第2話 風の吐息
しばらくの間はあまり根掘り葉掘り少女の身の上について聞かない方がいいかもしれない。
セラフとララはそう申し合わせた。何か余程の事情があるのだろう。
それに、あの子はたぶん東洋人だ。綺麗な身なりはしているが、余程のことがない限り,この1983年のサバデルの町を、東洋の女の子が1人で彷徨うはずがない。
明日、朝食が済んでララが仕事に出たら、セラフは彼女を連れて、着替えを買いに行く。そして一緒に散歩でもして、お菓子でも買ってやって……そんなことを2人で話しているうち、ララは寝てしまった。
セラフはそっと起き出して、エレットが寝ている部屋を覗いてみると、彼女は安心したようにスヤスヤと寝息を立てている。
セラフは安堵して部屋に戻り、自分もララの隣に潜り込んだ。
翌日、エレットはどうしても外に出たがらないので、着替えは近くの店でララとセラフが買い、エレットは家で留守番することになった。
ララが選んだセーターや下着類をセラフが持って、途中の食料品店でビスケットやジュースを買い、セラフはそれを持って家に帰った。
実はセラフは軽い鬱を患っており、休職しているのだった。といっても,今はもうかなり良くなっていて、仕事に戻ろうと思えば戻れるのだが、半年の休暇をもらったのにまだひと月しか経っていないので,どうしたものかと思いながら毎日ゴロゴロしている身なのだった。
セラフが戻ると、入り口の扉を開いた途端、エレットが飛びついてきた。セラフを抱きしめて小刻みに震えている。
「どうした、なにがあったの?」
とセラフが優しく尋ねると、エレットは、
「怖かったの。また捨てられたんじゃないかと思って。また自分がどこかに飛んで行っちゃうんじゃないかと思って」
「おいおい、どういうことなんだい? さあ、もう大丈夫だから安心して話してごらん。僕はここにいるよ。さあ、心配しないで」
エレットは落ち着くまでに随分時間を要した。そして、ぽつり、ぽつり、と話し始めた。
「この間ね、お空を飛ぶ乗り物に乗って、遠いところに旅行に行ったの。全然知らないところ。そしたらわたしはひとりぼっちになっちゃったの」
「よく分からんな。きみはつまり飛行機に乗ってこの国をパパやママと一緒に旅行していたというわけかい?」
「ううん、この国じゃなくて、別のところ」
「そこでパパ、ママとはぐれたの?」
エレットはコックリと頷いた。
「でも、それなら何できみはこの国にいるんだい?」
「それが、分からないの」
セラフも可哀想だと思いながら、質問をやめなかった。
「エレットは、自分のパスポート持ってる?」
エレットは首を横に振る。
「じゃあ、自分が何歳か分かる? つまり、きみは何年生まれかな?」
「2050年」
「? 今1983年だよ?」
エレットは黙ってしまった。セラフはしまったと思った。そんなに一度に聞かなくてもいい。
「分かった、分かった。じゃあ、ここにクッキーがあるからお食べ。今ミルクを温めてあげよう」
エレットはクッキーには手をつけずに、セラフにこう聞いた。
「おじさま、わたしをここに置いてくれるの?」
「も、もちろんさ。きみが居たければいつまで居たっていいんだよ」
エレットはポロポロと涙を流し、ビスケットを手に取った。
セラフは午後、エレットを連れて近くの池のある公園へ行った。
冬の寒い時だからひと気はあまりない。
2人は池のまわりをゆっくりと散歩した。木々は冬枯れて、背後の山々は暗い色をしている。
風が立ち、水面を波立たせる。風は生き物のように水を揺らして吹く。水も生き物のように揺れる。
セラフは何かの映画のワンシーンを思い出し、小石を蹴ると、石はポチャン、と池に落ち、ゆっくりと波紋が広がる。波紋の中にはそれを見つめるエレットとセラフが映っていた。
「見てみて、波紋よ」
エレットが嬉しそうに言った。
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