天国は何処に在りや

清瀬 六朗

第1話 青空がほのかに白い休日の午後

 土岐とき万津まつが訪ねて来た。

 よく晴れた、でも青空がほのかに白い休日の午後のことだ。

 いつもどおり、何の予告もなかった。

 「だって、トモさん、連絡したって返事くれないじゃないですか」

 「ママチャリ」というらしい種類の自転車のスタンドを立て、後ろの籠から紙袋を持ち上げながら、万津子は言う。

 紙袋からは大きいバゲットが突き出している。なかみは多そうだ。

 何を持ってきたのやら。

 「トモさんたぁ」

 愛知郎えちろうは短く笑った。

 「久しぶりに聞いた呼び名だなぁ」

 「そりゃあ、わたしにとっては」

と万津子は振り返って言う。

 なぜ「振り返って」かというと、万津子が愛知郎よりも先に玄関に入ろうとしているからだが。

 愛知郎の家の玄関に。

 いったい、だれの家だと思ってるんだ? こいつは。

 「いや、三本みつもとそうのみんなにとっては、トモさんだから」

 そう言って勝手に玄関を開ける。ここは

「こらぁ、ひとのうちに勝手にへえるな」

と言うところだったのだろう。

 でも、愛知郎が言ったのは

「三本荘か。懐かしいな」

ということばだった。

 万津子は、両脚を軽く曲げ、右手に紙袋を抱えたままノブを押さえて玄関の扉が閉まらないようにし、コケティッシュに笑った。

 そういうことをしても、かわいくならないのが、こいつ。

 万津子が何も言わずに玄関から上がったので、愛知郎も何も言わずについて入る。

 玄関の扉が閉まる前にもういちど空を見上げる。

 青藍せいらんを薄くした、やわらかくした色。

 水彩ならば表現しやすい。

 油絵ならばどう表現するだろう?

 ポスターカラーでならば?

 いや。

 それより。

 速くしないと万津子がまた台所をぐちゃぐちゃにしてしまう。

 わざと散らかすつもりはないらしいが、何についても大ざっぱなのがこの万津子のよくないところだ。

 いいところでもあるけれど。

 「あ、おい」

と後ろから声をかけた愛知郎に、万津子はまたコケティッシュに笑って見せた。

 それでもかわいくならないのが、こいつだ。

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