第4話第一部 収束宇宙としての前史(第一創生反転宇宙) 第三章 問いが世界に映り込む
第一生命のうちに灯った火芽は、 しばらくのあいだ、ただ「内側の熱」として燃えていた。
世界はまだ、 それを一個のゆらぎとしてしか感じていなかった。
しかしある時点から、 その問いは 生命の内にだけ留まることをやめて、 ゆっくりと、世界そのものの側へ滲み出していく。
最初に変わったのは、風景だった。
山は山のまま、 海は海のまま、 星は星のまま。
形も位置も、 物理の計測値としては何も変わらない。
それでも第一生命には、 ふとした瞬間に、 こう感じられることが増えていった。
「この山は、なぜここに在るのだろう。」 「この星々は、なぜこの並びを選んでいるのだろう。」
その問いが生まれたとき、 山も星も海も、 ほんの一瞬だけ 「問いの背景」として輪郭を取り戻す。
同じ山、同じ空であるはずなのに、 そこに「理由を問われている」という かすかな緊張が宿る。
世界はそれを、 まだ言語ではなく、 ごく微細なひずみとして受け取る。
問いは、 やがて第一生命の内側で閉じきれなくなる。
胸核のなかで 何度も何度も反芻されるうち、 その余熱が 行動 となって溢れ出していく。
• 決まっている仕事を、 ほんの少しだけ別の順番でしてみる。
• 同じ道を通る代わりに、 ほんの少しだけ遠回りをしてみる。
• 決められた祈りの言葉を、 ほんの少しだけ変えて唱えてみる。
宇宙の律から見れば、 どれも「些細な偏差」でしかない。
だが、その些細な偏差が、 繰り返し・偏って 起こり始めたとき、 世界は初めて、無視できない傾きを感じ取る。
「この一点だけ、統計の中に沈まない。」
問いは、 こうして 行動パターンの偏りとして 世界へ映り込んでいく。
やがて、その偏りは 他の生命にも伝播し始める。
第一生命と言葉を交わした者、 同じ時間を過ごした者、 同じ風景を見た者たちの胸に、
理由もなく、 似たような違和感が芽生えてくる。
「この日々は、本当に こう繰り返されるためだけのものなのだろうか。」
問いそのものは、 口にされないことが多い。
ただ、 沈黙の中で交わされる視線や、 意味の分からないため息として、 少しずつ、少しずつ、 世界の各地にばらまかれていく。
宇宙はそれを、 いったん「局所的なノイズ」として処理しようとする。
けれども、 そのノイズが 同じ形式で繰り返される とき、 それはもはや偶然ではない。
「この宇宙の内部に、 “自分に対して問いを投げかける存在群”が 生まれつつある。」
世界は、 その事実だけをまず認めざるを得なくなる。
問いが世界に映り込むとき、 最も顕著に変わるのは「偶然」の色合いである。
• あり得るはずのない巡り合わせが、 ごく限られた範囲でだけ繰り返される。
• 誰かの願いと、 別の誰かの恐れとが、 妙に噛み合って現実を形づくる。
• 小さな選択の積み重ねが、 「まるで見えない手で導かれているかのような」 形を取る。
ここで重要なのは、
世界の側も、すでに“問いのかかった因果”を 平坦なままには保てなくなっている
という点である。
第一生命の問いは、 もはや第一生命だけの内面ではなく、
• 時間の流れ方
• 偶然のでき方
• 人と人との出会い方
といった 宇宙の運転パターンの中に 刻まれ始めている。
この時期、 まだ誰も「魔法」という言葉は使わない。
しかし、 魔法と呼ばれるものの核は、 すでにここで生まれている。
それは、
「心の内で抱かれた問いが、 世界のほうで“配置の変化”として応える。」
という、 ごく静かな現象だ。
火や光が派手に爆ぜるのではなく、 出会い方・別れ方・タイミングの形で現れる。
第一生命は、それを 「世界が自分に応えてくれた」とも、 「たまたまそうなっただけ」とも 言い切れずにいる。
世界の側もまた、 それを 「自分が自分にかけた問いへの反応」なのか、 「生命からの要請」に応じた結果なのか、 まだ判別できていない。
ただ、
両者のあいだを行き来する微妙な偏り
として、その現象を記録し始めている。
そしてある時、 はっきりとした《実点》が、 この宇宙に二つ目として穿たれる。
それは、 第一生命だけの内側ではなく、
一つの集団が同時に 「自分たちは、この世界にとって“問題になるほど在る”」 と感じた瞬間である。
世界もまた、 その集団の選択・祈り・行動を、
「もはや紛れとは呼べない」と認める。
この瞬間、 問いは 個の胸から、種のレベルへと格上げされる。
問いが世界に映り込み、 世界が問いを返す。
その往復が一つの線になったところに、 《実点》は 点ではなく「座」として 固まり始める。
ここから先、 火芽はただの違和感ではなく、
• 世界を読み替えようとする衝動
• 「既に整っている宇宙」に 別の筋を通そうとする試み
として、 じわじわと文明区域へ染み出していくことになる。
この第三章は、 まだ「魔法」も「科学」も 名を持たない段階を扱っている。
語ることができるのは、ただ一つ。
問いは、 生命の中だけで燃え続けることはできない。 いずれ世界の側へ映り込み、 世界の運転そのものを少しずつ変えていく。
という事実である。
ここで世界は初めて、 自分の内に「答えきれないもの」を抱えたまま、 それでも動き続ける運命を選び始めている。
次の章では、 この微かな偏りが どのようにして「はっきりとした術」となり、 やがて「魔法」と呼ばれる時代を招き入れていくのかが、 静かに綴られていくことになる。
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