不夜城のプロトタイプ


「……で、これがお前の言う『軍資金の使い道』かよ」


不破が呆れたような声を出し、段ボールの山を蹴飛ばした。


舞元の手配した黒塗りのバンで学校を脱出し、警察の追跡を煙に巻いて辿り着いたのは、渋谷の喧騒から少し離れた場所にある、築年数不明の地下倉庫だった。


「文句言うな。ここならどれだけ音を鳴らしても、どれだけサーバーに負荷をかけても文句は言われない。舞元が用意した『不可侵領域』だ」


荒崎が埃の舞う空間の中央で、アタッシュケースから取り出した札束をポンと置いた。


「田上、不破。お前らはこれで、検閲不能な『独自の配信プラットフォーム』を組め。桑田、お前は学校のアンプじゃ出せなかった、街を壊すような音を鳴らせる機材を揃えろ。一円も残すな」


「了解。……ふふ、ワクワクしますね。既存のSNSに頼らず、僕ら自身がインフラになる」


田上が眼鏡を光らせてタイピングを始める。不破も既に、秋葉原の闇ルートで仕入れたという高性能サーバーのセットアップに取り掛かっていた。


舞元の「毒」


「あら、意外と手際がいいじゃない」


暗い階段を降りてきたのは、着替えたばかりのライダースジャケットを羽織った舞元だった。彼女は指先で札束を弾くと、荒崎の横に並んで地下の光景を眺める。


「でも、機材を揃えるだけじゃただのオタクの集まりよ。世界を驚かせたいなら、まずは自分たちが何者か、その『定義』を書き換えなさい」


「定義……?」


「そう。今のあなたたちは、ただの『暴れたガキ』でしかない。でも、この100万を使い切ったとき、あなたたちは『世界をハックするカリスマ』になっていなきゃいけない。……一週間後に、最初のライブを用意したわ」


舞元がスマホをかざすと、空間にホログラムが浮かび上がる。


それは、誰もが知る都心のスクランブル交差点にある巨大ビジョンの広告枠だった。


「ここに、あなたたちの音を流す。ただし、正規のルートじゃないわ。不破くん、田上くん。あなたたちがこの街の電波を『盗んで』、一分間だけこの街をジャックしなさい。その一分間で、この街にいる数万人の足を止められたら、私の勝ち。止められなかったら……この100万、全額返してもらうわよ?」


沈黙が流れる。

舞元の提示した条件は、学校の放送室をジャックするのとは次元が違う、国家規模の犯罪一歩手前の挑戦だった。


「……面白い」


荒崎が笑った。その笑いは、学校の屋上で見せたものよりも、ずっと獰猛で、ずっと自由だった。


「一分もいらねえよ。十秒で、この街を俺たちの色に塗り替えてやる」


桑田がギターを爪弾く。歪んだ重低音が、地下倉庫のコンクリートを震わせ、四人の鼓動を加速させる。


彼らはもう、ただの高校生ではない。

100万円という「劇薬」を飲み干し、彼らは本当の意味での『反逆者』へと変貌を遂げようとしていた。


「準備しろ。一週間後、世界が俺たちの名前を思い知る」

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