第4話【真夜中の傍観者】4

 秋の色が濃くなってきている小京都、茂木乃市。

 小江戸として人気の埼玉県の川越市や、千葉県の香取市には及ばないまでも、整備された石畳の道と、歴史を感じさせる建造物は、文字通り小京都と称されるには恥ずかしくないものであり、町の象徴である巴川は変わらず流れ、赤や黄色に染められた葉を運ぶと、風情溢れる光景が少ない観光客を楽しませていた。


 そんな穏やかで落ち着いた雰囲気に包まれている小京都の一角。

 巴川を挟むように通っている道から一本入ったところにある橋本写真館では、町の雰囲気をぶち壊すように一人の女性が喚き、叫んでいた。


「離せ! 離すんだ!」


「嫌ですよ。っていうか、コレいつの間に仕入れたんですか?」


「うるさい! 離せったら離せ!」


 健斗は綾音から取り上げた袋を彼女の手が届かない位置に持ち上げると、未だに諦めることなく手を伸ばす綾音を適当にあしらう。


 女性としてはそこそこ身長の高い綾音だが、流石に男の平均身長である健斗の手にかかれば余裕で対応できるくらいの差はあった。


(しかし……本当にうるさいな)


「ズルいぞ! 早くそれを返せ!」


 これまで聞いたことのないボリュームで叫ぶ綾音。

 その様子から見ても、諦める気がないことが分かった。


(そんなに必死になることか……?)


 健斗は袋から透けて見える、赤と黄色と青のパッケージに一瞬目を向けると、ため息をついた。


「いつも言ってるじゃないですか。食事はバランスが大事だって」

 

 橋本写真館に就職して約半年。

 綾音の不摂生な生活を見てきた健斗は、それを口が酸っぱくなるほど言ってきたのだが、そんな言葉に対して彼女の返答といえば――


 サラダは虫が食べるもの。

 米はおかず必須だから面倒。

 コーラは水。


 そんなことを自信満々に言っている綾音を放置すれば大変なことになるのが目に見えていた。


 だから健斗はこの半年間、わざわざ二人前の料理を作っていたのだ。

 全ては綾音に健康な生活を送ってもらうために……。


 しかし、そんな気持ちを知ってか知らずか、表では健斗の言葉に頷きながらもその実、不摂生な生活を諦めてはいなかったのだ。


 それが発覚したのは五分ほど前のこと。

 休憩室にある棚の奥……微妙に見えない場所に隠すように置いていた袋を健斗は見つける。

 

 嫌な予感がした健斗は綾音の私物であると理解しながらも中身を確認すると、中には同じシリーズのカップラーメンが九つあり、ご丁寧に醤油、カレー、塩を三つずつ揃えていたのだ。


 禁止していたわけではない。

 たまに食べるくらいは容認していた。

 美味しいのは分かっているし、綾音の好物であることを知っていたから……。


 しかし家ではなく写真館にわざわざ置いて隠していたという事と、その隠し持っていた数が取り上げるまでに至ったのだった。

 

「こんなに買い込んで……既にいくつか食べたんですか?」


「食べてない! 昨日の夜にコンビニで買ったからまだ食べてない!」


「……そうですか。過去に同じようなことは?」


「してない! 初犯! 余罪はないよ!」


 綾音は大人っぽい見た目とは裏腹に、子供のようなことを言う。


(余罪はない……ね)


 健斗は袋の中から、恐らく捨て忘れていたのであろう割り箸が入っていた袋を三つ取り出すと、無言で綾音に見せつけた。


「……やらかしたっ!」


 先ほどまでカップラーメンを取り返そうとしていた綾音は一転して健斗から距離を取る。


「昨日買って、まだ食べていない……全て嘘ですよね?」


 健斗の言葉に綾音は目を逸らす。


「いつからですか? これまで何個食べました? 頻度は? 味ごとに買ってるってことは、最低でも三つは食べたってことですよね?」


 健斗の言葉に綾音は俯く。


「隠していた理由は? 別に禁止してないですよね?」


 健斗の言葉に綾音は――逆ギレした。

 

「カップラーメン食べただけじゃん! キミは知らないかもしれないけど、カップラーメンは美味しいんだよ!? そのシリーズの三種をグルグルとブン回して食べると飽きがこなくて良いんだよ! それが私にとっては最高の贅沢なの!」


 綾音はそう言いながら助走の要領で健斗との距離を一気に詰めると、ジャンプして袋を奪い取る。

 そして、中身が無事なことを確認すると、その足で写真館から出て行ってしまった。


 その一連の行動に驚いた健斗は言葉を失う。

 それほどまでに素早い動きだった。


 しかし、呆然としていたのも束の間、


「店……どうすんの?」


 健斗は逃走した社長の背中を見送ると、そう呟くのだった。





 結局、綾音が店に戻ってきたのは、逃走してから二時間ほどが経過したあとのことだった。

 その間にお客さんが来なかったのは不幸中の幸いだったのだが……。


 綾音が右手に持っている袋が少しだけ小さくなっているのを見るに、どこかでお湯を入れてカップラーメンを食べたのだろう。

 まぁ、それについては目を瞑ろう。全然問題無い。それは良いんだけど……。


 しかし、その反対側――左手が持っているモノについては、流石の健斗でも無視することはできなかった。


「JK拾った!」


 綾音は左手で手を繋いでいる制服を着た女性に目を向けると、そう自信満々に言い放った。

 健斗は頭を抱える。


 カップラーメンを隠し持っていた容疑で逃亡した人が、今度は誘拐犯になって帰ってきたのだから当然だった。


 本物の犯罪者に成り下がってしまった社長を前に、社員はどうすれば良いのか……。

 その答えを社会経験の浅い健斗には出すことができなかった。


「……どこで拉致ってきたんですか?」


 まずは犯行現場の確認から入る。

 それくらいしか言えることがなかった。


「拉致って……まぁ、いいや。あずま公園だよ」


「あずま公園?」


「うん。巴川の横にある公園。噴水があるところ」


「ああ、確かにあそこは夕方になると学生さんが多く立ち寄る場所ではありますけど……でも、なんで連れてきたんですか?」


 健斗は綾音の隣に立つ女性を見る。

 近くの高校の制服を着ているあたり、コスプレではなくマジもんの学生だろう。

 

 綾音よりは身長が低く、黒い髪を伸ばした女子高生。

 彼女は気の強そうな目つきをしていて、纏っている雰囲気から、気難しそうという印象を受ける健斗。


「あずま公園で一人でいたから連れてきた! 紅葉を背景にしたJKって絵になるじゃん? だから写真を何枚か撮りたいなって」


「……とんでもないことを言ってる自覚はありますか?」


「ん? 何が?」


 綾音は健斗の言葉の意図を理解していないようで、無垢な顔をして首を傾げる。

 

(しかし綾音さんが連れてきた子、明らかに不機嫌そうな顔をしてるけど……大丈夫か?)


 そんな心配を余所に綾音は、


「まぁ、細かい事は良いじゃん! カメラを取ってくるから、その間にキミはこの子の相手をしてあげて!」


 それだけ言うと鼻歌を歌いながら、少し前に掃除して綺麗になった二階へと上がっていってしまう。


 残されたのは状況が掴めていない健斗と、変わらず不機嫌そうな女子高生。

 気まずいなんて言葉じゃ物足りないくらいには重苦しい空気だったが、とにかく何か話さないと状況は変わらない。


 そう思った健斗は、とりあえず自己紹介をしてみることにした。


「えーと、木崎健斗です」


「……新井です」


 そして訪れる無言。

 当然だ。

 挨拶は大切だと思うが、なぜいきなり自己紹介なんてしてしまったのだろう。


 一瞬で後悔する健斗。

 しかし、当たり前だが、過去に戻ることは無理なわけで……

 

(さて、これからどうしようか、本当に……どうしよう)


 いたたまれない空気を肌で感じながら、健斗は頭をフル回転させると、次の話題を無理やり提供する。


「新井さんは……そのー、ちゃんと合意の上でここに?」


「はい。白河さんが相談に乗ってくれて……だからそのお礼として来たんですけど……写真を撮るなんて聞いていなかったんでビックリしてます」


「……そうですか」


「はい」


 一体どれほどの時間を無言のまま過ごしたのだろうか。

 長い間そうしていたようにも思えるし、一瞬だったような気もする。


 兎にも角にも、気まずさ満載の空間の中に居た健斗達なのだが、それが変わったのは、二階から身に覚えのある一眼レフを持った綾音が現れたときのことだった。


「お待たせ~! ちょっとカメラを見つけるのに苦労して、時間かかっちゃった」


 綾音は笑顔を浮かべながらそう言う。

 それに対して健斗はというと、楽しそうな綾音とは裏腹に真剣な表情を浮かべた。


「いや、それは良いんですけど……そのカメラって」


 綾音が持っているカメラ。

 そのカメラを健斗は知っていた。

 

 入社して間の無い頃に、しつこく頼んで一度だけ見せてもらった一眼レフ。

 見間違えるはずがなかった。

 それは、健斗にとっての至高の作品、"真夜中の傍観者"で使われたカメラで――


 当時の綾音はこう語った。


『このカメラは、私自身なんだよ』


 ――と。

 

 その時のことは今でも鮮明に思い出せる。


 綾音のモノとは到底思えないほどに冷たく暗い表情。

 影を落とした瞳に、怖いと感じさせるような声色。


 それはまさに真夜中の傍観者が人に与えるものと性質が同じだったのだ。

  

 今まで使っているところを見たことがなかったのに……それがどうして、女子高生を撮るのにそのカメラを使うのか……。


「あ、あの……」


 健斗は思わず綾音の名前を呼ぶ。

 すると――


「分かるんだね。流石は"あの作品"のファンだ」


 綾音は嬉しそうな笑みを浮かべると、跳ねるような声色でそう言う。

 その笑顔は一見、いつもの綾音のようだったが、何かが違うと健斗は直感的に思った。


 目の前で笑う綾音と、普段見ている綾音。

 同じ人物のはずなのに、まるで違う存在のように思えたのだ。


 理由は分からない。

 けれど、何かが違う。

 それだけは分かって……


 そして、綾音が背中を向けて、店から出て行こうとした瞬間に発した言葉。

 次の言葉で健斗は動けなくなったのだった。

 

「これから私が撮る写真……多分、キミは気に入ってくれると思うんだよね」

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小京都の傍観者 西藤りょう @nishihuji-ryo-

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