第14話




 地獄の特訓、一日目。

 朝六時から、訓練が始まった。

「全員、集合!」

 冴子の号令で、解放戦線のメンバー全員が訓練場に集まった。

 総勢三十五人。

 結衣と紫苑が加わってから、さらに人数が増えていた。

「今日から三日間、徹底的に鍛える」

 冴子は厳しい表情で言った。

「政府の掃討作戦は、本気だ。生半可な実力じゃ、生き残れない」

「はい!」

 全員が返事をした。

「まず、基礎体力トレーニングから始める。ランニング、百周!」

「ひゃ、百周!?」

 明日香が悲鳴を上げた。

「文句を言うな! 始め!」

 全員が走り出した。

 結衣も必死に走った。

 管理局での訓練を思い出す。

 あの時も、辛かった。

 でも、今回はもっと厳しい。

「はあ、はあ……」

 五十周を過ぎたあたりで、息が上がってきた。

「大丈夫?」

 隣で、紫苑が走っていた。

 紫苑は余裕そうだ。

「う、うん……まだ、いける……」

「無理しないで」

「平気……」

 結衣は歯を食いしばって、走り続けた。

 七十周。

 八十周。

 九十周。

「あと、十周……!」

 結衣は最後の力を振り絞った。

 そして――

 ついに、百周を完走した。

「はあ、はあ、はあ……!」

 結衣は地面に倒れ込んだ。

 体が動かない。

「よくやった」

 冴子が近づいてきた。

「だが、これは始まりに過ぎない。次は、筋力トレーニングだ」

「ま、まだあるんですか……」

「当然だ。立て」

 結衣は必死に立ち上がった。

 そして――

 腕立て伏せ、百回。

 腹筋、百回。

 スクワット、百回。

 全てをこなした。

「はあ、はあ……もう、無理……」

 結衣は限界だった。

 だが――

「次は、魔法訓練だ」

 冴子は容赦しなかった。

「全員、魔法を百回連続で撃て。休憩は許さない」

「ひゃ、百回……!?」

 だが、文句を言っている暇はなかった。

 結衣は魔法を撃ち始めた。

「ライトアロー」

 光の矢が放たれる。

「ライトアロー」

「ライトアロー」

「ライトアロー」

 何度も、何度も。

 魔力が削られていく。

『MP:200/310』

『MP:100/310』

『MP:10/310』

 ついに、魔力が底をついた。

「無理です……もう魔力が……」

「魔力が尽きても、絞り出せ! 限界を超えろ!」

 冴子の叫びに、結衣は歯を食いしばった。

「うあああああっ!」

 限界を超えて、魔力を絞り出す。

 体が悲鳴を上げる。

 でも――

「ライトアロー!」

 光の矢が、わずかに放たれた。

『MP:-5/310――魔力超過使用』

 マイナスになった。

 これは危険だ。

 魔力を使いすぎると、魂が傷つく。

 でも――

「もう一回!」

 結衣は限界を超えた。

「ライトアロー!」

『MP:-10/310』

 そして――

 意識が途切れた。


 目を覚ますと、医務室だった。

「うっ……」

 頭が痛い。

 体も痛い。

 全身が筋肉痛だ。

「起きた?」

 隣で、紫苑が心配そうに見ていた。

「紫苑……」

「無理しすぎだよ。魔力をマイナスにするなんて」

「ごめん……」

「謝らないで。でも、もっと自分を大事にして」

 紫苑は結衣の手を握った。

「結衣が倒れたら、私……」

 紫苑の目が潤んでいた。

 結衣は罪悪感を感じた。

「ごめん……心配かけて」

「いいよ。とにかく、今は休んで」

「でも、訓練は……」

「今日はもう終わり。明日また頑張ればいい」

 紫苑は優しく微笑んだ。

 結衣は安心した。

「ありがとう……」

「どういたしまして」

 二人は手を繋いだまま、しばらく黙っていた。

「ねえ、紫苑」

「ん?」

「三日後の戦い……勝てるかな」

 結衣は不安を口にした。

「政府が本気で来るんでしょ? 私たちで、勝てるの?」

 紫苑は少し考えてから答えた。

「わからない」

「え?」

「正直、わからない。政府の戦力がどれだけかも、わからないし」

 紫苑は窓の外を見た。

「でも、戦うしかない。逃げても、追われ続ける」

「そうだよね……」

「だから、できることをやるだけ。全力で戦う」

 紫苑は結衣を見た。

「そして、生き残る。二人で」

「うん」

 結衣は頷いた。

「生き残ろう。絶対に」

「約束だよ」

 二人は指切りをした。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」

 子供みたいな約束。

 でも、二人にとっては――

 命をかけた約束だった。


 二日目の訓練は、さらに過酷だった。

 実戦形式の訓練。

 メンバー同士で、本気で戦う。

「結衣、行くよ!」

 明日香が拳を構えた。

「来て!」

 結衣は魔法で応戦した。

「ライトアロー!」

 光の矢が放たれる。

 明日香は横に転がって回避――

 そのまま接近してきた!

「速い!」

 結衣は【土壁(アースウォール)】で防御した。

 土の壁が出現する。

 だが――

 明日香の拳が、壁を粉砕した。

「【鋼鉄の拳(スチールフィスト)】!」

「うわっ!」

 結衣は横に飛んで回避した。

 そして、カウンター。

「【光の束縛(ライトバインド)】!」

 光の鎖が、明日香を捕らえた。

「やった!」

 だが、明日香は力任せに鎖を引きちぎった。

「甘い!」

 明日香の拳が、結衣の腹に命中した。

「ぐっ!」

『HP:200/300』

 ダメージが重い。

「参った……」

 結衣は降参した。

「ふう、いい勝負だった」

 明日香は手を差し伸べた。

 結衣はその手を取った。

「ありがとう。勉強になった」

「こちらこそ。結衣の魔法、本当に厄介だよ」

 二人は笑い合った。

 次は、紫苑と山本の対戦だった。

「じゃあ、始めるぞ」

 山本が斧を構えた。

 紫苑も剣を構える。

「お願いします」

 二人が激突した。

 キィィィン!

 金属音が響く。

 山本の斧と、紫苑の剣が火花を散らす。

「でやああああっ!」

 山本の力任せの攻撃。

 だが、紫苑は冷静に受け流した。

 そして、カウンター。

「はあっ!」

 紫苑の剣が、山本の脇腹を斬った。

『山本太郎:HP 450/550』

「くっ、やるな!」

 山本は嬉しそうに笑った。

「もっと来い!」

 二人の戦いは、激しさを増していった。

 結衣は、その様子を見ていた。

 皆、強い。

 本当に強い​​​​​​​​​​​​​​​​解放戦線のメンバーは、全員が実戦経験豊富だ。

「私も、もっと強くならないと……」

 結衣は拳を握りしめた。

 紫苑を守るために。

 仲間を守るために。

 もっと、もっと強く。

「結衣、次は私と戦おう」

 冴子が近づいてきた。

「え、冴子さんと?」

「ああ。君の実力を、直接見たい」

 冴子は双剣を抜いた。

「全力で来なさい」

「は、はい!」

 結衣は緊張した。

 冴子はレベル45。

 結衣はレベル30。

 15もの差がある。

「始め!」

 冴子が動いた。

 速い!

 一瞬で、結衣の目の前に現れた。

「っ!」

 結衣は反射的に【土壁(アースウォール)】を展開した。

 だが――

 冴子の剣が、壁を紙のように切り裂いた。

「甘い!」

 冴子の剣が、結衣の首筋に当てられた。

「そこまで」

 一瞬で、決着がついた。

「つ、強い……」

 結衣は驚愕した。

「君の防御は、読みやすい」

 冴子は剣を収めた。

「魔法に頼りすぎている。もっと、体術も鍛えなさい」

「体術……」

「ああ。魔法使いでも、最低限の近接戦闘能力は必要だ」

 冴子は結衣に短剣を渡した。

「これを使って、近接戦闘の訓練をしなさい」

「わかりました」

 結衣は短剣を受け取った。

 そして――

 午後いっぱい、近接戦闘の訓練をした。

 冴子に何度も何度も倒された。

 でも、その度に学んだ。

 相手の動きを読むこと。

 無駄な動きをしないこと。

 急所を狙うこと。

「よくなってきた」

 夕方、冴子が言った。

「この調子で、明日も頑張りなさい」

「はい!」

 結衣は疲労困憊だったが――

 確かな手応えを感じていた。

 強くなっている。

 確実に。


 訓練二日目の夜。

 結衣は部屋で、体のケアをしていた。

 湿布を貼り、筋肉をほぐす。

「痛たた……」

 全身が悲鳴を上げている。

「大丈夫?」

 紫苑が入ってきた。

 手には、軟膏を持っている。

「これ、塗ってあげる」

「ありがとう」

 紫苑は結衣の背中に軟膏を塗り始めた。

「ひゃっ、冷たい」

「我慢して」

 紫苑の手が、優しく結衣の体を撫でる。

「気持ちいい……」

「そう? 良かった」

 紫苑は丁寧に、結衣の全身に軟膏を塗った。

「はい、終わり」

「ありがとう、紫苑」

「どういたしまして」

 紫苑は結衣の隣に座った。

「明日が、最終日だね」

「うん……」

「そして、明後日が……」

「決戦……」

 二人は沈黙した。

 重い空気。

「ねえ、結衣」

 紫苑が口を開いた。

「もし、私が死んだら……」

「やめて」

 結衣は紫苑の口を塞いだ。

「そんなこと、言わないで」

「でも……」

「ダメ。絶対に死なせない」

 結衣は紫苑を抱きしめた。

「私が、絶対に守る」

「結衣……」

「だから、そんなこと言わないで」

 結衣の目から、涙が溢れた。

「お願い……」

 紫苑も涙を流した。

「ごめん……ごめんね……」

 二人は抱き合ったまま、泣いた。

 恐怖。

 不安。

 全てを、涙と共に流した。

 やがて、涙が止まった。

「紫苑」

「ん?」

「もし、私たちが生き残ったら……」

 結衣は紫苑の目を見た。

「どこか、遠くに行こう。二人だけで」

「遠く?」

「うん。海外とか。政府の手が届かないところ」

 結衣は微笑んだ。

「そこで、二人で静かに暮らすの」

「いいね……」

 紫苑も微笑んだ。

「どこに行く?」

「うーん……南の島とか?」

「いいね。温かくて、海が綺麗なところ」

「毎日、ビーチで過ごして」

「夜は、星を見ながら」

「二人で、お酒を飲んで」

「そして、愛し合う」

 二人は笑い合った。

「絶対、そうしようね」

「うん、約束」

 二人は唇を重ねた。

 優しいキス。

 やがて、キスが深くなっていく。

「結衣……」

「紫苑……」

 二人は服を脱ぎ始めた。

「今夜は……最後まで、しよう」

 結衣が囁いた。

「最後まで……?」

「うん。明日が決戦前夜だから」

 結衣は紫苑の唇にキスをした。

「だから、今夜は……紫苑と、一つになりたい」

 紫苑の顔が赤くなった。

「わ、私も……結衣と、一つになりたい……」

 二人は裸で抱き合った。

 肌と肌が触れ合う。

 温かい。

「紫苑……」

「結衣……」

 結衣の手が、紫苑の体を愛撫した。

 胸。

 お腹。

 太もも。

 そして――

 最も敏感な場所。

「んっ……」

 紫苑が声を漏らした。

「気持ちいい?」

「うん……すごく……」

 結衣は指を動かし続けた。

 紫苑の反応を確かめながら。

「あっ、あぁ……結衣……」

 紫苑の体が震え始めた。

「もう、イきそう……」

「いいよ。イって」

 結衣は動きを速めた。

「あっ、ああああっ!」

 紫苑の体が激しく痙攣した。

 絶頂に達した。

「はあ、はあ……」

 紫苑は荒い息をついた。

「すごかった……結衣……」

「紫苑が可愛かったから」

 結衣は微笑んだ。

「今度は、私の番」

 紫苑が結衣を押し倒した。

「ちゃんと、お返しするから」

「紫苑……」

 紫苑の手が、結衣の体を這った。

 そして――

 二人は、朝まで愛し合った。

 お互いの体を。

 お互いの心を。

 全てを確かめ合った。

 もし、明日死ぬとしても。

 今夜のことは、忘れない。

 永遠に。


 訓練最終日。

 朝から、全員が緊張した面持ちだった。

 明日が、決戦。

 今日が、最後の準備。

「全員、集合!」

 冴子の号令で、全員が訓練場に集まった。

「今日は、最終確認だ」

 冴子は地図を広げた。

「明日、政府軍は三方向から攻めてくる」

 地図には、三本の矢印が書かれていた。

「北から、特殊部隊が五十名」

「東から、機動部隊が三十名」

「南から、重装備部隊が二十名」

「合計、百名の兵力だ」

 全員がため息をついた。

 百名。

 対して、解放戦線は三十五名。

 三倍近い戦力差。

「勝てるんですか?」

 一人のメンバーが聞いた。

「勝つしかない」

 冴子は断言した。

「我々には、地の利がある。ここは山の中だ。地形を活かせば、数の差は埋められる」

 冴子は配置図を見せた。

「北は、紫苑と山本が率いる十名で守る」

「東は、私と結衣が率いる十名で守る」

「南は、明日香とヒューゴが率いる十名で守る」

「残り五名は、予備戦力として待機」

「各自、持ち場を死守しろ。突破されたら、全滅だ」

 全員が緊張した表情で頷いた。

「では、各班ごとに打ち合わせをしろ。明日の朝、出撃する」

 全員が散開した。

 結衣は紫苑と顔を見合わせた。

「別々の戦場なんだ……」

「うん……」

 二人は不安だった。

 お互いの姿が見えない戦場。

 もし、どちらかが――

「大丈夫」

 紫苑が言った。

「絶対に、生き残る。そして、また会おう」

「うん」

 結衣は頷いた。

「約束だよ」

「約束」

 二人は抱き合った。

 長い時間。

 離れたくなかった。

 でも――

「行かないと」

「うん」

 二人は離れた。

 それぞれの班に向かった。

 振り返ると、紫苑が手を振っていた。

 結衣も手を振り返した。

 そして――

 二人は、別々の道を歩き始めた。

 明日、再び会えることを信じて。


 その夜。

 結衣は一人、屋上にいた。

 満月が、また空に浮かんでいる。

「明日か……」

 結衣は月を見上げた。

 怖い。

 正直、怖い。

 死ぬかもしれない。

 紫苑を失うかもしれない。

 でも――

「戦うしかない」

 結衣は拳を握りしめた。

「私には、守りたいものがある」

 紫苑。

 仲間たち。

 そして――

 自由。

「絶対に、勝つ」

 結衣は決意を新たにした。

「結衣」

 背後から、声がした。

 振り返ると――

 紫苑が立っていた。

「やっぱり、ここにいたんだ」

「紫苑……どうして?」

「結衣に会いたくなって」

 紫苑は結衣の隣に来た。

「最後の夜だから」

「最後って……縁起でもないこと言わないでよ」

「ごめん」

 紫苑は笑った。

「でも、本当に最後かもしれないじゃん」

「……そうだね」

 二人は沈黙した。

「ねえ、結衣」

「ん?」

「もし、どちらかが死んだら……」

「また、その話?」

「聞いて」

 紫苑は真剣な顔になった。

「もし、私が死んで、結衣が生き残ったら……」

「紫苑……」

「生きて。ちゃんと、生きて」

 紫苑は結衣の手を握った。

「私の分まで、幸せになって」

「やだ」

 結衣は首を振った。

「紫苑がいない人生なんて、意味ない」

「結衣……」

「私、紫苑と一緒じゃなきゃ嫌」

 結衣は涙を流した。

「だから、絶対に死なないで」

「……わかった」

 紫苑も涙を流した。

「約束する。絶対に、生き残る」

「うん」

 二人は抱き合った。

「愛してる、紫苑」

「私も、愛してる、結衣」

 二人は深くキスを交わした。

 月明かりの下で。

 最後の夜を。

 二人だけの時間を。

 大切に過ごした。

 やがて、夜が明けた。

 決戦の日が、来た。


 朝六時。

 全員が武装し、それぞれの持ち場に向かった。

 結衣は東の防衛線に。

 紫苑は北の防衛線に。

 明日香は南の防衛線に。

「じゃあ、行ってくる」

 紫苑が結衣に言った。

「うん。気をつけてね」

「結衣も」

 二人は抱き合った。

 そして――

 最後のキスを交わした。

「また、会おう」

「うん、絶対に」

 二人は離れた。

 それぞれの戦場へ。

 結衣は東の防衛線に到着した。

 冴子と、他の九名のメンバーが待っていた。

「全員、配置についたか?」

 冴子が確認した。

「はい!」

 全員が返事をした。

「よし。では、敵を待つ」

 全員が、茂みや岩陰に隠れた。

 待つこと、一時間。

 ついに――

 遠くから、足音が聞こえてきた。

「来た……!」

 結衣は緊張した。

 政府軍だ。

 三十名の機動部隊。

 全員、重装備で武装している。

「撃て!」

 冴子の号令で、全員が攻撃を開始した。

 魔法が飛び交う。

 銃声が響く。

 戦いが――

 始まった。

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