1/3600秒の革命
一週間後。渋谷スクランブル交差点は、いつも通り無機質な人の波で溢れていた。
巨大ビジョンには新作コスメのCMやアイドルのMVが流れ、誰もがスマホの画面を見つめながら、隣を歩く他人の存在すら認識せずに通り過ぎていく。
だが、その地下、一本裏通りの狭いバンの中。
四人と舞元は、張り詰めた沈黙の中にいた。
「予定時刻まで、あと三十秒。不破さん、ファイアウォールの突破状況は?」
田上がキーボードを叩く指を止めずに問う。
「……現在80%。さすがに警視庁のサイバー班が監視を強化してる。でも、僕の作ったトロイの木馬通称『ラジコンゾンビ』は、彼らの検閲より一瞬早く、ビジョンのコアシステムに到達するよ」
不破の瞳には、ゲームのハイスコアを狙う時のような、冷徹な狂気が宿っていた。
「……十、九、八」
荒崎は、バンの中に積まれたモニターを見つめる。そこには、平和を装った街のライブカメラ映像が映し出されている。
舞元は後部座席で優雅に煙草(加熱式)を燻らせながら、タイマーを眺めていた。
「三、二、一……エンター」
街が、止まった。
突如として、スクランブル交差点を囲む五つの巨大ビジョンが同時に砂嵐(スノーノイズ)に飲み込まれた。
次の瞬間、鼓膜を直接揺さぶるような、桑田の超重低音のリフが街中のスピーカーから爆発した。
「な、なんだ!?」
「ハッキングか?」
道行く人々が、示し合わせたように足を止める。数万人の視線が、空へと向けられた。
ノイズの中から浮かび上がったのは、モノクロームの背景に、赤いスプレーで殴り書きされた文字。
【 NO MORE PRE-ESTABLISHED HARMONY 】
(予定調和は、もういらない)
そして、画面が切り替わる。
映し出されたのは、廃倉庫でマイクを握り、カメラを睨みつける荒崎の姿だった。
「聞こえるか、世界の観客ども!」
荒崎の声が、渋谷のビル群に反響する。
「お前らが今見てる空も、歩いてる道も、明日やるはずの仕事も。全部誰かが決めた『台本通り』だ。でも、たった今、俺たちがその台本を破り捨てた!」
桑田のギターが唸りを上げ、不破が仕掛けた視覚ノイズがビジョンの中で踊る。
数万人がスマホを掲げ、この異常事態を記録しようとする。だが、不破のハックはそれすらも利用していた。
「今、この瞬間にスマホを触ってる奴ら。お前らの画面を見ろ。お前らの『中身』も、俺たちが預かった!」
その瞬間、交差点にいる全員のスマホに、一斉に真っ赤な「反逆のロゴ」が表示された。
街全体が、彼らの「領土」と化した瞬間だった。
「……やるじゃない」
バンの中で、舞元が小さく、けれど満足げに呟いた。
「予定の一分まで残り十秒。……さあ、最高の締めを見せて、王様(キング)」
荒崎はカメラの向こう側、自分たちを「排除」しようと動き出したパトカーの列を見据え、不敵に笑った。
「これは予告だ。俺たちの世界(ルール)は、ここから始まる。……追いつけるもんなら、追いついてみろ!」
画面がブラックアウトすると同時に、街のスピーカーからは桑田のフィードバックノイズだけが余韻として残り、そして――すべてのシステムが正常に戻った。
後に残されたのは、静まり返った街と、数万人の興奮したざわめきだけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます