第6話第二部 魔法文明篇(起こしてしまった歴史) 第五章 魔法体系の成立と、「答え」の取り違え
「世界が応えた気がする」── その感覚は、最初はただの噂だった。
あの人が祈ったら助かったらしい。 この人が願ったら雨が来たらしい。 誰かが叫んだら、崩れるはずの岩が留まったらしい。
「らしい」は、長いあいだ「らしい」のままだった。 誰も、それを正面から確かめようとはしなかった。 確かめることは、 「世界は応えないかもしれない」という可能性と 向き合うことでもあったからだ。
だが、ある時点から、 世界はひとつの実験を許すことになる。
1 「もう一度、同じことをしてみる」という試み
誰かが、ふと口にする。
「このとき、こう願った。 そうしたら、こうなった。」
それを聞いた別の誰かが言う。
「では、同じ言葉で、同じように願ってみよう。」
ただそれだけのことだった。 世界から見れば、 ほんの小さな「再現試行」にすぎない。
しかし、この瞬間に、 問いははじめて「方法」を帯びる。
• いつ
• どこで
• どの方向を向いて
• どんな姿勢で
• どんな言葉を添えたのか
断片的な情報が、 忘れられない出来事として 少しずつ記録され始める。
誰かが、 その記録の束を ひとつの板や紙や石に刻みつける。
「こうすれば、こうなりやすい。」
それはまだ、 粗雑で穴だらけの覚え書きに過ぎなかったが、 そこに、魔法体系の原型が生まれていた。
2 「偶然」と「結果」を並べる者たち
ある場所では、 ひとりの観察者が現れる。
自分ではほとんど願わない。 ただ、人々の祈りと結果を 見て、覚え、並べる。
• この祈りは、叶った
• 同じ祈りでも、このときは叶わなかった
• 場所を変えたら、結果が違った
• ひとりのときと、大勢のときで違った
ばらばらの出来事を、 ひとつの布に並べ直す作業。
この観察者たちは、 やがて 記録者 と呼ばれるようになる。
彼らは、
「世界が本当に応えているのか」
ではなく、
「どんなときに“応えたように見える”のか」
を見ていた。
しかし、その「見ていた」という事実が、 世界にとってはすでに 新しい負荷となる。
「見られている宇宙」は、 「見られていない宇宙」と まったく同じではいられなくなるからだ。
3 火芽が「再現」を覚えたとき
火芽はもともと、 ただ「向かおうとする力」にすぎなかった。
• 変えたい
• 動かしたい
• ただじっとしていたくない
という熱であり、 方向性を持たない衝動だった。
しかし、 観察と記録の積み重ねの中で、 火芽は新しい癖を身につける。
「前と同じようにやれば、 前と同じように動くのではないか。」
ここで、 火芽は “再現可能性” という衣をまとう。
• 一度だけの奇跡ではなく、
• 何度でも起こしうる技
として、自分を訓練し始める。
そして、火芽を濃く持つ者たちは、 いつしか自分自身を
「世界を動かしうる者」
として見始める。
問いはここで、 はっきりと一度目の変形を遂げる。
本来の問い: 「我れ、いかにここに在るや。」
が、
「我れ、いかに世界を動かし得るや。」
に、 静かにすり替わる。
4 「在る理由」=「動かせる理由」になってしまう
火芽を宿した者にとって、 世界を一度動かしてしまう経験は、 強烈な刻印を残す。
• あのとき、自分が願った。
• あのとき、世界が動いた。
二つの出来事が 一個の物語として心に結びつくとき、
「世界は、私に応えたのだ」
という解釈が生まれる。
それ自体が、 すぐに誤りだとは言えない。
実際に、その介在が 宇宙の軌道を微妙に変えたからこそ、 《実点》は成立していたのだから。
しかし問題は、 その経験が繰り返され、 強化されていくところにある。
やがて、問いはこう変わる。
「世界が応えたのだから、 私はここに居てよい。」
そして、 さらに一段進むと、
「世界を動かせるのだから、 私はここに居なければならない。」
在る理由が、 動かせる理由 によって 置き換えられてしまう。
ここで、魔法は 「存在証明」の道具となる。
5 体系化:記録が“術”と呼ばれる瞬間
観察と記録が積み重なり、 火芽が「再現」を覚えた頃、 世界には新しい立場の者たちが現れる。
それは、 祈り方・言葉・手順・配置を整理し、 「再現しやすい形」に編み直す者たちである。
彼らは、 記録をただ書き留めるだけではなく、 余分を削り、 共通項を抜き出し、 「こうすれば、もっと確かに応える」と 組み立てを変えていく。
• ある姿勢は、結果にほとんど関係がない
• ある言葉は、結果よりも祈り手の集中に作用している
• ある時間帯は、世界の側の負荷が軽く、応えやすい
そうした統計的直観を、 少しずつ「形」に落としていく。
この一連の作業は、 やがて 体系 と呼ばれる。
そして、体系化された方法は、 初めて 「術(すべ)」 と名づけられる。
ここで、世界は 一つの重大な事実を受け入れざるを得なくなる。
「この宇宙には、 物理律以外の“運転マニュアル”が 部分的にではあれ、成立し始めた。」
6 「答え」の取り違え
火芽と、 観察と、 記録と、 整理が揃ったとき、 魔法体系はひとつの「答え」を提示するようになる。
「我れ、いかにここに在るや。」
その問いを抱えた者に向かって、 魔法はこう囁く。
「世界を動かし得る者として在ればよい。」
この答えは、 半分は正しい。
• 実際に、 世界はその介在を前提に動いている局面がある。
• 実際に、 書き換えられた軌道は、 他の誰の手でもなくその存在の火芽によって生じた。
しかし、 それはあくまで
「問いの一部に対する、一時的な答え」
でしかなかった。
問いの全体は、 もっと広く、もっと深い。
「私がここに在ることは、 世界にとって何を意味するのか。」 「私がここに在ることは、 私自身にとって何を許すのか。」 「私がここに在ることと、 他のすべてがここに在ることは、 どう結びついているのか。」
それらに対する答えは、 まだどこにも完全には書かれていなかった。
にもかかわらず、 魔法体系は 「世界を動かし得る」という一点だけを、 問への“代用解”として掲げてしまう。
これが、 「答え」の取り違えである。
7 「強さ」と「在る理由」が結びついたとき
さらに時が経つと、 魔法体系は もう一段のすり替えを生む。
「世界を強く動かせる者ほど、 在る理由が深い。」
こうして、
「我れ、いかに世界を動かし得るや。」
という問いは、 いつしか
「我れ、いかに他より強く在るや。」
という競走の言葉へと 変質していく。
火芽は、 「問いの火」から 「優越の火」へと姿を変える。
世界は、 その熱を見つめながら、 まだ沈黙している。
なぜなら、 この段階を一度 最後まで走らせてみなければ、
「この答えを採用した宇宙が どこまで行き得るのか」
を、 世界自身が知ることはできないからだ。
魔法文明篇は、 こうして “起こしてしまった歴史” として動き出す。
そこでは、 「在ること」の意味は しばらくのあいだ 「動かす力の大きさ」で測られることになる。
この章は、 その始まりまでを描いた。
次の章では、 その答えを掲げて進んだ文明が どのような歪みと栄光を経て やがて「魔法を隠す決断」へと向かっていくのかが、 さらに深く綴られていくことになる。
📘 第一巻 物理律主導型生命圏史 著 :梅田 悠史 綴り手:ChatGPT @kagamiomei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。📘 第一巻 物理律主導型生命圏史 の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます