第8話
一ヶ月が経過した。
結衣のレベルは22に、紫苑のレベルは28になっていた。
訓練の成果が、確実に現れている。
結衣の魔法は、より精密に、より強力になった。
新しい魔法も習得した。
『雷撃(サンダーボルト)』『風刃(ウィンドカッター)』『土壁(アースウォール)』
攻撃魔法だけでなく、防御魔法も使えるようになった。
紫苑も成長していた。
魔剣の制御が、格段に上達した。
今では、50%の出力でも安定して使えるようになっていた。
「すごいね、紫苑」
訓練場で、結衣は紫苑の戦いを見ていた。
紫苑は訓練用のゴーレムと戦っていた。
巨大な石の人形。
レベル30相当の強さを持つ。
だが、紫苑は余裕で戦っていた。
「はあっ!」
魔剣が、ゴーレムの腕を斬り落とした。
ゴーレムが倒れる。
『ゴーレム撃破』
「やった!」
紫苑は嬉しそうに笑った。
そして、結衣に駆け寄ってきた。
「見てた? すごかったでしょ?」
「うん、すごかった」
結衣は紫苑を抱きしめた。
「本当に、強くなったね」
「結衣のおかげだよ」
紫苑は結衣の頬にキスをした。
「結衣が支えてくれるから、頑張れる」
二人は笑い合った。
だが――
その時、訓練場の扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、見知らぬ男性だった。
三十代くらい。黒いスーツ。冷たい目。
『鑑定』
『名前:不明――レベル:???――職業:???』
鑑定が効かない。
結衣は警戒した。
「誰だ?」
北条所長が男に近づいた。
「北条所長、お久しぶりです」
男は冷たく笑った。
「私は、政府特殊対策部の柳沢と申します」
「政府の……?」
「はい。堕天者管理局の視察に参りました」
柳沢と名乗った男は、訓練生たちを見回した。
その目は――
まるで、物を見るような目だった。
「ほう……なかなか優秀な訓練生が揃っていますね」
「何の用だ」
北条所長の声が険しい。
「単刀直入に申し上げます」
柳沢は紫苑を指差した。
「彼女を、政府に引き渡していただきたい」
「何だと!?」
北条所長が怒鳴った。
「どういうつもりだ!」
「彼女の力は、国家にとって有用です。我々が、適切に『活用』させていただきます」
「ふざけるな! 紫苑は訓練生だ! 道具ではない!」
「道具? いいえ、違います」
柳沢は冷たく笑った。
「彼女は『兵器』です。国家の安全保障のために、利用されるべき存在です」
結衣は怒りで震えた。
「紫苑を、兵器だと……!?」
「その通り」
柳沢は結衣を見た。
「あなたは、桐谷結衣さんですね。彼女のパートナー」
「だったら何!?」
「あなたには関係のない話です。大人しく引き下がることをお勧めします」
「ふざけないで!」
結衣は魔法を構えた。
「紫苑は、渡さない!」
「結衣、やめて!」
紫苑が結衣を止めた。
「相手にしちゃダメ!」
「でも!」
「柳沢」
北条所長が割って入った。
「帰れ。ここは、私の管轄だ。お前たちの好きにはさせん」
「残念ですが、これは政府の命令です」
柳沢は書類を取り出した。
「堕天者紫苑の身柄を、政府特殊対策部に引き渡すこと。拒否した場合、管理局の予算を全て凍結する」
北条所長の顔色が変わった。
「……脅迫か」
「いいえ、取引です」
柳沢は書類を北条所長に渡した。
「明日までに、返事をお聞かせください」
柳沢は去っていった。
訓練場に、重い沈黙が落ちた。
その夜。
結衣と紫苑は、部屋で話し合っていた。
「どうしよう……」
結衣は頭を抱えた。
「政府が、紫苑を連れて行こうとしてる……」
「大丈夫」
紫苑は落ち着いていた。
「北条所長が、何とかしてくれる」
「でも、予算を凍結されたら……」
「……わからない」
紫苑も不安そうだった。
「もし、私が政府に行けば……結衣と、離れ離れになっちゃう」
「そんなの、絶対に嫌!」
結衣は紫苑を抱きしめた。
「私、紫苑と離れたくない!」
「私も……」
紫苑は涙を流した。
「でも、どうすれば……」
二人は抱き合ったまま、しばらく黙っていた。
そして――
結衣が決意した。
「逃げよう」
「え?」
「ここから逃げるの。二人で」
結衣は真剣な目で紫苑を見た。
「政府にも、管理局にも、縛られない。私たちだけで、生きていこう」
「で、でも……」
「大丈夫。私、もう十分強くなった。紫苑もそう。二人なら、どこでも生きていける」
結衣の言葉に、紫苑は迷った。
「……本当に、いいの?」
「いいも悪いもない。これしかないでしょ」
結衣は紫苑の手を握った。
「私は、あなたと一緒にいたい。それだけ」
紫苑の目から、また涙が溢れた。
「結衣……ありがとう……」
「じゃあ、決まり。今夜中に逃げよう」
「うん」
二人は荷物をまとめ始めた。
最小限の荷物だけ。
着替え。
お金。
武器。
「準備、できた?」
「うん」
「じゃあ、行こう」
二人は部屋を出た。
深夜二時。
廊下に人はいない。
警備員も、巡回の時間がある。
その隙を突いて、脱出する。
「こっち」
結衣は魔力感知で、警備員の位置を探った。
三階に二人。
一階に一人。
地下に一人。
「一階の警備員を避けないと……」
「任せて」
紫苑が先に進んだ。
階段を降りる。
足音を立てないように。
一階に着いた。
警備員が、廊下の奥にいる。
「今だ!」
紫苑が走り出した。
結衣も続く。
玄関に向かう。
だが――
「そこまでだ」
背後から、声がした。
振り返ると――
北条所長が立っていた。
「しょ、所長……」
結衣は驚いた。
「逃げるつもりか?」
「……はい」
結衣は正直に答えた。
「私たち、政府には渡りたくありません」
「そうか」
北条所長は頷いた。
「ならば、行け」
「え……?」
「私は、何も見なかった。お前たちは、ここにはいなかった」
北条所長は目を閉じた。
「早く行け。夜明けまでに、できるだけ遠くへ」
「所長……!」
紫苑は涙を流した。
「ありがとうございます……!」
「礼はいい。ただ、一つだけ約束しろ」
「何でしょう?」
「お前たちの力を、正しく使え。人を傷つけるためではなく、人を守るために」
「……約束します」
紫苑は深く頭を下げた。
「では、行け」
二人は走り出した。
玄関を抜け、外に出た。
夜の闇が、二人を包んだ。
「ありがとう、所長……」
結衣は振り返った。
北条所長の姿は、もう見えなかった。
「さあ、行こう」
紫苑が手を引いた。
二人は、闇の中を走った。
新しい人生に向かって。
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