ロンドンの咆哮
ロンドンを代表する巨大フェス当日。イアンの強力な推薦により、セカレジに用意されたのは当初の予定だった辺境のサブステージではなく、数万人が詰めかけるメインステージのオープニングアクトという異例の大舞台だった。
対バン相手は、現地の若者から狂信的な支持を受けるパンクバンド、『ブラッディ・ライオット』彼らは楽屋ですれ違いざま、荒崎たちを鼻で笑い、「東洋の坊やたち、ステージで泣きべそをかくなよ」と挑発的な言葉を投げかけてきた。
しかし、セカレジを本当の危機が襲ったのは、開演一時間前だった。
桑田の異変
「……っ、カハッ……」
楽屋で発声練習をしていた桑田が、突如として喉を押さえ、顔を歪めた。
連日の路上ライブ、そして不眠不休の練習が、ついに彼の喉に限界をもたらしていた。声を出そうとしても、掠れた音しか出ない。
「嘘だろ……。今日だけは、今日だけは最高のデュエットを響かせなきゃいけないのに……!」
桑田は絶望に打ちひしがれ、拳を壁に叩きつけた。デュエット曲は二人の声が重なることで完成する。桑田の歌声がなければ、セカレジの武器は半分以下になってしまう。
焦燥感が楽屋を包む中、静かに口を開いたのは、薬を捨てたことで覚醒したドラマー、田上だった。
「……桑田くん、絶望するのはまだ早いです。僕に一つ、提案があります」
田上の「ハック」
田上はタブレットを取り出し、これまで記録してきた桑田の歌声のデータと、会場の音響システムの回路図を高速で表示した。
「桑田くん、今日は無理に歌い上げる必要はありません。囁くような、掠れた声でいい。その『不完全な声』を、僕がこの場でリアルタイムに加工(ハック)します。エフェクターを深くかけ、荒崎くんの低音と共鳴(共振)させることで、今のあなたの喉でしか出せない『極限のノイズ』に変えるんです」
「……そんなこと、できるのか?」
「僕を誰だと思っているんですか。計算上、それはただの歌声を超えた、観客の脳を直接揺さぶる『音の弾丸』になります」
荒崎はニヤリと笑い、桑田の肩に手を置いた。
「いいじゃねえか。完璧なデュエットなんて、日本に置いてきた。ロンドンには、このボロボロの、今にも壊れそうな俺たちの『生』を叩きつけてやろうぜ」
世界を黙らせる「叫び」
メインステージ。数万人の観客が「早く地元のバンドを出せ」と殺気立つ中、セカレジが登場した。
一曲目。田上の提案通り、桑田は掠れた声を振り絞った。そこに田上の緻密な電子操作と不破の重低音が絡み合い、これまでに誰も聴いたことがないような、退廃的で攻撃的な「旋律」が生まれた。
荒崎の圧倒的な咆哮に、桑田の限界を超えた「ノイズ」が重なる。
それは美しさとは程遠い、だが、聴く者の魂を直接掴んで離さない「本物のロック」だった。
「……なんだ、この音は……!」
野次を飛ばしていた観客たちが、一人、また一人と静まり返り、やがて地鳴りのような歓声へと変わっていく。
ステージの袖で見ていた『ブラッディ・ライオット』の連中も、言葉を失って立ち尽くしていた。
「見たかよ、ロンドン! これが……これがWORLD RESISTANCEだ!」
荒崎の声が霧を晴らし、ロンドンの空を真っ二つに割った。
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