不協和音の共鳴(デュエット)


香港の熱気に包まれたホテルのスイートルーム。

ライブまで残り一週間というタイミングで、舞元が冷えたシャンパンを片手に、爆弾を投げ込んだ。


「あ、言い忘れてたわ。香港のプロモーターから強い要望があってね。今回のライブ、桑田と荒崎でデュエットして貰うから。それ用の新曲、大至急作っておいて」


「……はぁ!? いきなりかよ!」


桑田がソファーから飛び起きた。


「っていうか、弾きながら歌うのがどれだけ大変か分かってんのか? 演奏中に歌えるほど、俺たちの曲は甘くねえからな!」


「あら、そう。でももう契約書にサインしちゃったわ。楽しみにしてるわね」


舞元は優雅に部屋を出て行こうとする。桑田は絶望的な顔で荒崎を振り返ったが、荒崎は窓の外、香港の夜景を眺めながら意外にも落ち着いた様子で口を開いた。


「時間を使い潰したのは、他でもねえ俺たちだろ。……それに、この香港では俺を差し置いて、桑田のギターが人気らしいからな」


「えっ……?」


「街を見てみろよ。ところどころに桑田のポスターや、お前のプレイスタイルを真似てるファンがゴロゴロいやがる。顔だけならまだ理解できるが、あの小さなライブでかました分、舞元はお前を俺と同等に立たせて、さらに主張させたいんだろうな。いわば、ツインボーカルの衝撃ってやつだ」


荒崎は適当にツラツラと言葉を並べたが、その瞳には桑田への確かな信頼があった。


「な、何言ってんだよ……! それにしても、いつ合わせるんだよ! 曲作りからリハーサルまで、圧倒的に時間がねえだろ!」


桑田が頭を抱えて叫ぶが、荒崎はニヒルに笑って振り返った。


「決まってんだろ。滞在期間ギリギリまで、一分一秒残さず使い潰すんだよ。ライブは一週間後だ。それまで寝る間も惜しんで、最高にイカれたデュエットを練るぞ」


「……お前、本気かよ」


「ああ。俺たちの『ノイズ』に、お前の『叫び』を乗せる。香港の奴らに、二倍の熱量で叩きつけてやるんだ。田上も不破も、リズム隊の負担は増えるが……やれるな?」


不破は「お守り役が増えるだけだ」と肩をすくめ、薬を断った田上は、少し強張った顔ながらも深く頷いた。「……やってやりましょう。僕たちの新しい形を」


香港の狭い練習スタジオに、それから一週間、一度も音が止むことはなかった。荒崎の暴力的な歌声と、桑田の感情を剥き出しにしたギター&ボーカル。二つの個性がぶつかり合い、削り合い、新しい「反逆の形」へと昇華されていく。

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