Chapter #0003 Girl Meets Girl / Segment 1 The Training Grounds

時を戻す。コオリヤマの冒険者訓練場にコンプレット、3月3日の16歳の誕生日に入所。2年前に飛び級でセンダイ帝大を卒業したというだけあり筆記は満点。身長133cmでウサギ人女性としては同年代の男性以上にガッチリした筋肉。航空機パイロットは小柄軽量・頭脳明晰がよいので、そちらへ進むと誰もが思った。


50m走は訓練場の他の誰よりも速く、100mも脂肪を絞れば国体を目指していいレベルだが、200mを超える距離ではコンプレットより速い者はいくらでもいた。


筋力測定ではどの項目でもウサギ人としてはよい成績を上げたが、ウサギ人らしく速筋に優れ遅筋は劣る傾向が見えた。


だが、任意科目のカラテの実習でコンプレットは異様な強さを見せた。とにかく動きが速い。誰もが簡単に背後を取られ、二つの肩甲骨の間をポコリと殴られた。


噂を聞きつけて様子を見に来たトラ人女性の所長は一目で見抜いた。コンプレットは物理法則を超えた動きをしている。


所長はコンプレットに命じた。

「全力で試し斬り用の藁人形を殴ってみよ」


コンプレットが言われたとおりやると60kgの藁人形が倒れて3m滑り、コンプレットは頭を守り受け身を取りながら一回転した。右拳の骨が粉々に砕けた。コンプレットは全身の筋肉を100パーセント使った。並みの者なら瀕死のダメージを自ら負った。拳撃の反作用と力を入れすぎた筋肉が内臓や血管、神経をも破壊した。筋肉も大いに痛み千切れ裂けた。


仰向けで安定したコンプレットの鼻から血が流れ、長い耳にも血が溜まる。


ざわめきが起きる。

「カカシとウサギが吹き飛んだ」

「ウサギ、大丈夫か? 生きてるか?」


コンプレットは修羅の笑みでゆらりと立ち上がった。ボタボタと血が床に垂れる。

(痛いのが楽しいのはいかんのだろうな……)


その声は愉悦の香りがする。

「私の全力とはこういうもの。独り死亡遊戯、楽しんでいただけましたか?」


痛みをありのままに味わいながら彼女が左手をチョップにすると、左手が闇に包まれた。

コンプレットはだらりとした姿勢のまま一瞬で倒れた人形に直線軌道で不自然に飛び、黒き手刀で頸を一閃。左手の軌跡にあったものは虚無化、人形の頭は椿花のごとく床に落ちた。

誰かが言った。

「鬼神か天魔か……速く強きこと黒き稲妻のごとし」

どよめきが起きた。みなが口々に『黒き稲妻』とささやいた。


コンプレットがぱたりと倒れた。


誰かが叫んだ。

「救護班ッ!」


しかし、コンプレットの体が一瞬七色の光に包まれると彼女はピョコリと立ち上がった。

「あ、心配させましたね。申し訳ありません」


平然と彼女は掃除用具入れに向かって歩き出した。


しばらく誰もそれを理解できなかったが、彼女が掃除用具入れの扉を開けると誰かが叫んだ。

「いやいやいや! 血とかの掃除ならみんなでするから、ウサギは休んでろ」


ずっと見守っていた所長が抑えた声で言った。

「みんな、ウサギはもう無傷だ。安心しろ」


そして吼えた。

「これぐらいでオタオタするな! 実戦では死人が出て当然なのだぞ!」


みんな、ビシッと敬礼した。

「あ、コンプレットちゃん、掃除はいいからちょっと来て」


所長は急に優しくなった。母が子を見る目である。


コンプレットが敬礼を解いて近寄ると、所長は膝を曲げ腰を落とし目の高さを同じにし、右手を差し出し握手を求めた。

「キタカタのナガトコ神殿の賢者アイス様のもとで2年ちかく修行しているウサギの子がいると聞いていたが、キミか。虚無を使うのだな。強力な回復も虚無のリバースだ」


コンプレットは、ほんわり温かい気持ちになって握手した。

「私は小さな頃より御師様とは仲良かったのです。センダイ帝大を出たあと御師様のもとで正式の修行をし、充分悟ったゆえ俗世を見よと命ぜられました」


所長は笑った。

「虚無使い……賢者アイス様とジェノベーゼ丞相の二人きりだったが君が三人目か。ジェノベーゼ丞相もアイス様の400年来の弟子」


コンプレットが微笑んだ。

「所長も御師様の御弟子と聞いております」


所長は苦笑い。

「なるほど、私がいるからコオリヤマを選んだのか。ずいぶん昔のことだ。私は坐禅を嫌々やっていたら、坐禅が楽しくないようではものにならぬと言われ、それから半年頑張ったが一向に楽しくならず、諦めたよ。君は坐禅が好きか?」


「初めて坐ったその瞬間、結跏趺坐ほどくつろげる姿勢は他にないと思いました」


「天才だな」


コンプレットは頭を下げた。

「訓練所の卒業免状を速やかにいただきたく存じます」


所長はウィンドウを開いてコンプレットの履歴書を見た。

「父親がアイヅの家老、まずまずの家柄だ。道理で身のこなしに上品が染み付いている、茶道をやる動きだ。さらに礼儀作法の講習を受けてほしい。必須ではないし、受ける者も少ないが、きみなら一ヶ月でギルドの名代として女王や丞相の前に出せるノーブルな人材になる、X向きだ……それよりメカの講習は受けんのか。メカを使わねばモンスターは倒せないぞ。きみなら可能かもしれないが、ギルドで信用を得るまで苦労する」


コンプレットは素朴な笑みを浮かべた。

「まさに私は『苦労してこい』と御師様に言われたのです。私は田舎者ですので礼儀知らず、礼儀作法の授業を希望いたします」


所長は腕を組んで笑った。

「冒険者はいわば個人事業主。ギルドは健康保険さえ提供しない。そこで茨の道をあゆむか。悟者の論理はやはり超越的だ、好きにやれい」




二ヶ月後、コンプレットは訓練所長の手書きの紹介状つきで冒険者ギルドに加入した。最初からクラスAという五十人に一人の破格の待遇だった。


コンプレットは初対面のギルドのメンバーに会うと、市販の袋入りの小さな準チョコレート菓子『黒き稲妻』を渡しこう言った。


「訓練所では『黒き稲妻』とあだ名されていました。お見知りおきを」


受けとる者はたいてい爆笑で、ギルドで定着したあだ名は『チビクロちゃん』だった。ギルドのメンバーは神通科学の粋をこらした武器防具を適切に使いこなすエンジニアが多いいっぽう、体術はさほど重要視しなかったので、コンプレットが体術を披露する場はなかった。学歴を伝えることもあえてしなかったので、コンプレットがなぜクラスAなのか理解できる者はいなかった。


だが一人だけ例外がいた。『餓えしオオカミ』『借金女王』マルゲリータである。彼女の装備は一人用としてはギルド最高級だが、彼女はそれ以上に体術を重要視し、体術に長けていた。


コンプレットに「マルゲリータだけはやめておけ、戦闘スタイルが独特すぎる」「ジャベリン・プラスを売りつけられる」とアドバイスする者もいたが無視だ。マルゲリータの体捌きを見て「ただ者ではない」と好奇心がうずいたのだ。


コンプレットがいつもの挨拶とともに黒き稲妻をマルゲリータに手渡したとき。

「こいつは菓子としては安いけれどもちゃんと美味いヤツだ。ありがとう」


マルゲリータは頭を下げた。そして言った。

「チビクロ、拙者はお主を見ていた。体幹がしっかりした体捌き、礼儀作法もしっかりしている、ここでは珍しいタイプだ。みんな神通の武器防具の強さに思い上がって体術を鍛えない。礼も知らない。だけど武者は文武両道、礼は更に重要。メカ頼りでは己が強くならない。強さを求めるのならば、心技体知徳礼をみな磨かなければいけない……まぁみんな『徳』だけは大好きだけどね。数値化されてるから」


コンプレットはサラッと言った。

「心技体知徳礼……それらを磨くのは手段でないでしょう。人生の目的です」


マルゲリータは快笑した。

「さもありなん、さもありなん。オマエ分かってんじゃん! 拙者はお前をずっと待っていた気がする。見込みがある。お前の好きなやり方で拙者の任務を手伝え、実績作りに手を貸すぞ」


二人で商隊の短く夜のない旅の警護を二本やった。本来であれば護衛の必要がない、法律遵守のためだけに護衛を雇う低クラス一人向けの仕事をマルゲリータはあえて受け、当然のごとく何事もなく終わった。何ごともなければ警護の報酬は雀の涙だ。だが、この間にマルゲリータはコンプレットを観察し、休みには共に訓練もし、デキると判断した。


(物理法則を無視する体術、やたら鋭い黒い手刀、キメラどころかワイバーンもたやすく屠るだろう。拙者も戦って勝つ自信がまだない。悟者とやらは底が知れぬ)


三本目は前章のとおりセンダイからエドまで6日の4000km弱の長旅の警護、二人向けの仕事をした。二人でワイバーン2を討伐、ドラゴン1を撃退、コンプレットはクラスSに昇進。二人は正式にパーティを編成しギルドに届出。これで優先的に二人向けの仕事が割り振られ、これを待望していたマルゲリータにとっても利益があった。


*****


時間をふたたび現在に戻そう。


二人がエドに着いた頃にはギルドのみなが『黒き稲妻』コンプレットは『飢えしオオカミ』マルゲリータと同格であることを認めていた。また、ドラゴンを撃退したことも知られていた。ただし、ドラゴンが善の者であることは噂に留まっていた。


カグラザカにキノ・ノンという甘味処がある。エド着の翌日、コンプレットはここで宇治金時抹茶アイスのカキ氷をマルゲリータに馳走した。たかがカキ氷、されど食糧難のこの時代では2杯で銀貨100グラムの価値。


「マルゲリータさん、この前のご馳走の返礼です。私は貴女とは対等でありたいのです」


マルゲリータは頭をかいて照れ顔になった。

「対等か~、拙者より強いくせに。嬉しいよ!」


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