第23話
白い天井。
消毒液の匂い。
機械の音。
「……ここは?」
結衣は目を開けた。
視界がぼやけている。
眼鏡をかけていないせいだ。
「結衣!」
隣で、紫苑が飛び起きた。
「目が覚めた! 良かった……!」
紫苑の目は赤く腫れていた。
泣いていたのだろう。
「紫苑……私……」
「喋らないで。まだ安静にしてないと」
紫苑は結衣の額に手を置いた。
「熱は下がってる……良かった……」
「どれくらい、寝てたの……?」
「三日間」
紫苑は涙を流した。
「三日間も、目を覚まさなくて……私、すごく心配した……」
「ごめん……心配かけて……」
「謝らないで」
紫苑は結衣を抱きしめた。
「無事で良かった……本当に……」
二人は抱き合ったまま、しばらく動かなかった。
やがて、紫苑が離れた。
「医者を呼んでくる。ちょっと待ってて」
紫苑は部屋を出ていった。
結衣は天井を見つめた。
体が重い。
背中に鈍い痛みがある。
銃で撃たれたんだった。
「生きてる……」
結衣は呟いた。
「私、生きてる……」
涙が溢れてきた。
嬉しかった。
生きていることが。
紫苑に会えることが。
しばらくして、紫苑が医者を連れてきた。
といっても、解放戦線の医療班の一人だ。
「おお、目を覚ましたか」
医者は結衣の体を診察した。
「よし、傷も順調に治っている」
「良かった……」
紫苑がほっとした表情を浮かべた。
「でも、まだ安静が必要だ」
医者は真剣な顔で言った。
「最低でも、一週間はベッドで休むこと」
「一週間……」
「ああ。無理をすれば、傷が開く」
医者は結衣の背中を見せた。
包帯が巻かれている。
「弾丸は摘出した。だが、傷は深い」
「わかりました……」
結衣は頷いた。
「では、私は他の患者を診てくる」
医者は部屋を出ていった。
結衣と紫苑だけになった。
「ねえ、紫苑」
「ん?」
「冴子さんは?」
「無事だよ。隣の部屋で休んでる」
「良かった……」
結衣はほっとした。
「山本さんは……?」
結衣が聞くと、紫苑は俯いた。
「……亡くなった」
「そう……」
結衣は目を閉じた。
山本。
厳格だったけど、優しい人だった。
仲間思いで、強かった。
その人が――
死んだ。
「他には?」
「陽動チームから、二人犠牲が出た」
紫苑は辛そうに言った。
「でも、他のみんなは無事」
「そっか……」
結衣は複雑な気持ちだった。
勝利したけど、犠牲も大きい。
これが、戦争なのか。
「ねえ、結衣」
紫苑が口を開いた。
「私たち、もう戦いから離れよう」
「え?」
「冴子さんも救出できた。もう、十分戦った」
紫苑は結衣の手を握った。
「だから、約束通り――南の島に行こう」
結衣は迷った。
本当に、逃げていいのか。
でも――
「……うん」
結衣は頷いた。
「行こう。二人で」
「本当に?」
「うん。もう、戦いたくない」
結衣は微笑んだ。
「紫苑と、静かに暮らしたい」
「結衣……」
紫苑は涙を流した。
「ありがとう……」
二人は抱き合った。
これで、決まった。
結衣と紫苑は、解放戦線を離れる。
そして――
新しい人生を始める。
二人だけの。
三日後。
結衣は、ベッドから起き上がれるようになった。
傷はまだ完全には治っていないが、歩けるくらいにはなった。
「無理しないでね」
紫苑が心配そうに見ていた。
「大丈夫。もう平気」
結衣は微笑んだ。
「ちょっと、冴子さんに会ってくる」
「私も一緒に行く」
二人は隣の部屋に向かった。
ドアをノックする。
「入って」
冴子の声がした。
二人が入ると――
冴子は、ベッドに座っていた。
まだ顔色は悪いが、以前より元気そうだった。
「結衣、紫苑」
冴子は微笑んだ。
「よく来てくれた」
「冴子さん、体調はどうですか?」
「まあまあだ。あと数日で、完全に回復するだろう」
冴子は二人に座るように促した。
「お前たちのおかげで、助かった」
「当然です」
紫苑が言った。
「仲間を見捨てるわけにはいきませんから」
「ありがとう」
冴子は涙を流した。
「本当に、ありがとう……」
しばらく沈黙が流れた。
「あの、冴子さん」
結衣が口を開いた。
「話があるんです」
「何だ?」
「私たち……解放戦線を、離れようと思ってます」
結衣の言葉に、冴子は驚いた表情を浮かべた。
「離れる? どういうことだ?」
「私たち、もう戦いたくないんです」
紫苑が言った。
「だから、どこか遠くに行って、二人で静かに暮らしたい」
冴子は二人を見た。
真剣な目で。
そして――
微笑んだ。
「そうか……」
「怒ってますか?」
「いや、怒ってない」
冴子は首を振った。
「むしろ、良かったと思う」
「え?」
「お前たちは、まだ若い。戦いだけの人生を送るべきじゃない」
冴子は窓の外を見た。
「平和な人生を送る権利がある」
「冴子さん……」
「だから、行きなさい」
冴子は二人を見た。
「そして、幸せになりなさい」
「ありがとうございます……!」
結衣と紫苑は涙を流した。
「でも、一つだけ約束してくれ」
「何でしょう?」
「時々、連絡をくれ」
冴子は微笑んだ。
「お前たちのことが、心配だからな」
「約束します」
二人は頷いた。
「では、いつ出発する?」
「結衣の傷が完全に治ったら」
紫苑が答えた。
「あと一週間くらいです」
「わかった」
冴子は立ち上がった。
「では、それまで――しっかり休んでおけ」
「はい」
二人は部屋を出た。
廊下を歩きながら、結衣は紫苑に聞いた。
「本当に、これでいいのかな」
「どうして?」
「みんなを置いていくことになる……」
「結衣」
紫苑は立ち止まった。
「私たちは、十分戦った」
「もう、誰も責められない」
紫苑は結衣を抱きしめた。
「だから、自分たちの幸せを選んでいい」
「……うん」
結衣は頷いた。
「そうだね」
二人は抱き合ったまま、しばらく立っていた。
一週間後。
結衣の傷は、ほぼ完全に治った。
出発の日が来た。
朝早く、二人は荷物をまとめた。
といっても、最小限の荷物だけ。
着替え。
お金。
それだけ。
「準備できた?」
紫苑が聞いた。
「うん」
結衣は頷いた。
「じゃあ、行こう」
二人は部屋を出た。
外では、明日香が待っていた。
「二人とも……本当に行くんだ」
明日香は泣きそうな顔をしていた。
「うん……ごめんね」
結衣も涙を流した。
「謝らないでよ」
明日香は笑った。
「二人とも、幸せになってね」
「明日香も、元気でね」
「うん」
三人は抱き合った。
しばらく抱き合った後、離れた。
「じゃあ、行くね」
「うん。気をつけてね」
明日香は手を振った。
結衣と紫苑も、手を振り返した。
そして――
歩き出した。
アジトから離れていく。
何度か振り返ると、明日香はまだ手を振っていた。
やがて、見えなくなった。
「さよなら……」
結衣は小さく呟いた。
「さよなら、みんな……」
二人は、最寄りの駅に向かった。
そこから、電車で空港へ。
空港で、海外行きの飛行機のチケットを買った。
行き先は――
タイ。
温かい国。
綺麗な海。
二人が夢見ていた、南の島。
「本当に行くんだね」
紫苑が言った。
「うん」
結衣は微笑んだ。
「二人だけの新しい人生」
「楽しみ?」
「すごく」
二人は笑い合った。
搭乗時間まで、あと二時間。
二人は空港のカフェで時間を潰した。
「ねえ、結衣」
「ん?」
「向こうで、何したい?」
「うーん……」
結衣は考えた。
「まず、小さな家を借りよう」
「うん」
「それで、毎日ビーチで過ごして」
「料理も作って」
「夜は、お酒を飲みながら星を見て」
「そして、愛し合う」
二人は笑った。
「完璧だね」
「うん」
幸せな未来。
二人だけの未来。
それが、すぐそこまで来ていた。
やがて、搭乗時間が来た。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
二人は手を繋いで、搭乗ゲートに向かった。
だが――
その時。
「待て!」
背後から、声がした。
振り返ると――
武装した兵士たちが、大勢いた。
政府の兵士だ。
「くそっ……!」
紫苑が剣を抜こうとした。
だが――
「動くな! 動けば撃つ!」
兵士たちが銃を構えた。
周囲の一般客たちが、悲鳴を上げて逃げ出した。
「どうして……」
結衣は愕然とした。
「なんで、ここにいるってわかったの……?」
「簡単だ」
兵士たちの後ろから、一人の男が現れた。
スーツを着た、冷たい目の男。
柳沢健一だった。
「お前たちの動きは、全て把握していた」
柳沢は冷たく笑った。
「解放戦線のアジトの場所も、知っていた」
「じゃあ、どうして……」
「泳がせていたのさ」
柳沢は近づいてきた。
「お前たちが、どこに逃げるのか見たくてね」
「くそっ……!」
紫苑が叫んだ。
「だが、ここで終わりだ」
柳沢は兵士たちに命令した。
「捕らえろ」
兵士たちが近づいてくる。
結衣と紫苑は、お互いを見た。
「どうする……?」
「戦うしかない」
紫苑は剣を構えた。
「ここで捕まるわけにはいかない」
「でも、周りに一般人が……」
「わかってる」
紫苑は歯を食いしばった。
「だから、魔力を最小限に――」
だが――
その時。
爆発音が響いた。
空港の天井が、崩れ落ちた。
「なっ!?」
兵士たちが混乱した。
煙の中から――
一人の人影が現れた。
「逃げろ、二人とも!」
その声は――
冴子だった。
「冴子さん!?」
「どうして!?」
「説明は後だ! 早く!」
冴子が手を差し伸べた。
結衣と紫苑は、冴子の手を取った。
三人は、崩れた天井の穴から外に出た。
そこには――
ヘリコプターが待機していた。
「乗れ!」
三人はヘリに飛び乗った。
ヘリが上昇し始めた。
「撃て! 撃ち落とせ!」
柳沢が叫んだ。
銃声が響いた。
だが、ヘリはすでに高度を上げていた。
弾丸は届かない。
「ふう……何とか、逃げられたか」
冴子がため息をついた。
「冴子さん、どうして……」
結衣が聞いた。
「お前たちを、見捨てられるか」
冴子は微笑んだ。
「仲間だろう」
「でも、私たち、解放戦線を離れるって……」
「それでも、仲間は仲間だ」
冴子は二人の肩を叩いた。
「困った時は、助け合う。それが、仲間だろう」
結衣と紫苑は、涙を流した。
「ありがとうございます……!」
「礼はいい」
冴子は前を向いた。
「だが、これで南の島への逃避行は無理になった」
「じゃあ……」
「アジトに戻る」
冴子は真剣な顔で言った。
「そして、本格的に政府と戦う」
「もう、中途半端なことはできない」
冴子は二人を見た。
「全面戦争だ」
結衣と紫苑は顔を見合わせた。
逃げることは、できなくなった。
もう、戦うしかない。
「……わかりました」
二人は頷いた。
「一緒に戦います」
「よし」
冴子は微笑んだ。
「では、革命を起こそう」
ヘリは、アジトへと向かった。
結衣と紫苑の――
新しい戦いが、始まろうとしていた。
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