第3話
ダンジョンから帰還して三日が経った。
結衣のレベルは12まで上がっていた。
毎日、紫苑と一緒に中級ダンジョンに潜り、モンスターを狩り続けた。
結衣の魔法の腕前も上がっていた。ファイアボルトはレベル5に達し、さらに新しい魔法『アイスランス』も習得した。
呪いの指輪のおかげで、INTは44。同レベルの魔法使いの中でもトップクラスだろう。
だが――
代償もあった。
HP自然回復が半減しているせいで、戦闘後の疲労が抜けにくい。常に体が重く、だるい。
それでも、結衣は戦い続けた。
紫苑と一緒にいたかったから。
紫苑と一緒に戦いたかったから。
「結衣、大丈夫? 顔色が悪いわよ」
今日も、ファミレスで待ち合わせた二人。
紫苑は心配そうに結衣を見つめた。
「うん、大丈夫……ちょっと疲れてるだけ」
「無理しないで。今日は休んでもいいのよ?」
「ううん、大丈夫。一緒に行きたい」
結衣は微笑んだ。
紫苑は少し困ったような顔をしたが、最終的には頷いた。
「わかった。でも、無理そうだったらすぐに言ってね」
「うん」
二人はいつものように中級ダンジョンへと向かった。
ダンジョン内部。
結衣と紫苑は、今日は二人だけで潜っていた。
他のパーティーメンバーと組むこともあったが、最近は二人きりでいることが多かった。
「右に三体!」
結衣が鑑定で敵の位置を知らせる。
「了解!」
紫苑が走り出し、ゴブリンたちを一閃で斬り伏せる。
完璧な連携だった。
結衣は後方から魔法で支援する。
「アイスランス!」
氷の槍が形成され、ゴブリンに突き刺さる。
『ゴブリン戦士撃破――経験値+30』
「ナイス!」
紫苑が親指を立てた。
結衣は嬉しくなった。
紫苑に褒められると、心が満たされる。
もっと褒められたい。
もっと、紫苑に認められたい。
そんな思いが、結衣を突き動かしていた。
「次の部屋に行きましょう」
紫苑が言った。
二人は迷宮を進んでいく。
そして――
広い部屋に出た。
だが、そこには――誰かいた。
「あれ……?」
人影が三つ。
覚醒者だろうか。
だが、様子がおかしい。
一人が地面に倒れている。
もう一人が、その上に馬乗りになって――
「やめろ、やめてくれ!」
「うるせえ! お前が持ってるアイテム、全部よこせ!」
PKだ。
プレイヤーキル――覚醒者同士の殺し合い。
「紫苑……」
結衣は紫苑を見た。
紫苑の表情が硬い。
「……助けるわ」
紫苑は剣を抜き、走り出した。
「待って、危ない!」
結衣も後を追った。
紫苑が叫ぶ。
「そこまでだ!」
PKしていた二人組が振り向いた。
「あん? 誰だてめえ」
「正義の味方ってやつよ」
紫苑は剣を構えた。
「ちっ、邪魔すんなよ」
男が武器――鉈を構えた。
『鑑定』
結衣はスキルを使った。
『名前:黒木誠――レベル15――職業:狂戦士』
レベル15。紫苑より高い。
「紫苑、あいつレベル15!」
「大丈夫」
紫苑は不敵に笑った。
「レベルなんて、ただの数字よ」
紫苑が突進した。
黒木も迎え撃つ。
鉈と剣がぶつかり合う。
キィン、キィン、キィン!
火花が散る。
黒木の動きは荒々しく、力任せだった。
だが、紫苑は冷静だった。
攻撃を受け流し、隙を突く。
剣が黒木の肩を斬った。
「ぐっ!」
『黒木誠:HP 350/400』
「この野郎!」
黒木が逆上し、無茶な攻撃を仕掛けてくる。
だが、それは自滅行為だった。
紫苑は全ての攻撃を避け、カウンターを叩き込む。
「終わりよ」
紫苑の剣が、黒木の首筋に当てられた。
「く……」
黒木は動けなくなった。
「もう一人は?」
紫苑が周囲を見回すと――
もう一人の男は、すでに逃げていた。
「ちっ、逃げられたか」
紫苑は舌打ちした。
そして、倒れていた人物に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう……助かった……」
若い男性だった。二十代前半だろうか。
『鑑定』
『名前:山田太郎――レベル10――職業:剣士』
「傷を見せて」
結衣も近づいた。
山田の体には、いくつもの切り傷があった。
「紫苑、回復ポーション持ってる?」
「ええ」
紫苑がポーションを取り出し、山田に飲ませた。
傷が徐々に癒えていく。
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
山田は涙を流した。
「もう大丈夫。あいつらは逃げたわ」
「でも、また来るかもしれない……俺、もうダンジョンには来られない……怖すぎる……」
山田は震えていた。
結衣は胸が痛んだ。
PKという行為が、こんなにも人を傷つけるのか。
「大丈夫。私たちが送っていくわ」
紫苑が優しく言った。
三人はダンジョンの出口へと向かった。
ダンジョンから出ると、すでに夕方だった。
山田は何度も礼を言って去っていった。
結衣と紫苑は、近くのベンチに座った。
「疲れたわね……」
紫苑がため息をついた。
「うん……」
結衣も同意した。
戦闘そのものよりも、あのPKの現場を見たことが精神的にきつかった。
「ねえ、紫苑」
「ん?」
「どうして助けたの? 危なかったのに」
結衣は聞いた。
紫苑は少し考えてから答えた。
「放っておけなかったから」
「それだけ?」
「それだけよ。私、昔から正義感が強いって言われてたし」
紫苑は苦笑した。
「でも、正義感だけで動いてたら、いつか死ぬわよ」
「それでもいい」
紫苑は真っ直ぐに結衣を見た。
「私は、間違ったことを見過ごせない。それで死ぬなら、それは本望よ」
その目は、本気だった。
結衣は胸が締め付けられた。
紫苑は、強い。
心も、体も。
でも――
それは同時に、危険でもある。
「紫苑、無茶しないで……私、紫苑に死んでほしくない」
結衣の声が震えた。
紫苑は驚いたような顔をした。
そして――微笑んだ。
「ありがとう、結衣。心配してくれて」
紫苑は結衣の手を握った。
「大丈夫。私、そう簡単には死なないから」
「約束して」
「約束する」
二人は手を握り合った。
温かかった。
結衣は、この手を離したくないと思った。
ずっと、ずっと、一緒にいたい。
この人と。
この人だけと。
その夜。
結衣は自分の部屋で、一人考え込んでいた。
今日のPKの件。
紫苑の無茶な行動。
そして――自分の気持ち。
「私、紫苑のことが……」
好きなのかもしれない。
そう認めることが、怖かった。
女の子が、女の子を好きになるなんて。
おかしいんじゃないか。
変なんじゃないか。
でも――
紫苑といると、心が満たされる。
紫苑の笑顔を見ると、嬉しくなる。
紫苑に触れられると、胸が高鳴る。
これは――恋なのか。
結衣はベッドに倒れ込んだ。
「どうしよう……」
答えは出なかった。
スマートフォンが鳴った。
紫苑からのメッセージだ。
『明日も一緒にダンジョン行こう! 楽しみにしてる♪』
結衣は画面を見つめた。
そして――返信した。
『うん、楽しみにしてる』
送信ボタンを押す。
すぐに既読がついた。
そして、返事が来た。
『結衣と一緒だと、いつも楽しいよ。おやすみ♡』
ハートマーク。
結衣の顔が真っ赤になった。
「な、何これ……」
ただの絵文字だ。深い意味はないはずだ。
でも――
結衣の心臓は、激しく打っていた。
「もう、寝よう……」
結衣は布団を被った。
でも、なかなか眠れなかった。
紫苑のことばかり考えてしまう。
あの笑顔。
あの声。
あの温もり。
全てが、結衣の心を掻き乱す。
「好き、なのかな……」
小さく呟いた。
誰も聞いていない。
でも、言葉にすることで――
結衣は自分の気持ちを、少しだけ認めた。
翌日。
結衣と紫苑は、いつものように中級ダンジョンに潜っていた。
だが、今日の結衣は少し様子が違った。
紫苑の顔を見るたびに、顔が赤くなる。
紫苑が近づくと、心臓が早鐘を打つ。
「結衣、どうしたの? 顔が赤いわよ」
「な、何でもない! 暑いだけ!」
「そう? ダンジョンの中、結構涼しいけど……」
紫苑は首を傾げた。
結衣は誤魔化すために、前方に意識を集中させた。
「て、敵が来る! 前方に五体!」
「了解!」
紫苑が駆け出す。
結衣も魔法を構えた。
「ファイアボルト!」
火球が放たれ、ゴブリンに命中する。
爆発。
戦闘が始まった。
だが――
結衣の集中力が散漫だった。
紫苑のことを考えてしまう。
あの戦う姿。
あの凛々しい横顔。
「結衣、左!」
紫苑の叫び声で我に返った。
左から、オークが突進してくる!
「っ!」
結衣は反射的に魔法を放った。
「アイスランス!」
氷の槍がオークに突き刺さる。
だが――
オークは止まらなかった。
そのまま結衣に体当たり――
「きゃあっ!」
結衣は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
『HP:80/140』
大ダメージ。
頭が痛い。視界がぼやける。
「結衣!」
紫苑が駆け寄ってきた。
そして、オークを一閃で斬り捨てた。
『オーク撃破』
「結衣、大丈夫!?」
紫苑が結衣を抱き起こした。
「う、うん……ごめん、油断してた……」
「謝らなくていい。とりあえず、回復ポーション飲んで」
紫苑がポーションを差し出した。
結衣は震える手で受け取り、飲んだ。
『HP:140/140』
傷が癒えていく。
でも――
心の痛みは消えなかった。
「ごめん、紫苑……私、足引っ張ってばっかりで……」
「そんなことないわ。誰だってミスはする」
「でも……」
「結衣」
紫苑が結衣の肩を掴んだ。
「あなたは十分頑張ってる。私が保証する」
その真っ直ぐな瞳を見て――
結衣は涙が溢れそうになった。
「紫苑……」
「泣かないで。ね?」
紫苑は優しく微笑んだ。
そして――
紫苑の手が、結衣の頬に触れた。
「あ……」
柔らかい手。
温かい手。
結衣の心臓が、爆発しそうなほど打った。
「今日は、もう帰りましょう。疲れてるみたいだし」
「う、うん……」
二人はダンジョンを後にした。
だが、結衣の頬に残る紫苑の手の感触は――
いつまでも消えなかった。
ダンジョンの外。
夕日が、二人を照らしていた。
「今日はここまでね」
「うん……」
結衣は俯いた。
今日は散々だった。
自分の不甲斐なさに、嫌気が差す。
「結衣」
紫苑が呼んだ。
「ん?」
「明日、私の家に来ない?」
「え?」
突然の提案に、結衣は目を丸くした。
「家?」
「うん。一緒に勉強しましょう。ダンジョン攻略の戦術とか、魔法の効率的な使い方とか」
「で、でも……」
「嫌?」
「嫌じゃない! 行く! 行きます!」
結衣は慌てて答えた。
紫苑は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、明日の午後二時。住所、送るね」
「う、うん!」
結衣は頷いた。
紫苑の家に行ける。
二人きりで。
それは嬉しいけど――
同時に、緊張する。
どうしよう。
何を話せばいいんだろう。
変なこと言わないかな。
嫌われたりしないかな。
結衣の頭の中は、不安でいっぱいだった。
でも――
それ以上に、期待が大きかった。
紫苑と、もっと仲良くなれるかもしれない。
紫苑のことを、もっと知れるかもしれない。
「じゃあ、また明日」
紫苑は手を振って去っていった。
結衣も手を振り返した。
そして――
紫苑の姿が見えなくなってから、結衣は小さくガッツポーズをした。
「やった……!」
明日が楽しみだ。
結衣は家路についた。
足取りは軽かった。
呪いの指輪による体の重さも、今は感じなかった。
心が、満たされていたから。
その夜。
結衣は何を着ていくか悩んでいた。
クローゼットの前で、服を次々と取り出しては眺める。
「これは地味すぎる……これは派手すぎる……」
結局、一時間以上悩んで――
シンプルな白いブラウスと、紺色のスカートに決めた。
清楚な印象。
でも、地味すぎない。
「これでいいかな……」
鏡の前で確認する。
眼鏡も磨いた。
髪もとかした。
こんなに身だしなみに気を使うのは、久しぶりだった。
いや、初めてかもしれない。
結衣はベッドに横になった。
明日のことを考える。
紫苑の家。
どんな家なんだろう。
紫苑の部屋。
どんな部屋なんだろう。
想像するだけで、胸がドキドキする。
「落ち着け、結衣……」
深呼吸。
でも、心臓は落ち着いてくれなかった。
スマートフォンを見ると、紫苑から住所が送られてきていた。
高級住宅街の住所だった。
「うわ……お金持ちなんだ……」
ますます緊張してきた。
でも――
楽しみだ。
結衣は目を閉じた。
明日に備えて、ちゃんと眠らないと。
でも、興奮してなかなか眠れなかった。
それでも、いつの間にか――
結衣は眠りに落ちていった。
夢の中でも、紫苑の顔が浮かんでいた。
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