凱旋の号砲と、忍び寄る終焉の影


ロンドンの夜空に、最後の一音が溶けていった。

数万人の観客が静寂の後、爆発的な歓声となってセカレジを称える。それは「東洋のアイドル」への同情ではなく、本場の耳を、魂を、その「ノイズ」で屈服させた証だった。


だが、ステージの照明が落ちた瞬間、異変は起きた。


ドラムセットの前で、田上が糸が切れた人形のように崩れ落ちたのだ。


「田上……!?」


真っ先に駆け寄ったのは不破だった。薬を断ち、己の恐怖と心臓の鼓動をすべてビートに変えて叩き続けた田上の肉体は、とっくに限界を超えていた。


「おい、田上! しっかりしろ!」


荒崎と桑田も駆け寄り、意識のない田上を抱え上げる。その時、ステージ袖から誰よりも早く飛び出してきたのは、いつも冷徹な笑みを浮かべていた舞元だった。


「救急車を! 早く!!」


舞元の声は震えていた。彼女は倒れた田上の手を握り、取り乱した様子で名前を呼び続ける。その瞳には、かつての冷酷なマネージャーの影はなく、ただ、自分の子供たちが傷ついたことを嘆く一人の人間としての「涙」が溢れていた。


「……あなたたち、こんなボロボロになるまで……。私のせい……私が無理をさせたから……」


その涙を見て、荒崎は静かに口を開いた。


「……舞元、勘違いすんな。俺たちが勝手にやったことだ。こいつは……自分の命を燃やして、世界をハックしたんだよ」


池田からの非情な帰国命令


田上が現地の病院に搬送され、一命を取り留めた翌朝。


病室に集まった四人に、舞元が沈痛な面持ちで一枚の書類を突きつけた。日本にいるオーナー・池田からの、緊急の帰国命令だった。


「……日本に戻れ? まだツアーの途中だぞ! これからアメリカだってのに!」


桑田が怒りを露わにする。


「……話はそう単純じゃないみたいよ。池田さんからだけじゃない。日本国内で、セカレジに対する組織的な『バッシング』が始まっているわ。……それも、国家レベルの巨大な力が動いている可能性がある」


舞元がタブレットで見せたのは、日本のニュースサイトだった。


『セカレジ、海外での不適切行為』『過激な歌詞による若者への悪影響』。事実無根の、しかし周到に準備された負の情報が、彼らが日本を離れている間に世論を埋め尽くしていた。


その裏にあるのは、セカレジが掲げる「反逆」の火が、既存の利権や権力層にとって無視できない脅威になったという事実だった。


「……面白いじゃねえか」


荒崎が、窓の外のロンドンの空を見上げて不敵に笑う。


「世界を揺らした俺たちを、今度は日本そのものが潰しに来るってわけか。……凱旋ライブ(おみやげ)としては、最高にロックな舞台じゃねえか」


「荒崎……行くのか?」


ベッドの上で、まだ顔色の悪い田上が弱々しく、しかし確かな意志を持って問いかける。


「ああ。俺たちの『ノイズ』を、今度は腐りきった日本のど真ん中で爆発させてやる。……不破、桑田、田上。本当の『レジスタンス』を、今から始めようぜ」


セカレジの四人は、世界中の称賛を背負いながら、自分たちを抹殺しようとする「巨大な影」が待つ母国へと、戦いに行く決意を固めた。

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