双頭の龍、九龍に吼える
香港ライブ当日。会場となる野外特設ステージは、開演数時間前から赤と黒の旗を掲げた観客で埋め尽くされていた。湿り気を帯びた潮風と、数万人の体温が混ざり合い、会場のボルテージは爆発寸前の臨界点に達している。
「準備はいいか、桑田。喉、潰すんじゃねえぞ」
ステージ袖、荒崎が不敵に笑いながら桑田の背中を強く叩いた。
「……お前に言われるまでもねえよ。弾きながら歌うのがどれだけキツいか、その身に刻んでやる」
桑田は愛機を強く抱え直し、震える指先を隠すように拳を握り込んだ。
不破がベースを低く構え、薬を断った田上が、脂汗を浮かべながらも鋭い眼光でドラムセットの前に座る。
そして、舞元の合図と共に、セカレジが香港の闇に姿を現した。
地鳴りのような「クワタ!」コール
一曲目、田上の「野生」のドラムが空気を切り裂いた。
薬で抑え込まない田上のリズムは、かつてないほど獰猛で、聴く者の本能を揺さぶる。その咆哮のようなビートに乗せて、荒崎と桑田が同時にマイクの前に立った。
新曲――『Two-Headed Dragon』
荒崎の地を這うような重厚なボーカルと、桑田の高音で突き抜けるようなハスキーボイスが交錯する。桑田は超絶技巧のギターソロを弾き倒しながら、叫ぶように歌い上げた。
「見てろ、これが俺たちの……『セカレジ』の新しい音だ!」
桑田の叫びに応えるように、会場からは割れんばかりの「クワタ!」「アラサキ!」のコールが巻き起こる。荒崎が言った通り、香港のファンは桑田の華やかなギタープレイに狂喜し、二人が背中合わせで一つのメロディを紡ぐ姿に、もはや暴動に近い熱狂を見せた。
一週間、限界を超えた果てに
ライブ中盤、荒崎と桑田の視線が重なる。
一週間、不眠不休で練り上げたデュエット。荒崎の圧倒的なリーダーシップと、それに負けじと食らいついた桑田の意地。二つの個性がぶつかり合い、火花を散らすことで、セカレジの音は「若者の反乱」から「世界を蹂躙する軍隊」へと進化した。
演奏が終わる頃、桑田の指先からは血が滲み、荒崎の声は枯れ果てていた。
だが、モニターに映し出された観客の顔に、迷いはなかった。
「……やりきったな、桑田」
荒崎が肩で息をしながら、桑田の肩に腕を回す。
「……ああ。最高に、気持ちいいじゃねえか」
桑田はギターを高く掲げ、香港の夜空に向かって咆哮した。
ステージ袖で見守っていた舞元は、満足げにスマホの画面を見つめていた。そこには、ライブの生配信が世界中で1000万ビューを超えたことを示す数字が躍っていた。
「おめでとう、あなたたち。これで本当の意味で、『世界』があなたたちをターゲットに決めたわ」
香港の熱狂は、セカレジにとってのゴールではない。
それは、世界という名の巨大な戦場へ向けた、宣戦布告の第一打に過ぎなかった。
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