地下の帝王と、銀の絆
路上ライブでの騒動は、一夜にしてロンドンのアンダーグラウンド・シーンを駆け巡った。翌日、セカレジが滞在する古びたホテルのロビーに、異様な威圧感を放つ男が現れた。
その男の名は、イアン・マクガバン。
数々の世界的ロックバンドを地下から引き揚げ、成功へと導いてきたロンドンの「地下の帝王」と呼ばれるプロデューサーだった。
「昨日の路上ライブ、見たぞ。……東洋のガキにしては骨のある音を出す」
イアンは不敵な笑みを浮かべ、不破のベースケースを指差した。
「だが、そのベース。ロンドンの重い空気の中では、ただの軽いノイズだ。本場のリズム隊に、お前程度の技術で勝てると思っているなら、今すぐ日本へ帰るんだな」
その言葉は、不破が心の中で密かに感じていた不安を鋭く突き刺した。
絶望の淵
その日のリハーサル。不破の演奏は精彩を欠いていた。ロンドンの伝統的なスタジオ、重厚な石造りの壁が反響させる「本場の音」。周囲の現地スタッフたちの卓越したリズム感に触れれば触れるほど、不破は自分のベースが薄っぺらなものに感じられ、指が思うように動かなくなっていた。
「……ダメだ。俺じゃ、この街の重さに勝てねえ」
不破はベースを置き、暗いスタジオの隅で頭を抱えた。これまで「自分たちは特別だ」と信じてきた自信が、本場の歴史の前に崩れ去ろうとしていた。
「不破、何してんの。……らしくないじゃん」
桑田が声をかけるが、不破は力なく首を振るだけだった。
銀色の継承
そんな不破の前に、荒崎が無造作に歩み寄った。
「……おい。これをいつまで俺が持ってなきゃならねえんだ」
荒崎がポケットから取り出し、不破の膝の上に投げ落としたのは、台湾でエターナルプリズムから預かった「銀色のストラップ」だった。
「……っ、それは荒崎が預かったもんだろ」
「バカか。あのレジェンドが、ベースを弾かない俺にこれを渡した意味を考えろ。……これは、あの人たちの魂だ。そして、それを繋ぐのはリズムを支えるお前の役目だろ」
荒崎は不破の胸ぐらを掴み、無理やり立たせた。
「ロンドンの歴史が重い? 本場がどうした。俺たちがやってきたのは、そんなもんを全部『ハック』して、自分たちの色に塗り替えることじゃなかったのかよ!」
不破は、手のひらの中にあるシルバーストラップを見つめた。冷たく、しかし確かな重み。そこには、数十年間にわたって数多の観客を熱狂させてきたレジェンドたちの「不屈の精神」が宿っていた。
「……そうか。俺は、勝手に一人で戦ってるつもりになってたんだな」
不破は震える手で、自分のベースにその銀色のストラップを装着した。
不思議と、先程までの指の震えが止まっていた。ストラップを通じて、エターナルプリズムの、そしてセカレジの仲間たちの熱が流れ込んでくるようだった。
「……悪かったな。もう大丈夫だ」
不破はベースを構え、弦を力強く弾いた。
ドォォォォン!!
スタジオの重厚な壁を突き破るような、地を這うような重低音。それはロンドンの歴史に媚びる音ではなく、新しい歴史を今ここから刻むという、不破の覚悟の音だった。
それを見ていたプロデューサーのイアンは、影から静かに口角を上げた。
「……面白い。その音なら、ロンドンの連中の心臓を止められるかもしれんな」
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