第7話
紫苑が目を覚ましたのは、訓練場の医務室だった。
「ん……」
頭が痛い。
額に手を当てると、包帯が巻かれていた。
「気がついた?」
隣で、結衣が心配そうに見つめていた。
「結衣……私、また……」
「大丈夫。怪我は軽いから」
結衣は優しく微笑んだ。
だが、その目は泣きそうだった。
「ごめん……心配かけて……」
「謝らないで。紫苑は悪くない」
結衣は紫苑の手を握った。
「これから、一緒に頑張ろう。あなたが力をコントロールできるまで」
「うん……」
紫苑は頷いた。
「私、頑張る。結衣のためにも」
二人は抱き合った。
扉が開いた。
北条所長が入ってきた。
「気分はどうだ?」
「大丈夫です……すみません、ご迷惑を……」
「気にするな。これも訓練の一環だ」
北条所長は椅子に座った。
「紫苑君。君の力は、確かに強大だ。だが、今のままでは使いこなせない」
「……はい」
「だからこそ、これから三ヶ月間――集中訓練を行う」
「三ヶ月……」
「ああ。その間、君たちはここに滞在することになる」
結衣が聞いた。
「学校は?」
「休学扱いにする。だが、心配はいらない。ここでも勉強はできる」
北条所長は資料を見せた。
「この施設には、教育プログラムもある。君たちのレベルに合わせた授業を受けられる」
「わかりました……」
結衣は覚悟を決めた。
三ヶ月。
長い。
でも、紫苑のためなら。
「では、明日から本格的な訓練を始める。今日はゆっくり休みたまえ」
北条所長は部屋を出ていった。
二人きりになった。
「結衣……本当にいいの? 三ヶ月も、ここにいて……」
「当然でしょ。私たち、パートナーなんだから」
結衣は笑った。
「それに……紫苑と一緒なら、どこでもいい」
紫苑の目が潤んだ。
「結衣……ありがとう……」
「さ、部屋に戻ろう。今日は休まないと」
二人は医務室を出た。
結衣と紫苑に割り当てられた部屋は、二人部屋だった。
ベッドが二つ。机が二つ。シンプルだが、清潔な部屋。
「ここで三ヶ月か……」
結衣は荷物を置いた。
病院から持ってきた、最低限の荷物だけ。
着替えと、スマートフォンと、充電器。
「結衣、シャワー浴びてくる」
「うん、行ってらっしゃい」
紫苑が浴室に消えた。
結衣は一人、ベッドに座った。
スマートフォンを見る。
両親からのメッセージが来ていた。
『大丈夫? 無理しないでね』
結衣は返信した。
『大丈夫。心配しないで』
両親には、訓練のことは話してある。
最初は反対されたが、結衣の決意を見て、最終的には許してくれた。
「ふう……」
結衣はベッドに横になった。
天井を見つめる。
これから、どうなるんだろう。
紫苑は、力をコントロールできるようになるんだろうか。
不安だった。
でも――
諦めるわけにはいかない。
紫苑を、支えないと。
浴室のドアが開いた。
「お待たせ」
紫苑が戻ってきた。
髪が濡れている。
パジャマ姿の紫苑は――
とても色っぽかった。
「け、結衣? どうしたの? 顔、赤いよ?」
「な、何でもない! 次、私がシャワー浴びてくる!」
結衣は慌てて浴室に逃げ込んだ。
扉を閉めて、深呼吸。
「落ち着け、結衣……」
でも、心臓は落ち着いてくれなかった。
紫苑の姿が、頭から離れない。
「やばい……好きすぎる……」
結衣は顔を両手で覆った。
こんなに誰かのことを考えるなんて、初めてだった。
シャワーを浴びて、気持ちを落ち着かせる。
だが、浴室を出ると――
紫苑が、結衣のベッドに座っていた。
「あの、結衣……」
「な、何?」
「今夜、一緒に寝てもいい?」
「え!?」
結衣の顔が真っ赤になった。
「だ、ダメかな……? やっぱり、変だよね……」
紫苑が俯いた。
「ち、違う! ダメじゃない! 全然ダメじゃない!」
結衣は慌てて否定した。
「じゃあ……」
「う、うん。一緒に寝よう」
結衣は自分のベッドに入った。
紫苑も、隣に潜り込んできた。
狭いシングルベッドに、二人。
体が密着する。
「あったかい……」
紫苑が呟いた。
「結衣の体温……落ち着く……」
「私も……」
結衣は紫苑の髪に顔を埋めた。
いい匂いがする。
シャンプーの香り。
そして、紫苑自身の香り。
「ねえ、結衣」
「ん?」
「怖いの」
紫苑の声が震えた。
「訓練……うまくいくかな……私、本当にコントロールできるようになるのかな……」
「大丈夫」
結衣は紫苑を抱きしめた。
「絶対に、できる。私が保証する」
「でも……もし失敗したら……もし、また暴走して、結衣を傷つけたら……」
「傷つけないよ」
結衣は紫苑の目を見た。
「だって、私はあなたの錨なんでしょ? あなたを繋ぎ止める存在」
「……うん」
「だから、大丈夫。私が、あなたをちゃんと引き戻す」
紫苑は涙を流した。
「ありがとう……結衣がいてくれて、本当に良かった……」
「私も。紫苑がいてくれて、本当に良かった」
二人は唇を重ねた。
優しいキス。
愛情を込めたキス。
やがて、キスが深くなっていく。
舌が絡み合う。
結衣の手が、紫苑の体を撫でる。
「んっ……結衣……」
「紫苑……」
二人は、夜が更けるまで愛し合った。
翌朝、午前六時。
アラームが鳴り響いた。
「うーん……」
結衣は眠そうに目をこすった。
隣で、紫苑も目を覚ました。
「おはよう……」
「おはよう……」
二人は朝の挨拶を交わした。
そして、気づいた。
抱き合ったまま、眠っていたことに。
「あ……」
「あ……」
二人の顔が赤くなった。
「き、着替えないと!」
結衣は慌ててベッドから飛び起きた。
紫苑も続く。
二人は訓練用の服に着替えた。
黒いタンクトップに、黒いパンツ。
動きやすい格好だ。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
二人は部屋を出た。
廊下には、他の訓練生たちも出てきていた。
皆、同じような服装。
「おはよう」
一人の少女が声をかけてきた。
小柄で、茶色の髪をショートカットにしている。
『鑑定』
『名前:桜井明日香――レベル14――職業:格闘家』
「おはよう」
結衣が返した。
「あなたたち、新入り? 私、桜井明日香。明日香でいいよ」
「私は桐谷結衣。結衣でいいです」
「私は紫苑」
「よろしくね! 訓練、一緒に頑張ろう!」
明日香は明るい性格のようだ。
三人は一緒に食堂に向かった。
食堂には、すでに多くの訓練生が集まっていた。
三十人はいるだろうか。
皆、十代から二十代の若者たちだ。
「ここの訓練生、みんな堕天者なの?」
結衣が聞いた。
「そう。みんな、何かしらの『特殊な力』を持ってる」
明日香が説明した。
「私は、『暴走格闘術』。感情が高ぶると、力が制御できなくなるの」
「そうなんだ……」
「でも、ここで訓練すれば、ちゃんとコントロールできるようになるって。だから頑張ってる」
明日香は笑顔で言った。
三人は食事を取った。
バランスの良い朝食。
パン、卵、サラダ、フルーツ。
「ここの食事、意外といいね」
結衣が言った。
「でしょ? 栄養管理もしっかりしてるし」
食事を終えると、全員が訓練場に集合した。
訓練場には、北条所長が立っていた。
「おはよう、諸君」
全員が姿勢を正した。
「今日から、新しい訓練生が二名加わった。紫苑君と、結衣君だ」
全員の視線が、二人に集まった。
「よろしく頼む」
紫苑が頭を下げた。
結衣も続く。
「よろしくお願いします」
「では、訓練を始める。まず、基礎体力トレーニングからだ」
北条所長の指示で、全員がランニングを始めた。
訓練場を、五十周。
「ごじゅ、五十周!?」
結衣は驚いた。
だが、他の訓練生たちはすでに走り始めている。
「頑張ろう、結衣」
紫苑が言った。
二人も走り出した。
最初は余裕だった。
だが、十周を過ぎたあたりから、息が上がってきた。
「はあ、はあ……」
結衣の足が重くなる。
「大丈夫?」
紫苑が心配そうに聞いた。
「だ、大丈夫……」
結衣は必死に走り続けた。
三十周。
四十周。
足が棒のようになった。
「もう、無理……」
結衣が膝をついた。
「結衣!」
紫苑が駆け寄ってきた。
「桐谷結衣!」
北条所長の声が響いた。
「諦めるな! 立て!」
「で、でも……」
「覚醒者は、常に限界を超えなければならない! 自分の弱さに負けるな!」
北条所長の言葉に、結衣は歯を食いしばった。
「……っ!」
立ち上がる。
足が震える。
でも――
「負けない……!」
結衣は再び走り出した。
紫苑も隣を走る。
「結衣、すごい……!」
「紫苑も、ね……!」
二人は並んで、最後まで走り抜いた。
五十周。
ゴール。
「はあ、はあ、はあ……!」
結衣は地面に倒れ込んだ。
体が動かない。
でも――
達成感があった。
「よくやった」
北条所長が近づいてきた。
「これが、訓練の第一歩だ」
「まだ、あるんですか……?」
結衣は絶望した。
「当然だ。次は、筋力トレーニングだ」
こうして――
結衣と紫苑の、地獄の三ヶ月が始まった。
一週間が経った。
結衣の体は、ボロボロだった。
全身が筋肉痛。
朝起きるのも辛い。
「痛い……痛い……」
ベッドから起き上がるのに、五分かかった。
「結衣、大丈夫?」
紫苑も辛そうだったが、結衣よりはマシなようだ。
「な、何とか……」
二人は食堂に向かった。
だが、結衣の足はふらついていた。
「結衣!」
紫苑が支えてくれた。
「ありがとう……」
食堂で朝食を取る。
今日のメニューは、プロテインシェイクとフルーツ。
「うっ……また、これ……」
結衣はプロテインが苦手だった。
でも、飲まないと体が持たない。
「頑張って」
紫苑が励ましてくれた。
結衣は一気に飲み干した。
「げほっ、げほっ……」
「大丈夫?」
「平気……平気だから……」
訓練場に向かう。
今日の訓練は――魔法制御訓練だった。
「今日は、魔力のコントロールを学ぶ」
北条所長が説明した。
「魔法は、ただ撃てばいいというものではない。状況に応じて、出力を調整する必要がある」
北条所長は的を指差した。
「あの的に、ファイアボルトを当てろ。ただし、的を燃やさず、印だけを焼くんだ」
「印だけ……?」
結衣は困惑した。
的の中心には、小さな印がある。
直径五センチほど。
その印だけを焼く。
つまり、魔法の威力と範囲を、精密に制御しなければならない。
「やってみます」
結衣は魔力を集中させた。
「ファイアボルト」
火球が放たれる。
だが――
的全体が燃えてしまった。
「失敗だ」
北条所長が言った。
「もう一度」
結衣は何度も挑戦した。
十回。
二十回。
三十回。
だが、うまくいかない。
魔力の制御が、難しい。
「くそっ……!」
結衣は悔しさに歯を食いしばった。
「結衣、焦らないで」
紫苑が隣に来た。
「魔法は、イメージが大事。威力じゃなくて、精度をイメージするの」
「精度……」
「うん。小さく、鋭く。ピンポイントで狙うイメージ」
結衣は紫苑のアドバイスを思い出しながら、もう一度挑戦した。
魔力を集中させる。
だが、今度は威力を抑える。
小さく。
鋭く。
「ファイアボルト」
小さな火球が放たれた。
的の中心――印に命中した。
ジュッ、と印だけが焼けた。
「やった!」
結衣は飛び上がった。
「できた! 紫苑、ありがとう!」
「良かった!」
紫苑も嬉しそうに笑った。
「合格だ」
北条所長が頷いた。
「次は、紫苑。お前の番だ」
「はい」
紫苑が前に出た。
「お前は、魔剣の制御を学ぶ」
北条所長は巨大な岩を指差した。
「あの岩を、魔剣で斬れ。ただし、岩を砕くな。表面に、一本の線を刻むだけだ」
「表面に、線を……」
紫苑は剣を抜いた。
深呼吸。
魔力を集中させる。
体から、黒いオーラが漏れ出す。
だが――
今度は、制御しようとしている。
「【魔剣解放(ダークブレイド)】――リミッター、30%」
紫苑の剣が、わずかに黒く光った。
完全な解放ではない。
部分的な解放。
「はあっ!」
紫苑が剣を振るった。
剣が、岩の表面を撫でた。
一本の細い線が、岩に刻まれた。
岩は砕けていない。
「成功……!」
紫苑は驚いた顔をした。
「できた……制御、できた……!」
「よくやった」
北条所長が珍しく笑った。
「お前は成長が早い。このペースなら、三ヶ月で十分だ」
紫苑は嬉しそうに結衣を見た。
結衣も笑顔で応えた。
二人とも、成長している。
少しずつだけど、確実に。
その夜。
結衣と紫苑は、部屋で休んでいた。
「今日は、良い日だったね」
結衣が言った。
「うん。二人とも、進歩した」
紫苑も満足そうだった。
「でも、まだまだだよね」
「そうだね。でも、焦らなくていい。一歩ずつ、進んでいけば」
紫苑は結衣の手を握った。
「結衣がいてくれるから、頑張れる」
「私も。紫苑がいてくれるから」
二人は抱き合った。
そして――
自然と、唇が重なった。
優しいキスから、徐々に深くなっていく。
「紫苑……」
「結衣……」
結衣の手が、紫苑の服の中に入った。
柔らかい肌。
温かい体温。
「んっ……」
紫苑が小さく声を漏らした。
「もっと、触って……」
「うん……」
結衣の手が、紫苑の胸に触れた。
柔らかい。
形が良い。
「結衣の手……気持ちいい……」
「紫苑も、私に触って……」
「うん……」
紫苑の手も、結衣の体を撫でる。
服を脱がせる。
肌と肌が触れ合う。
「あっ……」
結衣は感じた。
紫苑の指が、敏感なところに触れている。
「ここ、好き?」
「う、うん……」
「じゃあ、もっと……」
紫苑の指が、巧みに動く。
結衣の体が震えた。
「あ、あぁ……紫苑……」
「可愛い……結衣の顔……」
紫苑は結衣の耳元で囁いた。
「もっと、感じて……」
「んっ……あっ……!」
結衣の体が、痙攣した。
絶頂に達した。
「はあ、はあ……」
結衣は荒い息をついた。
「すごかった……?」
紫苑が聞いた。
「うん……すごく……」
「良かった」
紫苑は微笑んだ。
「今度は、私の番」
結衣は紫苑を押し倒した。
「ちゃんと、お返しするから」
「結衣……」
結衣の唇が、紫苑の体を這う。
首筋。
鎖骨。
胸。
「あ、んっ……」
紫苑の声が、部屋に響く。
二人は、朝まで愛し合った。
訓練の疲れも忘れて。
ただ、お互いを求め合った。
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