第5話 バレた?画面

【ルカ=ノエル配信画面】

 同接:3,890人

 コメント:今日も待機余裕でした/アカリちゃん今日いるかな?/最近ルカくんデレ多くない?

 スーパーチャット:アカリより 8,000円 「ルカくん! 今日は大学の空きコマにアーカイブ見てたら、友達に見られそうになって死にかけました……危なかった……」

 ルカ=ノエル(くすくすと笑って):アカリちゃん、スリル楽しんでるねぇ。でも気をつけて? 俺を見てるところ、誰かに見られたら……言い訳できないかもよ?


 ✎ܚ


「……終わった」


 時刻は金曜日の13時。

 学食の喧騒から離れた、図書館の奥まった視聴覚スペース。

 ここなら誰にも邪魔されず、昨夜のアーカイブ(髪の毛触った発言回)を補給できると思っていた。

 甘かった。

 私の危機管理能力は、推しへの愛の前ではザル以下だった。


 イヤホンをして、スマホを横画面にして、ルカ=ノエル様の尊顔を拝んでいた、その時だ。


「……何見てるの」


 背後から、氷点下の声が降ってきた。

 心臓が口から飛び出るかと思った。

 バッと振り返ると、そこには彼がいた。

 月野ルカ。

 無表情のまま、私のスマホ画面を覗き込んでいる。

 距離、30センチ。

 私のスマホ画面には、デカデカと「ルカ=ノエル」のドアップが映し出されている。

 しかも、よりによって「キス顔」のサムネの瞬間で一時停止していた。


「あ、あわ、あ……!」


 隠すのが遅れた。

 完全に、見られた。

 終わった。

 私の人生、ここでジ・エンド。

 クラスでも有名な「氷の王子」に、こんなデレデレの推し活現場を見られたなんて。

 しかも、その「推し」の正体は、目の前のこいつなのだ。


 彼は自分のアバター(のキス顔)を、無感情な瞳で数秒間見つめた。

 地獄のような沈黙。

 処刑を待つ囚人の気分だ。

 彼が「キモい」と言い放つか、「これ俺なんだけど」とバラすか。

 どちらにせよ、私は死ぬ。


「……これ」

「は、はいっ! ごめんなさい! 気持ち悪いですよね!? VTuberとか興味ないですよね!?」


 私は半泣きで早口にまくし立てた。

 もういっそ、否定してくれ。

「くだらない」って切り捨ててくれ。そうすれば、この恋心も諦めがつく……かもしれない。


 しかし。

 彼はゆっくりと視線を私の顔に移し、こう言った。


「……俺の配信、見てるんだ」


「え」


 時が止まった。

 今、なんて?

『俺の配信』?

 それって、ついにカミングアウト!?

 いや、違う。「俺(がやってる)配信」じゃなくて「俺(という認識で見てる)配信」ってこと?

 私の脳内会議が光速で紛糾する。


 彼はハッとしたように口元を押さえ、視線を逸らした。

「……あ、いや。……友達も、それ見てたから」


 下手くそか。

 言い訳が下手くそすぎる。

 今まで友達の話なんて一度もしたことないくせに。

 でも、その動揺した姿が、たまらなく愛おしいと思ってしまう私は、もう手遅れだ。


「……大ファン、なんです」


 私は意を決して言った。

 ここで引いたら、ファン失格だ。

「この人の声が、言葉が、大好きで。……毎日、元気もらってて。私の、生き甲斐なんです」


 真っ直ぐ彼を見つめて告げる。

 これは、画面越しには何度も伝えてきた言葉。

 でも、本体(リアル)に向かって直接言うのは初めてだ。

 顔から火が出そう。

 でも、伝えたかった。


 月野くんは、目を見開いた。

 いつもの鉄仮面が崩れ、少年のような無防備な表情が一瞬だけ浮かぶ。

 耳の先が、ほんのりと赤くなっている。


「……そっか」


 彼はボソリと呟き、視線を床に落とした。

 どこか、泣き出しそうな、笑い出しそうな、複雑な顔で。


「……ふーん。……物好き、だね」


 言葉とは裏腹に、その声色は見たこともないほど優しかった。

 彼はそのまま、くるりと踵を返して去っていった。

 図書館の静寂の中に、彼の足音だけが響く。


 私はその場にへたり込んだ。

 言えた。

 本人に、「大好き」って言えた。

 間接的だけど。勘違いってことになってるけど。

 でも、届いたはずだ。


 ✎ܚ


 その夜、21時。

 今日の配信は、冒頭から空気が違った。

 ルカくんの声が、弾んでいる。

 隠しきれない嬉しさが、声の端々から漏れ出している。


『みんな、こんルカ。……今日はね、すっごく嬉しいことがあったんだ』


 視聴者が『なになに?』『いいことあった?』と盛り上がる。

 私はベッドの上で正座待機。

 くる。絶対くる。


『今日さ、大学で……俺の配信を見てくれてる子に、偶然会ったんだ』


 きた!

 私のことだ!


『その子がさ、真っ赤な顔して言ってくれたんだよね。「大好きです」「生き甲斐です」って』


 ルカくんの声が、震えている。

 演技じゃない。素の感情が乗っている。


『……嬉しかったなぁ。……画面越しじゃなくて、直接言われるのが、こんなに嬉しいなんて知らなかった』


 彼はそこで一度言葉を切り、深く息を吸った。

 そして、恐らく世界で一番優しい声で、こう告げた。


『ありがとう、アカリちゃん』


「ひっ」


 名前!

 名前出ちゃってるよ!

 文脈的に「その子=アカリちゃん」って確定しちゃってるよ!

 これ、他のリスナーどう思うの!?

『アカリちゃんって誰?』『リアル知り合い?』『認知えぐい』

 コメント欄がザワつく。

 でも、ルカくんは構わず続ける。


『君がそんなふうに思ってくれてるなら……俺、もっと頑張れるよ』

『俺の全部、君にあげるから。……これからも、俺だけを見ててね?』


 これはもう、公開プロポーズだ。

 私という特定の個人に向けた、愛の告白だ。

 図書館でのあの会話への、アンサーソングだ。


 私はスマホを抱きしめて、涙ぐんだ。

 ずるいよ、月野くん。

 現実では「物好きだね」なんて素っ気ないフリしておいて。

 配信ではこんなにデレデレに甘やかしてくるなんて。

 ギャップで殺す気か。


 画面の中の彼と、昼間の彼の赤い耳が重なる。

 ああ、もうだめだ。

 完全に、溶かされた。


『……ふふ。今、アカリちゃん、真っ赤になってるでしょ? ……可愛い』


「ーーーーッ!!!」


 見えてるの!?

 どこかに隠しカメラあるの!?

 恐怖と快感が入り混じる極限の推し活。

 私の心臓は、今日も元気に爆発四散した。


(続く)


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