第9話
東京郊外の森。
夜明け前の薄暗い中、結衣と紫苑は走り続けていた。
「はあ、はあ……」
結衣の息が上がる。
訓練で体力はついたが、それでも限界はある。
「結衣、大丈夫?」
「うん……まだ、いける……」
二人は管理局から三時間、走り続けていた。
途中、何度か休憩を挟んだが、基本的には移動し続けた。
できるだけ遠くへ。
できるだけ早く。
「あそこで休もう」
紫苑が廃屋を指差した。
古びた木造の建物。
窓は割れ、壁は崩れかけている。
だが、雨風は凌げそうだ。
二人は廃屋の中に入った。
「ふう……」
結衣は床に座り込んだ。
足が痛い。
全身が疲労で重い。
「水、飲んで」
紫苑が水筒を差し出した。
結衣は受け取り、一気に飲み干した。
「ぷはっ……生き返った……」
「ごめんね、無理させて」
「ううん、紫苑のせいじゃない」
結衣は笑った。
「これは、私たちが選んだ道だから」
紫苑は結衣の隣に座った。
「これから、どうしよう」
「とりあえず、東京から離れないと。政府の追跡が来るかもしれない」
「どこに行く?」
「うーん……」
結衣は考えた。
日本は狭い。
どこに逃げても、見つかる可能性がある。
「海外に行くのは?」
「パスポート、持ってないよ」
「じゃあ……」
二人は途方に暮れた。
その時――
廃屋の外から、足音が聞こえた。
「!」
結衣と紫苑は警戒した。
「誰かいる……」
紫苑が剣を構えた。
結衣も魔法を準備する。
扉が開いた。
入ってきたのは――
「やあ、こんなところで会うとはね」
明日香だった。
管理局の訓練生、桜井明日香。
「明日香!?」
結衣は驚いた。
「どうして、ここに……」
「追いかけてきたのよ」
明日香は笑った。
「あなたたち、逃げたでしょ? 私、見ちゃったんだ」
「……見てたの?」
「うん。偶然、トイレに起きたら、二人が走ってるのが見えて」
明日香は荷物を下ろした。
「だから、私も逃げることにした」
「え?」
「私も、管理局にいたくなかったから。いいタイミングだと思って」
明日香はあっけらかんと言った。
「それに、一人より三人の方が安全でしょ?」
結衣と紫苑は顔を見合わせた。
「でも、明日香まで巻き込むわけには……」
「巻き込むも何も、私が勝手についてきたの」
明日香は結衣の肩を叩いた。
「仲間でしょ? 助け合おうよ」
結衣は迷ったが――
紫苑が言った。
「ありがとう、明日香」
「お、紫苑は話が早いね」
「一人より、確かに三人の方がいい。よろしくね」
紫苑は明日香に手を差し伸べた。
明日香はその手を握った。
「よろしく、相棒たち」
こうして――
三人のチームが結成された。
夜が明けた。
三人は廃屋を出て、近くの街に向かった。
小さな地方都市。
人口は三万人ほど。
「まず、食料を調達しないと」
明日香が言った。
「お金はある?」
「少しだけ……」
結衣は財布を確認した。
管理局を出る時に持ち出した現金。
一万円ほど。
「これじゃ、すぐになくなっちゃうね」
「働く?」
「覚醒者の私たちが? 身分証もないのに?」
「じゃあ……」
三人は悩んだ。
その時、街の掲示板に貼られたポスターが目に入った。
『緊急募集! ダンジョン攻略パーティー! 報酬:一人10万円!』
「ダンジョン……!」
結衣は目を輝かせた。
「これなら、私たちでもできる!」
「でも、危なくない?」
「大丈夫。私たち、訓練で強くなったんだから」
結衣は自信があった。
レベル22。
多くの魔法を習得した。
紫苑はレベル28で、魔剣を制御できる。
明日香もレベル14で、格闘術が得意だ。
三人なら、中級ダンジョンくらいなら攻略できるはずだ。
「じゃあ、行ってみよう」
三人はポスターに書かれた場所に向かった。
ダンジョンゲートの前には、すでに多くの覚醒者が集まっていた。
だが、皆、不安そうな顔をしていた。
「なんで?」
結衣は周囲を見回した。
一人の男性に声をかけた。
「あの、このダンジョン、何か問題があるんですか?」
「ああ、知らないのか? ここは『呪いのダンジョン』って呼ばれてるんだ」
「呪い?」
「そう。入った者の多くが、死んでる。もしくは、精神に異常をきたして戻ってくる」
男性は怖い顔をした。
「だから、誰も入りたがらない。報酬が高いのは、それだけ危険だからだ」
結衣は紫苑と明日香を見た。
「どうする?」
「……行くしかないでしょ」
紫苑が言った。
「お金がないと、生きていけない」
「私も賛成」
明日香も頷いた。
「覚悟はできてる」
「じゃあ、行こう」
三人はゲートの前に立った。
警備員が声をかけてきた。
「君たち、本気で入るのか?」
「はい」
「……わかった。では、契約書にサインを」
契約書には、簡単な内容が書かれていた。
・ダンジョン攻略に成功した場合、一人10万円を支払う
・失敗した場合、一切の補償はしない
・死亡した場合、遺体の回収は保証しない
過酷な内容だった。
だが、三人はサインした。
「では、健闘を祈る」
警備員が敬礼した。
三人は、ゲートに飛び込んだ。
ダンジョンの中は――
おかしかった。
まず、空気が違う。
重い。
まるで、水の中にいるような感覚。
「うっ……」
結衣は呼吸が苦しくなった。
「これ、何……?」
「魔力が、濃すぎる……」
紫苑も顔色が悪い。
「早く進まないと……このままじゃ、魔力に当てられる……」
三人は前に進んだ。
石造りの迷宮。
だが、壁には奇妙な文字が刻まれている。
結衣は鑑定スキルを使った。
『古代魔法文字――内容:呪詛、怨念、憎悪』
「呪いの文字……!」
この文字が、ダンジョンに影響を与えているのか。
「敵が来る!」
紫苑が叫んだ。
前方から――
影が現れた。
人型だが、体が透けている。
幽霊?
『鑑定』
『名前:怨霊兵――レベル25――HP:500/500』
レベル25!
「まずい、こいつ強い!」
結衣は魔法を放った。
「ファイアボルト!」
火球が怨霊兵に命中した。
だが――
『怨霊兵:HP 500/500――物理・魔法無効』
ダメージが入らない!?
「無効!?」
「霊体だから、通常攻撃が効かないのか!」
紫苑も剣で斬りかかったが、剣が素通りした。
「くそっ!」
怨霊兵が反撃してきた。
透明な剣が、紫苑を斬った。
「ぐっ!」
『紫苑:HP 550/650』
ダメージが入った。
こちらの攻撃は効かないのに、向こうの攻撃は効く。
理不尽だ。
「どうすれば……!」
その時、明日香が叫んだ。
「聖属性の攻撃なら効くはず!」
「聖属性!?」
「そう! 霊体には、聖なる力が有効なの!」
「でも、私、聖属性の魔法なんて……」
「待って!」
紫苑が剣を構えた。
「私の魔剣には、聖と魔、両方の力がある!」
紫苑の剣が――白く光った。
「【聖剣解放(セイントブレイド)】!」
光の剣が、怨霊兵を斬り裂いた。
『怨霊兵:HP 0/500――撃破』
怨霊兵が消滅した。
「やった!」
「でも、まだいる!」
奥から、さらに五体の怨霊兵が現れた。
「くそっ、多すぎる!」
紫苑が一体ずつ斬っていくが、数が多い。
「結衣、何か方法は!?」
「わ、わからない! 聖属性の魔法なんて、習ってない!」
結衣は焦った。
このままじゃ――
全滅する。
その時、結衣の左手の指輪――呪いの指輪が、熱くなった。
「あつっ!」
指輪から、黒いオーラが溢れ出した。
『呪いの指輪が共鳴しています――新スキル解放:闇魔法』
「闇魔法……!?」
結衣の脳内に、新しい知識が流れ込んできた。
闇の魔法。
死と破壊の魔法。
そして――霊体を操る魔法。
「これなら……!」
結衣は魔力を集中させた。
「闇よ、我が敵を飲み込め――【暗黒の鎖(ダークチェイン)】!」
結衣の周囲から、黒い鎖が出現した。
鎖は怨霊兵たちを捕らえ、拘束した。
『怨霊兵×5――行動不能』
「今だ、紫苑!」
「了解!」
紫苑が五体をまとめて斬り裂いた。
『怨霊兵×5撃破――経験値+1000』
「やった……!」
結衣は膝をついた。
『MP:50/280』
魔力を大量に消費した。
「結衣、大丈夫?」
明日香が駆け寄ってきた。
「う、うん……ちょっと疲れただけ……」
「休憩しよう。このペースじゃ持たない」
三人は安全な場所を探した。
ダンジョンの奥深く。
三人は小さな部屋を見つけ、休憩していた。
「はあ……疲れた……」
明日香が地面に寝転がった。
「このダンジョン、異常だよ……」
「うん……」
結衣も同意した。
これまで攻略してきたダンジョンとは、明らかに違う。
敵が強い。
環境が過酷。
魔力の消費が激しい。
「このまま進んで、本当に大丈夫かな……」
結衣は不安になった。
「大丈夫」
紫苑が言った。
「私たちなら、できる」
「でも……」
「結衣を信じてる。結衣の魔法は、すごく強い」
紫苑は結衣の手を握った。
「一緒なら、乗り越えられる」
結衣は紫苑の目を見た。
真っ直ぐな瞳。
信頼の眼差し。
「……うん。頑張る」
結衣は立ち上がった。
「休憩終わり。先に進もう」
「おっけー」
明日香も立ち上がった。
三人は再び、ダンジョンの奥へと進んだ。
そして――
ついに、ボス部屋に到着した。
巨大な扉。
扉には、呪いの文字が無数に刻まれている。
「この奥が……ボス部屋」
結衣は深呼吸した。
「準備はいい?」
「いつでも」
紫苑が剣を抜いた。
「私も大丈夫」
明日香も拳を構えた。
「じゃあ、行こう」
結衣が扉を押した。
ギギギ……
重い音を立てて、扉が開いた。
部屋の中は――
暗闇だった。
何も見えない。
「暗い……」
結衣は魔法で光を作ろうとした。
だが――
「やめておけ」
低い声が響いた。
男の声。
いや、違う。
人間の声じゃない。
もっと深い。
もっと禍々しい。
「誰!?」
紫苑が警戒した。
闇の中から――
巨大な影が現れた。
身長三メートルはある。
黒いローブを纏い、顔は髑髏。
手には、巨大な鎌を持っている。
『鑑定』
『名前:死神――レベル40――HP:5000/5000』
レベル40!?
「嘘でしょ……」
結衣は絶望した。
レベル差が大きすぎる。
勝てるわけがない。
「よくぞここまで来た、生者たちよ」
死神が喋った。
「だが、ここから先には進ませぬ」
死神が鎌を構えた。
「貴様らの魂、我がいただく」
死神が――襲いかかってきた!
「逃げて!」
紫苑が叫んだ。
三人は散開した。
死神の鎌が、地面を叩き割った。
石畳が砕け散る。
「くそっ、速い!」
明日香が拳で殴りかかった。
だが、死神はローブで攻撃を受け流した。
そして、カウンター。
鎌が明日香を薙ぎ払った。
「ぐあっ!」
明日香が吹き飛ばされた。
『桜井明日香:HP 30/200――重傷』
一撃で瀕死!
「明日香!」
結衣は魔法を放った。
「ファイアボルト! サンダーボルト! ウィンドカッター!」
三つの魔法が、死神に命中した。
だが――
『死神:HP 4950/5000』
ほとんどダメージが入らない!
「効かない……!」
「ならば、これならどうだ!」
紫苑が魔剣を解放した。
「【魔剣解放(ダークブレイド)】――100%!」
紫苑の剣が、巨大化した。
黒いオーラを纏った、巨大な剣。
「はああああああっ!」
紫苑が全力で振り下ろした。
死神の体が――真っ二つに斬り裂かれた。
『死神:HP 3000/5000』
大ダメージ!
「やった!?」
だが――
死神は再生した。
斬り裂かれた体が、元に戻っていく。
「再生……!?」
「無駄だ」
死神が笑った。
「我は不死身。貴様らでは、倒せぬ」
「くそっ……!」
紫苑が再び斬りかかったが、死神は鎌で受け止めた。
そして――
紫苑を蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
『紫苑:HP 300/650』
紫苑もダメージを受けた。
結衣は焦った。
どうすれば……
どうすれば、この化け物を倒せる……!?
その時――
結衣の指輪が、再び熱くなった。
『呪いの指輪が共鳴しています――隠しスキル解放:死霊操作』
「死霊操作……!」
新しい知識が、結衣の脳に流れ込む。
死者を操る魔法。
霊を支配する魔法。
「これなら……もしかして……!」
結衣は全MPを集中させた。
「闇の王よ、我が命令を聞き届けよ――汝、我に従え――【死霊支配(ネクロマンシー)】!」
黒い魔力が、死神を包み込んだ。
死神が――動きを止めた。
「な、何だ……これは……!」
「支配したの……!?」
紫苑が驚いた。
結衣は必死に魔力を維持した。
『MP:0/280――魔力枯渇寸前』
もう限界だ。
でも――
「紫苑! 今のうちに、核を破壊して!」
「核!?」
「死神の胸の中に、魔力の核がある! それを壊せば、倒せる!」
鑑定スキルで見えた情報。
死神の弱点。
「わかった!」
紫苑が走り出した。
剣を構える。
「【聖剣解放(セイントブレイド)】!」
聖なる光の剣が、死神の胸を貫いた。
ガシャン!
何かが砕ける音。
死神の体が――崩れ落ちた。
『死神撃破――経験値+5000』
『レベルアップ! レベル22→26』
「やった……!」
結衣は膝をついた。
意識が遠のく。
「結衣!」
紫苑が駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「う、うん……疲れただけ……」
「ありがとう……結衣のおかげで、勝てた……」
紫苑は結衣を抱きしめた。
「結衣、大好き……」
「私も……紫苑、大好き……」
二人は抱き合った。
明日香も、ゆっくりと立ち上がってきた。
「二人とも、すごかったよ……」
「明日香も、よく頑張ったよ」
三人は笑い合った。
そして――
ボス部屋の奥に、宝箱が出現した。
『ダンジョンクリア――報酬を獲得しました』
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