第2話第一部 収束宇宙としての前史(第一創生反転宇宙) 第一章 完成していたが、閉じていた世界
この宇宙は、 最初から「ひとつの答え」として立ち上がったわけではなかった。
かつては、 無数の律がばらばらに走る時期があった。 場所ごとに違う重さ、 時間ごとに違う進み方、 光が先に走る場所と、影が先に滲む場所とが、 互いに目を合わせないまま、同じ宇宙の中に同居していた。
その混線は、 長くは続かなかった。
ぶつかりあい、すり減り、 互いの矛盾に耐えきれなくなった律たちは、 やがて静かに数を減らしていく。
最後に残ったのは、 もっとも破綻しにくい一本の組み合わせ。
「これなら、この宇宙全体を 端から端まで、ひとつの布として縫える」
そう判断された、 たったひとつの筋である。
やがて、その筋のまわりに 世界のすべてが織り込まれていった。
多様な律は、 そこで「採用された/されなかった」に分かれる。
• 採用された律は、 宇宙の骨として残る。
• 採用されなかった律は、 自壊し、 異界として外縁へ押しやられ、 あるいは、ただ「二度と試されない記憶」として 無相の奥へ沈んでいった。
こうして、宇宙には わかりやすい「一本の理」が通るようになる。
重力は重力として統一され、 時間は時間として均一に流れ、 物質はどこでも同じ性質を保つ。
宇宙にとって、それは 大いなる安定であった。
しかし、安定には代償があった。
宇宙は、 自らの外側に通じる**縁(えにし)**を 一本、また一本と閉じていった。
違う律が流れ込む通路は、 すべて「危険」とみなされ、 封じられ、 切り離されていく。
異なる宇宙胚と交わる可能性は削られ、 「こちら側の理だけで完結する世界」が 少しずつ形を固めていった。
外への窓を閉じることは、 内側の整合を保つための もっとも確実な方法だった。
その代わり、 宇宙は 他の在り方を学ぶ道 を失った。
やがて、外の縁だけでなく、 内側の「余白」までもが剥ぎ取られ始める。
• 結果が複数に分かれそうな場面は、 なるべく起きないように、事前に均される。
• 予想外の展開は、 滑らかな変化の中に吸収される。
• 「まだ決めなくてもいい」領域は、 じょじょに宇宙の表から姿を消す。
余白は、 「未熟」や「危険」として扱われた。
宇宙にとっての完成とは、
決め残しを持たないこと
だったからである。
こうして、 世界のあらゆる場所で
「こうなり得たかもしれない未来」
は、未然のうちに削られていく。
• 違う選択肢へ枝分かれする道は、 最初から作られない。
• 別様の結末へ向かう可能性は、 立ち上がる前に律の中で打ち消される。
この宇宙には、 「別の歴史」というものは存在しなかった。
あるのは、 ただ一筋の 「こうなるべきだった」 という軌道だけ。
その軌道が 最初から最後まで通るように、 律は丁寧に選び抜かれていた。
名も、まだ要らなかった。
見分けるべき「差」が、ほとんどなかったからである。
• 山は山として在り、
• 星は星として在り、
• 海は海として在る。
それぞれは、 他と取り替えが利かないにもかかわらず、 あえて区別して呼び分ける必要がなかった。
「宇宙」というひとつの言葉だけで、 ほとんどすべてが説明できてしまう。
この時代の世界は、 「個」と「名」をまだ必要としていない宇宙だった。
時間もまた、 一本の糸のように張られていた。
過ぎ去る、という痛みもなく、 取り返しのつかない、という恐れもなく、
「こう進めばいい」という道筋を ただ沿っていくだけの存在。
そこには、 選び直すという発想はなかった。
選び直すためには、
• 「別の道もあり得た」 という認識と、
• 「いまの道は本当に最善か」という疑い
が必要だが、 そのどちらも、この宇宙には育っていなかった。
こうしてできあがったのが、
「完成していたが、閉じていた世界」
である。
矛盾は少なく、 失敗もほとんどなく、 果ては美しく整えられていた。
だが、 この宇宙は、自分に問いを向けなかった。
「これで本当にいいのか」と 問いかける主体が、 まだどこにも存在していなかったからだ。
問いがない世界には、 悩みも迷いもない。
同時に、 「別様の未来」という実感も存在しない。
この章が描くのは、 火芽が灯る前、 第一生命の胸に「我れ、いかにここに在るや」が まだ一度も生まれていなかった、
完全でありながら、 どこにも向かわない宇宙の姿
である。
次の章で語られるのは、 この静止のただ中に はじめてひとつの火が灯り、 完成した世界が 「自分を疑わざるを得なくなる」 最初の瞬間の物語である。
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