黄金色のキャスティングボード
騒乱の屋上に、場違いなヒールの音が響いた。
現れたのは、タイトなスーツを完璧に着こなし、長く鋭いネイルでスマホを弄る女性――舞元だった。
彼女は警察や教師たちが右往左往する包囲網を、冷ややかな一瞥だけで黙らせて通り抜けてきたのだ。
彼女は、四人の中心に重厚なアタッシュケースを置くと、無造作にそれを開いた。
「タダでとは言わないわ」
パカッ、という乾いた音と共に、四人の視界が黄金色に染まる。
隙間なく詰め込まれた一万円札。帯封のついた束が、西日に照らされて生々しく光る。
「……百万円」
桑田がギターを持ったまま、呆然と呟いた。不破はタブレットを止め、田上は眼鏡の奥の瞳を鋭く細める。
「君たちがやったことはテロに近いけれど、演出としては最高。地域一帯の電波ジャック、そしてSNSへの拡散。この『騒動』そのものが、今や私の観測範囲で一番ホットなコンテンツなの」
舞元は長い髪を耳にかけ、赤い唇を吊り上げた。
「でも、このままじゃ君たちはただの『迷惑なガキ』で終わるわ。警察に連行され、退学になり、デジタルタトゥーと共に一生を棒に振る。……もったいないと思わない? その情熱を、私が『正解(ビジネス)』に変えてあげる。この私がマネージャーとしてね」
荒崎は、目の前の札束を一瞥した。その瞳には、欲望よりも鋭い「拒絶」が宿っている。
「……アンタ、耳が腐ってんのか?」
荒崎がゆっくりと一歩踏み出し、舞元を見下ろすように顔を近づけた。
「俺は言ったはずだ。大人が用意したレールをぶっ壊しに来たんだって。アンタが持ってきたその金は、結局『俺たちを買って、新しいレールに乗せるための運賃』だろ。冗談じゃねえよ」
「ふふっ……いい顔。でも勘違いしないで、荒崎くん」
舞元は怯むどころか、獲物を見つけた猛獣のような艶然たる微笑を浮かべた。彼女はアタッシュケースを足蹴にするようにして、四人の中心に突き出す。
「これは運賃じゃない。『宣戦布告の軍資金』よ」
彼女はケースから一束の札を抜き取り、それを扇子のように広げて見せた。
「私は君たちを飼い慣らすつもりなんてないわ。むしろ逆。その金で、もっと派手な機材を買い、もっと広い場所をジャックし、大人たちが顔を真っ青にして逃げ出すような『最悪のノイズ』を世界にぶち撒けてみせなさい。これは、君たちが世界を敵に回すための――私からの投資よ」
沈黙が屋上を支配する。
遠くで鳴り響くパトカーのサイレン。足元で舞う進路希望調査票の残骸。
荒崎は、隣に立つ三人の顔を見た。
不破が不敵に口角を上げ、田上が「計算外ですが、面白い」と頷く。桑田は、すでにその金で買える最高級のアンプを脳内でリストアップしているようだった。
荒崎は、舞元の手から力強く札束の山を奪い取った。
「……いいだろう。アンタの投資、後悔させてやる。俺たちはアンタの駒(ポーン)にはならない。この盤面、丸ごと喰いつくしてやるからな」
「ええ、期待しているわ。……まずはその汚い学校のフェンスから、私を連れ出しなさいな。ヒーローくん」
その瞬間、屋上の扉が警察の手によって破壊された。
だが、四人と一人の女性の顔に悲壮感はない。新しい「遊び場」への招待状は、すでに彼らの手の中にあった。
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