、生の「ルカ=ノエル」の声。
そして、聞き慣れた「月野ルカ」の声。
私は震える手で、ドアノブに手をかけた。
引くべきか、入るべきか。
迷っている間に、古びたドアが「ギィ」と音を立ててしまった。
「……!」
中の気配が凍りついたのが分かった。
もう、戻れない。
私は意を決して、ドアを開けた。
「……失礼し、ます」
薄暗い部屋。
窓からの西日が、埃の中を斜めに切り裂いている。
その光の中に、彼はいた。
パイプ椅子に座り、スマホと簡易マイクを机に並べ。
私の方を振り返って、目を見開いている。
月野ルカ。
そして、画面の中のルカ=ノエル。
「……星宮」
彼が私の名前を呼んだ。
マイクに向かう時の「よそ行き」の声じゃない。
でも、いつもの「氷の王子」の冷たい声でもない。
無防備で、少し掠れた、ただの男の子の声。
「……あ」
言葉が出なかった。
頭では分かっていた。99%確信していた。
でも、目の当たりにする破壊力は桁違いだ。
配信画面に映っていた天井のシミが、目の前の天井にある。
彼の手元にあるスマホの画面には、配信停止中の文字。
そして、私のコメントが表示されたままのタイムライン。
『アカリ:えっ、ルカくん大丈夫ですか!? 無理しないで!』
彼と目が合う。
長い沈黙。
外のバンド演奏のベース音が、遠雷のように響いている。
言い訳をするのか。
誤魔化すのか。
それとも、怒るのか。
私が身を硬くしていると、彼はふっと肩の力を抜いた。
「……バレたか」
彼は苦笑した。
いつも配信で見せる、あの優しくて少し意地悪な笑みを、生身の顔で浮かべて。
無表情の仮面が剥がれ落ちたその顔は、私が知っているどの「ルカ」よりも人間くさくて、そして綺麗だった。
「……俺だよ。ルカ=ノエルは」
明確な自白。
私の世界が、音を立てて再構築される。
画面の中の彼と、隣の席の彼が、完全に融合する。
「……月野、くん」
「ん」
「ほんとに、月野くんなの?」
「うん。……幻滅した?」
彼は少し不安そうに眉を下げた。
アバターのような完璧な王子様じゃない、生身の自分を見られて。
「氷の王子」なんて呼ばれている自分を知られて。
ガッカリされたんじゃないかと、彼は恐れているのだ。
私は。
私は、首を横に振った。
千切れんばかりに振った。
「……ううん! 嬉しい! ……すごく、嬉しい!」
涙が滲んだ。
幻滅なんてするわけがない。
大好きな声の持ち主が、大好きな隣の席の人だった。
これ以上の奇跡がどこにある。
「私……ずっと、ルカくんが好きで……月野くんのことも、気になってて……」
「……知ってる」
彼は椅子から立ち上がり、私に近づいてきた。
逆光で表情が見えない。
でも、その体温が近づいてくる。
「アカリちゃん」
彼が、私の「ハンドルネーム」を呼んだ。
生の声で。
耳元数センチの距離で。
「……いつも、赤スパありがとうね。……全部、届いてるよ」
彼の大きな手が、私の頭にポンと置かれた。
配信で何度も聞いた「よしよし」の、実写版。
暖かくて、重みがあって、優しい。
「……あう……」
私は腰が抜けて、その場にへたり込みそうになった。
彼が慌てて支えてくれる。
その腕の中で、私は確信した。
私は今日、二度目の恋をした。
画面の中の彼と、目の前の彼に。
同時に、永遠に。
(続く)
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