第2話




 翌朝。

 結衣は目覚まし時計より早く目が覚めた。

 時刻は五時三十分。まだ外は薄暗い。

 昨夜はよく眠れなかった。紫苑のことを考えていたら、いつの間にか夜が明けていた。

「……はあ」

 結衣はベッドに座り、スマートフォンを確認する。

 ニュースアプリを開くと、ダンジョン関連の記事で埋め尽くされていた。

『世界中でダンジョン出現――すでに死者も』

『覚醒者ギルドの設立が急務――政府が対策本部設置』

『ダンジョン産のアイテムに高値――新たな経済が動き出す』

 世界は変わりつつある。

 たった一日で。

 そして、結衣も変わった。

 ステータスを開く。


【ステータス】

 名前:桐谷結衣

 レベル:5

 職業:未選択

 HP:140/140

 MP:210/210

 STR(筋力):14

 VIT(体力):16

 AGI(敏捷):18

 INT(知力):24

 DEX(器用):20

 LUK(幸運):13


 スキル:

 ・鑑定 Lv.2

 ・魔力感知 Lv.2

 ・短剣術 Lv.1


 短剣術のスキルが追加されている。昨日、戦っているうちに覚えたようだ。

 スキルポイントは4ポイント貯まっている。何に使おうか。

「魔法のスキルが欲しいけど……」

 紫苑の言っていたスキルブックを手に入れないと。

 結衣は着替えをして、簡単な朝食を済ませた。

 そして、紫苑と待ち合わせた場所――昨日のファミレスへと向かった。


 紫苑はすでに来ていた。

 窓際の席に座り、コーヒーを飲んでいる。

「おはよう、結衣」

「おはよう、紫苑」

 結衣は向かいの席に座った。

 紫苑は今日も美しかった。金色の髪を後ろで一つに結び、ポニーテールにしている。白いシャツに黒いパンツ。動きやすい服装だ。

「よく眠れた?」

「う、うん……まあ」

 嘘だった。ほとんど眠れていない。

 でも、それを言うのは恥ずかしかった。

「私もあんまり眠れなかった」

「え?」

「興奮しちゃって。今日も結衣と一緒に冒険できるって思ったら」

 紫苑は少し照れたように笑った。

 結衣の胸が、またバクバクと音を立てた。

「そ、そう……私も、楽しみ」

「ふふ、良かった」

 二人は朝食を注文し、簡単に今日の計画を立てた。

「まずは中級ダンジョンに挑戦しましょう」

「中級? 初級じゃなくて?」

「初級は簡単すぎるわ。私のレベルだと、経験値もあんまり入らないし」

「でも、中級って……危なくない?」

「大丈夫。私がいるから」

 紫苑は自信たっぷりに言った。

 その自信が、結衣には眩しかった。

「それに、中級の方がいいスキルブックがドロップするはずよ」

「魔法の?」

「そう。結衣に合った魔法を見つけましょう」

「ありがとう……」

 結衣は素直に嬉しかった。

 紫苑は、結衣のことを考えてくれている。

 こんな風に誰かに気にかけてもらえるのは、いつぶりだろう。

 朝食を終え、二人は中級ダンジョンのゲートへと向かった。


 中級ダンジョンのゲートは、初級よりもさらに大きかった。

 縦五メートル、横三メートルほど。ゲートの周囲には、すでに多くの覚醒者が集まっていた。

 皆、武器を持ち、装備を整え​​​​​​​​​​​​​​​​ている。中には鎧を着た者もいる。

「わあ……すごい人」

「人気のダンジョンみたいね。報酬がいいのかも」

 紫苑が言った。

『ダンジョンゲート――階層:中級――推奨レベル:10~20』

 推奨レベル10。結衣はまだ5だ。

「私、レベル足りないけど……」

「大丈夫。私がカバーするから」

 紫苑は結衣の肩に手を置いた。

 その温もりが、結衣に勇気を与えた。

「……うん」

 二人はゲートの前に並んだ。

 順番待ちの列ができている。ダンジョンには入場制限があるらしく、一度に入れるのは五人までだった。

「次、どうぞ」

 警備員が呼んだ。

 結衣と紫苑の番だ。だが、二人だけでは定員に満たない。

「あと三人、一緒に入りませんか?」

 警備員が周囲に声をかけた。

 すると、一人の男性が手を挙げた。

「俺も入ります」

 筋骨隆々とした、三十代くらいの男性だった。両手に大きな斧を持っている。

『鑑定』

 結衣は反射的にスキルを使った。

『名前:武田剛――レベル12――職業:戦士』

 レベル12。かなり高い。

「よろしく」

 武田は簡単に挨拶した。

「こちらこそ」

 紫苑が応じた。

 さらに二人、若い男女が加わった。

『名前:佐藤健――レベル9――職業:弓使い』

『名前:田中美咲――レベル8――職業:回復術士』

 五人のパーティーが揃った。

「じゃあ、行きましょうか」

 武田が先頭に立ち、ゲートへと飛び込んだ。

 他のメンバーも続く。

 結衣と紫苑も、手を繋いで一緒に入った。


 中級ダンジョンは、初級とは比べものにならなかった。

 広大な石造りの迷宮。天井は高く、壁には古代の文字が刻まれている。

 松明ではなく、魔法の光球が浮遊していて、辺りを明るく照らしている。

「うわあ……」

 結衣は思わず声を漏らした。

 まるでRPGの世界に入り込んだようだ。

「油断するなよ。中級は初級と違う」

 武田が警告した。

 その言葉通り――

 すぐに敵が現れた。

『ゴブリン戦士――レベル12――HP:300/300』

 緑色の肌。鋭い牙。手には錆びた剣を持っている。身長は結衣より少し低いが、筋肉質で力強そうだ。

 そして、一体だけじゃない。

 五体のゴブリンが、通路を塞いでいた。

「来るぞ!」

 武田が斧を振るった。

 ゴブリンの一体が吹き飛ばされた。

 佐藤が弓を構え、矢を放つ。矢はゴブリンの目に命中し、悲鳴を上げさせた。

 田中が詠唱を始める。

「光よ、我らを守りたまえ――【プロテクション】!」

 淡い光の膜が、パーティー全体を包んだ。

『防御力+20%』

 バフ効果だ。

 紫苑も動いた。

 剣を抜き、ゴブリンに突進する。

「はあっ!」

 一閃。ゴブリンの首が飛んだ。

「す、すごい……」

 結衣は呆然としていた。

 みんな、こんなに強いのか。

「結衣、ぼーっとしないで!」

 紫苑の声で我に返った。

 ゴブリンが一体、結衣に向かって走ってくる!

「っ!」

 結衣は短剣を構えた。

 でも、ゴブリンの動きが速い。

 剣が振り下ろされる――

 キィン!

 金属音。

 紫苑が割って入り、ゴブリンの剣を受け止めた。

「大丈夫!?」

「ご、ごめん……」

「謝らなくていい。後ろで支援して。鑑定で敵の情報を教えて」

「わ、わかった!」

 結衣は後衛に下がった。

 そして、次々と敵を鑑定していく。

「右のゴブリン、HPが残り50!」

「了解!」

 佐藤が矢を放ち、そのゴブリンを仕留めた。

「左の二体、HPはまだ満タン!」

「任せろ!」

 武田が斧を振り回し、二体まとめて攻撃した。

 結衣は自分の役割を見つけた。

 前線で戦うのは無理だ。でも、情報支援ならできる。

 鑑定スキルを活かして、敵の状態を味方に伝える。

 それだけでも、戦況は有利になる。

「よし、片付いたな」

 武田が最後のゴブリンを倒した。

『経験値+150』

 結衣にも経験値が入った。パーティーメンバー全員に分配されるようだ。

「ナイス情報支援」

 佐藤が結衣に親指を立てた。

「あ、ありがとう……」

「お前のおかげで戦いやすかったぜ」

 武田も褒めてくれた。

 結衣は嬉しかった。

 役に立てた。

 ちゃんと、戦力になれた。

「結衣、すごかったわよ」

 紫苑が隣に来て、頭を撫でた。

「え、あ……」

 顔が真っ赤になった。

 頭を撫でられるなんて、子供扱いされてるみたいで恥ずかしい。

 でも――

 嫌じゃなかった。

 むしろ、嬉しかった。

「じゃ、先に進もうか」

 武田が言った。

 パーティーは迷宮の奥へと進んでいった。


 ダンジョンの奥深く。

 パーティーはいくつもの戦闘を乗り越えてきた。

 ゴブリン、オーク、スケルトン。様々なモンスターが現れたが、五人の連携で撃破していった。

 結衣はレベル7まで上がった。

 そして――

 宝箱を見つけた。

「おお、レアドロップか?」

 武田が宝箱を開けた。

 中には、いくつかのアイテムが入っていた。

 金貨、回復ポーション、そして――

「スキルブックだ!」

 佐藤が叫んだ。

 結衣は息を呑んだ。

 武田がスキルブックを取り出し、表紙を確認する。

「『初級魔法:ファイアボルト』……魔法使い向けだな」

 結衣の心臓が跳ねた。

 魔法のスキルブック!

「誰が使う? 魔法使いいるか?」

 武田が周囲を見回した。

 田中が手を挙げかけたが――

「結衣、あなたが使いなさい」

 紫苑が言った。

「え、でも……」

「あなたはINTが高いでしょう? 魔法が一番合ってる」

「そ、そうだけど……田中さんも魔法使いだし」

「私は回復術士だから、攻撃魔法はそんなに要らないわ」

 田中が微笑んだ。

「あなたが使って。役に立ててあげて」

「……ありがとうございます」

 結衣はスキルブックを受け取った。

 重厚な装丁の本。表紙には炎の紋章が刻まれている。

『スキルブック:ファイアボルト――使用しますか? YES/NO』

 結衣は『YES』を選択した。

 瞬間、本が光り出した。

 まばゆい赤い光が結衣を包む。

 そして――本が消えた。

『新スキル習得:ファイアボルト Lv.1』

「やった……!」

 結衣はスキルウィンドウを開いた。

 確かに、ファイアボルトのスキルが追加されている。

「試してみろよ」

 武田が促した。

「う、うん……」

 結衣は右手を前に突き出した。

 魔力を集中させる。イメージするのは炎。燃え盛る、熱い炎。

「ファイア、ボルト!」

 叫んだ瞬間――

 掌から、火球が放たれた!

 オレンジ色の炎の塊が、通路の奥へと飛んでいき、壁に激突して爆発した。

「わあ……!」

 結衣は感動した。

 魔法が使えた!

 本物の魔法を!

「いい威力だな。INT高いだけあるわ」

 武田が感心したように言った。

「これで火力が増えたな。よし、ボス戦も楽になるぞ」

 ボス戦。

 そう、このダンジョンにもボスがいるはずだ。

「じゃ、ラストスパートだ。行くぞ!」

 武田を先頭に、パーティーは最深部へと向かった。


 ボス部屋は、巨大な円形闘技場のような構造だった。

 天井は高く、観客席のような段差が周囲を取り囲んでいる。

 中央に――それはいた。

『ダンジョンボス:オーガロード――レベル20――HP:1500/1500』

 三メートルはある巨体。灰色の肌。太い腕。手には巨大な棍棒を持っている。

「レベル20……やべえな」

 佐藤が呟いた。

「でも、五人いるんだ。やれる」

 武田が斧を構えた。

「田中、バフを頼む。佐藤は遠距離攻撃。俺と紫苑が前衛。結衣は魔法で援護しろ」

「了解!」

 全員が配置につく。

 オーガロードが咆哮した。

 地響きのような声。

 そして――突進してきた!

「散れ!」

 武田の指示で、全員が左右に分散した。

 オーガロードの棍棒が、地面を叩き割った。

 石畳が砕け、破片が飛び散る。

「でやあああっ!」

 武田が斧を振るい、オーガロードの脚を攻撃した。

『オーガロード:HP 1450/1500』

 ダメージは浅い。

 紫苑も剣で切りかかる。

「はあっ!」

 剣がオーガロードの腕を斬った。

『オーガロード:HP 1350/1500』

 佐藤が矢を連射する。

 矢がオーガロードの胴体に突き刺さる。

『オーガロード:HP 1250/1500』

「結衣、魔法!」

 紫苑が叫んだ。

「う、うん!」

 結衣は魔力を集中させた。

「ファイアボルト!」

 火球が放たれる。

 オーガロードの胸に命中――爆発!

『オーガロード:HP 1150/1500』

 100のダメージ!

「おお、すげえ!」

 武田が驚いた。

 結衣の魔法は、物理攻撃より遥かに威力が高かった。

「もっと撃て!」

「わかった!」

 結衣は連続で魔法を放った。

「ファイアボルト! ファイアボルト! ファイアボルト!」

 三発の火球が、オーガロードを襲う。

 爆発、爆発、爆発!

『オーガロード:HP 850/1500』

「よし、いい調子だ!」

 だが――

 オーガロードが怒った。

「グオオオオオッ!」

 凄まじい咆哮。

 そして、オーガロードが棍棒を振り回した。

 横薙ぎの一撃。

「まずい!」

 武田が叫んだ。

 紫苑が間に合わない――

 棍棒が、佐藤を直撃した。

「ぐあっ!」

 佐藤が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

『佐藤健:HP 10/180――瀕死状態』

「佐藤!」

 田中が駆け寄った。

「【ヒール】!」

 回復魔法が佐藤を包む。

『佐藤健:HP 80/180』

 だが、オーガロードは容赦しない。

 再び棍棒を振り上げ――

 田中を狙った!

「危ない!」

 紫苑が飛び込み、剣で棍棒を受け止めた。

 キィィィン!

 金属音。

 だが、オーガロードの力は圧倒的だった。

 紫苑の体が、後方に押されていく。

「くっ……!」

 紫苑の表情が歪む。

 結衣は見ていられなかった。

「紫苑!」

 結衣は魔力を集中させた。

 これまでで最大の魔力を。

 全てのMPを込めて――

「ファイア――ボルトッ!」

 巨大な火球が形成された。

 通常の三倍はあるだろうか。

 オレンジ色の光が、闘技場全体を照らす。

 そして――

 発射!

 火球はオーガロードに直撃し――大爆発を起こした!

 炎が、オーガロードを包み込む。

『オーガロード:HP 350/1500』

 大ダメージ!

 だが――

 結衣は膝をついた。

『MP:0/210――魔力枯渇』

 全ての魔力を使い果たした。

 頭がくらくらする。体に力が入らない。

「結衣!」

 紫苑が駆け寄ってきた。

「大丈夫……でも、もう魔法は撃てない……」

「十分よ。あなたのおかげで、ボスのHPはもう半分以下」

 紫苑は結衣を抱き起こした。

「後は任せて」

 紫苑は立ち上がり、剣を構えた。

 そして――剣が光り出した。

 眩い、純白の光。

「【聖剣解放(セイントブレイド)】!」

 紫苑の剣が、巨大化した。

 光でできた、五メートルはある大剣。

「はああああああっ!」

 紫苑は光の大剣を振り下ろした。

 オーガロードの体が――真っ二つに斬り裂かれた。

『オーガロード撃破――経験値+500』

 勝った。

「やった……!」

 結衣は安堵のため息をついた。

 紫苑が戻ってきて、結衣の手を取った。

「よく頑張ったわ」

「紫苑も……すごかった」

「ふふ、お互い様ね」

 二人は笑い合った。

 そして――

『ダンジョンクリア――報酬:金貨1000枚、レアアイテムドロップ』

 宝箱が出現した。

 武田が開けると、中には様々なアイテムが入っていた。

 装備品、ポーション、そして――

「これは……」

 武田が取り出したのは、黒い指輪だった。

『呪いの指輪――装備者のINT+20――ただし、HP自然回復-50%』

「呪い装備か……」

 呪い装備。強力だが、デメリットもある。

「これ、結衣が使うか? INT上がるぞ」

「え、でも、呪いって……」

「魔法使いには向いてる。HPは回復魔法でカバーすればいい」

 結衣は迷ったが――

 紫苑が言った。

「受け取りなさい。あなたならうまく使える」

「……わかった」

 結衣は指輪を受け取り、左手の薬指にはめた。

 瞬間、黒いオーラが結衣を包んだ。

 そして――消えた。

『INT:24→44』

 ステータスが大きく上がった。

 これで、魔法の威力もさらに増すだろう。

「よし、じゃあ帰るか」

 武田が言った。

 五人はダンジョンを後にした。

 だが、結衣の左手の薬指にはまった黒い指輪は――

 不吉な光を放っていた。

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