不協和音のファンファーレ


屋上の重い鉄扉が閉まった瞬間、そこは外界と隔絶された「城」になる。


眼下に広がる街並みは、模型のように静まり返っていた。


「で、王様。具体的に何から始める? 国歌斉唱でもする?」


桑田がフェンスに腰掛け、ピックを口に咥えながらニヤリと笑った。荒崎はポケットから、クシャクシャに丸められた『進路希望調査票』を取り出し、それを広げることなく空へ放り投げた。


「まずは、この場所を正式に『俺たちの領土』にする。田上、例のやつは?」


「抜かりありませんよ」


田上がタブレットを取り出し、画面をタップする。そこには校内のネットワーク構成図が映し出されていた。


「学校の公式掲示板と、全クラスのモニター。バックドアは見つけました。不破さんのスキルがあれば、昼休み中に一斉ジャックが可能です」


不破がスマホから顔を上げ、気だるげに、けれど確かな光を宿した瞳で頷いた。


「秒で終わるよ。……で、何を表示させるわけ? 先生のハゲ頭のコラ画像?」


「いや」


荒崎が身を乗り出し、仲間の中心で指を鳴らす。


「『本日の予定:全校生徒、自分勝手』……その文字と一緒に、桑田、お前のギターを叩き込む。スピーカーの最大音量、ぶっ壊れる寸前まで上げろ」


その言葉に、桑田の目が爛々と輝いた。

予定調和を愛するこの学校で、最も忌み嫌われるもの。それは、予測不能なノイズだ。


「最高。心臓が止まるくらいのやつ、用意しとくよ」


嵐の前の静けさ午後の授業が始まった。

教室に戻った四人は、何事もなかったかのように席についていた。


教壇に立つ進路指導担当の蛇崩(じゃくずれ)が、チョークを軋ませながら「効率的な人生設計」について説いている。その声は、四人にとってはもはや意味を持たない音の羅列だった。


(あと、五分)


荒崎は時計の針を見つめる。

隣の席の桑田は、机の下で指を激しく動かし、エアギターでリズムを刻んでいる。


不破は机に突っ伏しているが、その袖口からは充電ケーブルが伸び、自作のデバイスへと繋がっている。


田上は眼鏡を拭きながら、冷徹な計算でタイミングを計っていた。


そして、チャイムが鳴る。


「……では、今日の講義はここまで。各自、将来の——」


蛇崩の言葉が、突如として「キィィィィィィィン!」という激しいハウリング音にかき消された。


「な、なんだ!?」


蛇崩が耳を押さえてうろたえる。

次の瞬間、教室のモニターがノイズと共に切り替わり、荒々しい筆致で書かれた真っ赤な文字が踊った。


【 予定調和への反逆:LEVEL 1 】


校舎中に、地響きのようなドラムのキックと、鼓膜を劈くエレキギターの咆哮が降り注ぐ。


「始まったな」


荒崎はニヤリと笑い、椅子を蹴って立ち上がった。

騒然とする教室。パニックと興奮が混ざり合った生徒たちの視線を背に、四人は再び走り出す。


目指すは、この世界で一番高い場所。

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